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新月は見ていた
1.
「例え今俺が殺され様が…何人殺され様が、全国の同胞が草間を24時間狙う」
真夜中の豪奢なマンションの一室で、ガウンを着た男は精一杯の虚勢を張った。
目の前に立つ細身の女・黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はただ、冷たい目でそれを見つめていた。
「うがっ!?」
影が鋭い刃となって男の手のひらを貫通する。
よくみれば男のガウンは既に傷だらけで、部屋中血のにおいがした。
「…分かった。それでは全て潰すとしよう。たかがヤクザが私の周囲に手を出したこと、あの世で悔いろ」
次々と生み出される影の刃は男の体を次々と切り刻んでいく。
その不可思議な現象は冥月の能力によるものだ。
「ま、待て。待ってくれ。ころ、殺さないで…」
男は懇願する。
全身が傷だらけで既に反抗できるだけの体力は残されていない。
しかし…
「消えろ」
静かな声を合図に、男の頭が吹き飛んだ。
些細な発端だった。
以前草間興信所所長・草間武彦(くさまたけひこ)が解決した小さな傷害事件。
だがそれは、ただの傷害事件ではなかった。
クスリが関係していたことを草間は突き止めた。
そして裏に日本有数の超強硬派と武闘派ヤクザ組織も絡んでおり、何百億の利益を生出す筈だった繋がりを断ち切った。
何よりヤクザたちのプライドはズタズタになった。
そのヤクザたちに何か怪しい動きがあると、情報屋が漏らした。
「大きな声じゃ言えませんけどね」
情報屋はそう前置きをおくと「草間武彦の殺害」であることをはっきりと告げた。
それ以上は…と言葉を濁す情報屋に冥月は大金を積んだ。
「知っていることを全部話せ」
情報屋は簡単に全部を吐き出した。
武闘派・強硬派それぞれの集結する場所。
時間、武器、人数、まとめ役。
まとめ役を潰せば後はグダグダになるかと思っていたが…。
ポケットの中のお守りをぎゅっと手に握った。
絶命した男を見下ろし、冥月は影の中に消えた。
2.
「なんだぁ、お嬢ちゃん。ここはお前みたいなやつが来る場所じゃないぜ?」
ボロボロのビルの5階。
明らかに柄の悪い男が扉の前を守っていた。
「お嬢ちゃんはさっさと帰って、おねんねしちまい…!?」
男の言葉はそれ以上続かなかった。
冥月の影が静かに男の首筋に伸び、傷を与えてたいた。
即死だった。
ばたんと倒れた男を無視し、冥月は扉を開けた。
部屋の中は男達で溢れかえっていた。
柄の悪い連中が密室の中でやっていたことは銃の手入れだった。
「なんだ! 扉の前のヤツはどうした!?」
突然開け放たれた扉。
男達は冥月の出現に動揺を隠せなかった。
「…私はもう殺しは止めたんだが…お前ら全員の命を貰い受けにきた」
冥月は感情の一切こもらぬ声でそう言った。
その言葉に一斉に殺気立つ男達。
全ての武器が冥月へと向けられた。
「やれ!」
短い号令はすぐに銃声にかき消された。
だが…
「ぐはっ!?」
悲鳴を上げたのは冥月ではなく、銃を放った男達だった。
冥月は亜空間で銃撃を全て受け止め、それを男達に向かって開放した。
銃撃を打った本人達が銃撃を受けたのだ。
思わぬ銃弾を受けた男達は、ただのた打ち回るのみ。
血飛沫に染まった床はてらてらと赤い。
そしてうめき声が耳障りだ。
冥月はその光景を見ていたが、やがて影の銃弾を作り出した。
まだ致命傷には程遠い。
全てを無に帰すまで、ここを立ち去るつもりはなかった。
そして、雨の様にその銃弾を痛さでのた打ち回る男達に降らせた。
ビルは大きな断末魔に包まれた後、静寂を取り戻した。
冥月は再び影の中に身を投じた。
お守りをしっかりと握り締めて。
3.
あの時も、こうしてあの人を守ればよかった。
後悔の念は今でも消えたわけではなかった。
ロケットの中のあの人を見るたびに思い続けてきたことだった。
握り締めたお守り袋の中には今、切れてしまったミサンガを入れていた。
それは草間が冥月の誕生日に買ってくれたものだった。
「願い事が叶うといいな」
そういった草間。
消えてしまわないで。
心が誰かに移っても、けして死んだりしないで。
…それはそれで寂しいけれど、武彦が生きているだけで、それだけで私はいいの。
愛した人が死んでしまうのは、もう嫌なの。
私の願いは、それだけ。
…でも気付いた。
それは私が守ればいいだけのことだと。
悪魔だろうと、ヤクザだろうと。
それが、私に今出来ること。
冥月は閑静な住宅街にいた。
空は新月で、当たりは真っ暗だった。
ここにも草間を狙う集団がいる。
静かに、冥月は歩き出した。
ピンポーン
「草間武彦を殺そうというヤクザはここにいるか?」
4.
「なんだこりゃ!?」
朝の草間興信所で、ソファから腰を上げて草間武彦は驚きの声を上げた。
情報収集の一環で見ているワイドショーだった。
「全国武闘派連合のヤクザ、壊滅…ほぼ同時に襲撃か? …か。よっぽどデカイ組織とやりあったんだな」
はぁ〜っとため息をつき、草間はソファにドカッと座りなおした。
朝刊を見ても同じニュースが並んでいる。
「…しかし、あいつらが並大抵のヤツにやられるとも思えんが…そんな組織あったかな?」
ブツブツと独り言をいう草間。
「おはよう」
そこに冥月が顔を出した。
「おう。早いな。…お前、武闘連合のヤツラが壊滅したってニュース見たか?」
「…見ていない」
冥月は首を横に振った。
草間はそうかと今ワイドショーで仕入れたネタを話し始めた。
「…まぁでも、壊滅したんなら報復自体も成り立たないだろうからなぁ」
草間はブツブツとまだ何かを考え込んでいる。
「コーヒー、入れようか?」
「あぁ、頼む」
冥月は微笑むとキッチンへと向かった。
何気ない日常がまた始まる。
何の変哲もない、代わり映えしない日常が。
でも、それでいいのだと冥月は思った。
ポケットに忍ばせたお守りをぎゅっと握る。
愛する人がいる日常が、こんなにも愛しい。
私はこの手がどれだけ血に染まっても、守り続ける…。
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