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魅惑的な悪戯心
●事の発端
「いつ見ても美しい……」
シリューナ・リュクテイアは、経営する魔法薬屋内にある専用の展示室に飾られている各地で蒐集した美しい造形美を持った装飾品をうっとりと眺める。
それらに魔力を込めると良い魔法効果が得られそうだ、どうなるだろうか等考えを巡らせ、欧州の海沿いにある町の片隅にある小さな骨董品店で購入したばかりのマーメイドの端正な顔の輪郭を細い指でそっとなぞる。
他の装飾品も愛でようとした時、ドアの隙間から吹いた隙間風がシリューナの足元に一枚の広告をそっと置くように散らす。
魔法薬屋側にある郵便受けには時たま新聞勧誘、食材宅配、通信販売等様々な広告が入れられているものの、興味が無いので読まずに店の片隅に無造作に置かれている。あまりにも数が多くなってきたので処分することに。
その前に……と展示室に立ち寄ったのだが、装飾品を眺めるのに夢中になりすっかり忘れていた。
目に入った広告を見ると、そこには大きく、目に付きやすい色で『特殊な美術品公開展示開催のお知らせ』の見出しが。
美術品の三文字に興味を示したのでそれがどのようなものか、広告の内容をじっくり拝見。
「数日間だけの特殊な美術品の展示、か。魔力を込められそうなものがあると良いのだが。行ってみる価値はありそうだ」
美術館の場所を確認すると、そこは店からかなり離れていた。空間転移の魔法を使えばすぐに行けるのだが、消耗度が高いので多様できないのが欠点だ。
造形美溢れる装飾品のコレクターとしては、この展示は見逃せない。
疲労困憊になっても構わないから行こうと思い立った時、専用室のドアがノックされた。
「お姉さま、お店番、終わりましたー」
ドアを開けると、その前には店番を終えたファルス・ティレイラが笑顔で立っていた。
「ご苦労様、ティレ。私がいない間に客は来たか?」
「いいえ、誰も来ませんでした」
なので、とっても暇でした、と本人の目の前で言えないので心の中でボソリ。
「そうか。誰も来ないのであれば今日はこれで店仕舞いにしよう。私はこれから出かけるが、ティレも一緒に行くか?」
一人で行っても退屈なので、ティレイラを誘って美術館へ。
「いいんですか?」
「ええ」
「わかりました。ではご一緒します! 支度してきますから待っててくださいね」
走って部屋の前を立ち去るティレイラの後姿を見て、あの子を可愛らしく着飾り、美しい彫像にして美術館に紛れ込ませたらどうなるだろうかと悪戯っ子のように考えると楽しくて仕方が無く、自然と笑みが浮かぶ。
(試してみる価値はあるな、やってみるか。どうなるかが楽しみだな……。ティレも空間転移できるから、私が倒れても大丈夫だろう)
●興味対象
ティレイラの空間転移で赤煉瓦で造られた古めかしい美術館に着いた二人は、入館料を支払うと早速展示品を見て回ることに。
「私の分まで入館料払ってくれてありがとうございます、お姉さま。本当に良いんですか?」
「ちゃんと店番をしてくれたご褒美だ。さあ、ゆっくりと拝見しよう」
「はいっ!」
美術館には遺跡のようなものから、美術品として価値のあるものが多数展示されていた。
これにはどんな効果があるのか、どのように作られたのかを考えながらじっくり見るシリューナの横顔を見たティレイラは自分も楽しくなってきた。
美術館中央に位置する中庭に辿り着くと、そこには扉が少し開いている大きな岩と裸体が見えるか見えないかの際どい薄衣を身に纏い、後ろで結った長い髪に簪のように榊を飾り、蔓の腕輪とアンクレットを身につけ、足を踏みとどろかしているように舞っている美しい踊り子の彫像があった。
シリューナは気に入ったのか、立ち止まってじっくり見る。
お気に召しましたか? と声をかけたのは、美術品展示主催者と名乗る初老の男性だった。美術館に展示してあるすべての美術品は、この男性が独自のルートで蒐集したものである。
「この彫像はどのようなものなのだ?」
シリューナが訊ねると、男性は九州地方在住の彫刻家が作った日本最古の踊り子といわれる女神アメノウズメだと答えた。
「アメノウズメ? アマテラスが隠れた岩戸の前で裸踊りをしたという……。それを再現したものであれば、本来は裸体を曝け出している姿ではないのか?」
彼女のいうとおり、元祖ストリッパーなアメノウズメは天の岩戸の前で裸体丸出しで踊ったのだが、作者はアレンジして作成したのだろう。
それもそうですがと苦笑した男性は、この彫像には、目にした男性を魅了する不思議な力が宿っていることを付け加える。
「男を魅了する彫像か……これは使えそうだ」
不敵に微笑むシリューナを見たティレイラは彼女の考えていることにピンときたのか、そ〜っとその場を立ち去ろうとした。
「ティレ、どこに行く」
背後からポン、と肩を叩かれ、逃亡を阻まれた。
「気分が優れないようだな。あそこにあるベンチで休憩しよう」
(不穏な気配を察知すると、必ずといっていいほどお姉さまの実験台にされちゃうんだよね……)
勧められ丸太のベンチに腰掛けたティレイラは、ここのところ、何らかの呪具の実験台にされたりしていたので余計不安になった。
平日ということもあり、美術館を訪れる客は数えるほどしかおらず、中庭に至ってはシリューナとティレイラの二人しかいない。
「誰もいないのは好都合だ。さあ、ティレ、今から可愛い踊り子にしてあげよう」
やっぱりそうきましたかー! と翼と角、尻尾が生えた竜族の姿になったティレイラは空を飛んで逃げようとしたが、空間に生じた障壁に邪魔された。
「お姉さま、許してください!」
「駄目、許してあげない♪」
普段のクールさはどこへやら、悪戯を企む子供のような茶目っ気を見せるシリューナはどのような衣装が似合うかあれこれ考える。
●石の舞姫
「大丈夫だ、アメノウズメのような全裸に近い姿にはしない。裸体を晒したりしたくないだろう?」
それにティレの裸を見てもいいのは私だけだ、と聞こえないように呟くと、姿変化と精神作用魔法を同時に発動した。
「あんな恥ずかしい格好は嫌ですー!」
障壁を作って身を守ろうとしたティレイラが最後まで抵抗を試みたが、シリューナの魔力に敵わず、結果的には恥ずかしい姿を晒すことになってしまった……というが、髪には両サイドに翼をあしらった金色の小さなティアラ、両腕に金の腕輪、両足に金のアンクレット、全身は淡い紫の大胆なデザインのビキニアーマーに長い布をパレオのように巻きつけたジプシーの踊り子風姿だが。
「改めて見ると、なかなか良いスタイルをしているな」
「早く元に戻してください! これでも嫌ですー! 恥ずかしいですー!」
涙目で元の服装にと訴えるが、大胆な衣装の踊り子と化したティレを皆に見せようと目論むシリューナの耳には届かなかった。
「さあティレ、アメノウズメに負けないよう軽やかに踊りなさい」
精神作用魔法の効果によりティレイラの体が勝手に動き、その場でクルリと回ると両足をクロスし、右手を高く上げるバレリーナのような決めポーズを。
これは良い、とティレイラに触れて石化の呪術で石像に変えるとアメノウズメの彫像の側に移動させた。
(結局こうなるのね〜……)
それから十数分後、暇つぶしになるだろうと興味本位で訪れた男性客数人が中庭に来た。
「つまんねーモンしかないと思ってたけど、コレ、超イイ!」
「ストリッパーっぽいこっちの姉ちゃんもいいけど、RPG風踊り子な子もいい!」
「忘れないうちに撮っておこうぜ!」
男性達はアメノウズメとティレイラの写真を携帯電話カメラやデジカメで撮影。
その後も何人かの男性客が中庭に来ては大胆な舞の女神と竜族の踊り子少女と記念撮影をしたり、美術館に絶対見逃せない美少女の石像アリと情報を流したり。
「こうなるとは思わなかったが、評判は良いようだな」
その様子を楽しんでいたシリューナだったが、騒がしくなってきたのでそろそろティレイラを解放してここを立ち去ろうと思ったものの、客がなかなか帰らないのでできなかった。
涙目のティレイラがやっと解放されたのは、閉館時間が迫った頃だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3785 / シリューナ・リュクテイア / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【3733 / ファルス・ティレイラ / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
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■ ライター通信 ■
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シリューナ様、ご無沙汰しております。このたびはご発注、ありがとうございました。
ティレイラ様はお久しぶりです。シチュノベシングル、楽しんでいただけたでしょうか?
展開と結末は、ティレイラ様がちょっと可哀想かも? なものにしてみました。
恥ずかしい姿にならないようにとのことでしたので、衣装の大胆さを控えめにしてみました。
その代わり、アメノウズメの彫像を大胆にしました。
(あれ以上大胆にすると蔵倫に引っかかってしまいそうなのでやめておきます)
今後、お二人がどのようなことをするのかを楽しみにしております。
またお会いできることを願い、締めくくらせていただきます。
氷邑 凍矢 拝
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