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<東京怪談ノベル(シングル)>


日暮坂人情譚

少しひんやりとした風が、秋の訪れを知らせる。
普段から賑わいを見せるこの日暮坂だが、この頃は一段と違った活気で満ちていた。
カンカン、と小気味良く鳴る木槌の音。
巨大な建造物の両脇には、直径2メートル以上はある車輪が付いている。
ハロウィン恒例、町別『創作山車対決』。
そのメインを飾る山車を町民総出で準備に勤しんでいた。
「そろそろ完成しそうね」
なびく髪を押さえながら少女、三島・玲奈はぽつりと呟く。
紫の左目と黒の右目にストレートヘア。
一目で特徴的だと分かる容姿だが、ここではさほど珍しくはなかった。
町を歩いていると、掲示板の前に人だかりができている。
「何事かしら」
隣町、法善寺横町の噂が書かれた新聞だった。
それによると、「月のホーゼンジヨコチョーメカ」という名前の山車が紙面を飾っていた。
門前町を俯瞰した巨大なミニチュアに、ごついキャラピラを履かせクレーンで真っ赤な三日月を吊す、というもの。
町そのものが町を練り歩く様を想像したら妙なおかしさがこみ上げてきたが、その技術やスケール、何よりインパクトはすごいと思った。
噂の真偽を確かめる時間はないが、こちらにも秘策がある。
玲奈はコスプレ喫茶の女王だ。歌と踊りでは勝算があった。
ただド派手な第一印象よりも、楽しませて一体感を持たせ、評価をあげる方が効率的なのだ。
それにこちらの飾りも悪くはない。
勝機はこちらにある。
揺るんだ口の端を隠すように、再びカメラを構えなおした。

眩しい日差しがカーテンの隙間から差し込む。
「ん……」
両手を組んで天に向かって伸ばす。
昨夜は強い雨風だった。
けれど今日と明日の天気予報は晴れマーク。
予報通りの快晴に気分が良かった。
ふと、妙に外が騒がしい事に気がついた。
早々に寝間着から着替え、通りへと繰り出す。
「おいおいなんだってこんな時に……」
「昨日の台風が原因みたいね」
そんな声がちらほら聞こえる。
玲奈は近くの初老の男性に尋ねた。
「あの、何の騒ぎです?」
「あぁ、玲奈ちゃん。実は……」
まさかそんなはずがない、そう思ったときには走り出していた。
男性の話はこうだった。
昨夜遅く、何の前触れもなく台風が襲ったこと。
そのせいで山車が壊れてしまったこと。
確かに昨夜は異様に雨風が強かった。
でもどうして予報もなかった台風が?
「みんな、山車は……!」
「玲奈ちゃん!?あぁ、見ての通りさ。こりゃもうだめだな……」
無惨に散らばった木片や電飾の類。
化粧までした人形は見るに堪えない様相だった。
「ひどい……」
いくら台風だからといって、あの巨大な山車がここまで壊れてしまうものなのだろうか。
まるでここら一帯だけに嵐が起こったかのように。
「まさか……!」
「あ、玲奈ちゃん!どこいくんだい!」
何かを思い立った玲奈は、来た道を走り出していた。
振り返らずに声だけを張り上げて答える。
「すぐ戻るからー!」
そう言って10分後、言葉通りに玲奈は戻ってきた。
手には何故かカラオケマイクを握って。
町内の一人のおばさんが声を掛ける。
「どうしたんだい玲奈ちゃん、マイクなんて持ってきて」
「名案があるんだ」
「名案…?」
「玲奈ちゃんにお任せ♪」
片目をつむり、人差し指を立ててポーズを決めた。
「明日までは、まだ時間があるんだ。もう一度、作ってみようよ!」
町の人々を元気づける玲奈。同時に非難の声も挙がる。
「そんなの出来るわけねーだろ。1ヶ月かかったんだぞ!」
「もう無理だ、明日だぞ……」
頭に血が上って罵声を荒げる者もいれば、力なくその場を離れる者もいた。
そんな彼等を見て、玲奈は手元のスイッチを押す。
スピーカーからゆったりと力強い、演歌独特の伴奏が聞こえてきた。
「倒れても痩せても枯れてもコモエスタ日暮坂〜♪泣かず飛ばずでも私ら天才〜明日を夢見て酔いしれる〜酔わせてみせようあの人と〜哀愁どこ吹く日暮坂〜」
周りにいた町民はぽかんとした顔をしていた。
潤んだ瞳で玲奈は静かに、だが強い意志を込めて言った。
「みんな、あたしを信じて!」

作業は急ピッチで進む。
電飾の凝った装飾や特殊な仕掛けはできなかったものの、なんとか完成まではこぎつけた。
その頃にはもう、次の日の出が昇りきっていた。
「何とか出来たわね」
通称、メカ日暮坂。
軽トラの荷台に畳を立て掛け、山車の両縁には商店街の模型を並べてある。
夜道を模した道路でサラリーマンらしき人形を裸電球が照らし、扇風機を用いることで周囲に哀愁漂う風を感じさせる。
妙なリアリティがそこにはあった。
「何なんだよこの山車は?こんなんで勝てるわけねぇだろ」
若い衆の一人が野暮ったく言う。続いて何人かもやんややんやとヤジが飛ぶ。
その様子にうろたえる玲奈。
物静かに山車を見上げていた、白い髭をたくわえた男性が感慨深げに呟いた。
「確かに、その若い衆の言うとおりかもしれんな。……しかし、ワシら皆で力を合わせたら出来た。たった1日でもここまで出来た」
男性の言葉を聞き、再び山車を見上げる町民達。

翌、祭当日。
日暮坂商店街を初めとする近隣もお祭りムードで染まっていた。
広場で派手なパフォーマンスの大道芸や、個性豊かな露店が列を成している。
日は傾き、緩やかに暮れていった。
いよいよ町対抗、創作山車対決が始まる。
大通りを挟み、両脇には人がごった返していた。
遠くから賑やかな音楽と共に、大きなシルエットの列がやってくる。
暗闇に浮かぶ巨体には、至る所に電飾が飾られていた。
いくつかの豪華絢爛な山車が通り過ぎ、日暮坂の山車が見える頃だった。
楽しく心踊るような音楽とは異なる音楽が聞こえてくる。
中央の舞台はライトで照らされ、浴衣で歌う少女 茂枝・萌の姿が見えた。
独特の力強い調子で、日暮坂の演歌が響き渡る。
「倒れても痩せても枯れてもコモエスタ日暮坂〜」
山車の周囲には踊りながら行軍している日暮坂の町民がいた。
哀愁漂うリズムに誘われ、一人の男が大通りに躍り出る。
突如、音楽は鳴り止み、行軍していた周りの人々が男を取り押さえた。
「な、何の真似だこれは!」
萌は喚く男に向かって尋ねる。
「あなた、雨乞師だね。そして貴方が台風を起こして日暮坂の山車を壊した犯人」
「ふざけるな!どこにそんな証拠が」
「萌はIO2捜査官。調べはついてるわ。現場からあなたを見たという目撃情報も得ている」
萌の後ろから長い髪をなびかせて登場する玲奈。
「そしてあたしがこのマイクに特別な力をかけたのよ。犯人だけが歌で踊り出すように、ね」
片目をつむって玲奈は言った。
「祭なんだから踊り出しても不思議じゃないだろう!それに他の人間も……!?」
周囲を見渡して男は絶句する。
先ほどまで人混みでごった返していた通りは、日暮坂の町民を除いて誰もいなかったのだ。
「それも私の幻。だいいちこんな外れまでパレードはやらないわよ。町に住んでる人間なら常識よね」
そういったデマを流す。そうすることで外部の人間のみが遠くまで足を伸ばすのだった。
まんまとはめられた男は顔面蒼白になっていた。
そして群衆から壮絶なお仕置きを受けることになるのだった。
少し遠くから祭の囃子音が聞こえる。
こうして例年どおり、祭は無事に幕を下ろしたのだった。