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<東京怪談ノベル(シングル)>


勝利の歌声


 冷たく輝く機械仕掛けの龍が意志を持ち、人類に謀反を起こしたのはそう遠くない過去の話だ。自分たちの世界を守ろうと参戦した男たちの大半は命を落とし、残されたのはその者達が愛した女子供や指導者側の男たちだけだった。
 撃墜された戦闘機の破片が地面のあちこちに突き刺さり、アメリカの国土は姿を変えた。高いビルも木々も機械龍の太く長い尾で薙ぎ倒され、砂漠化が進んでいる。機械龍に必要なのは動力源と広い土地。もちろん機械龍といえど無敵ではない。自然災害などから身を守るための基地は必要だが、人間が収まるサイズでは小さすぎて意味がなく、建物を壊し作り上げた新たな平野に自分たちの大型の基地を作り上げては次々と人類の拠点を潰していた。
 そんな荒廃した世界を目の当たりにし、侵略を進める機械龍に怯えるのは戦力である人材を無くしたと嘆く指導者たちだ。しかし守られ残された女性たちは希望を捨てたりはしなかった。機械龍の攻撃から逃れ未だ機械龍が現れず安全地帯と言われている南部諸州に身を潜めてはいるが、情けない男たちを笑い飛ばしながら新たな未来を求め着々と準備を進めていた。そこで未来を自分たちの手で切り開くため、新国家「アメリカ南部諸州」の独立計画を日夜練っているのだ。
 機械龍に怯え腑抜けた指導者たちに見切りを付け、新たな国家を立ち上げる。それは並大抵の覚悟で出来るものではない。前門の機械龍、後門の米軍。独立と侵略の二つを同時に戦い抜かねばならないのだから。
 新たな国家の王となるのは若き女性。機械龍を前に情けない姿を晒す男どもには任せておけないということだろう。そんな彼女が見据えた未来に勝算はあるのだろうか。それを知るのは未来を生きる自分たちだけ。それ故に立ち止まる事はしない。
 次はどう出るか、と次の計画を練る為若き女王が腰を上げ地図に目を向けた瞬間、扉が強く叩かれ切羽詰まった声が響く。
「緊急事態が発生しました。機械龍がこちらに向かっているとの情報が入りました」
「……そう。奴らはこのディキシーに向かっているのね」
「はい」
「ではディキシー郊外の森に兵を集めて。私に考えがある」
 それと彼女にも連絡を、と女王は付けすと自らも忙しく動き出した。


 世界が荒廃してもラスベガスは華やかさを失わず光り輝いていた。人々に夢を売る街には音楽が溢れ、それを求めた人々で溢れかえっており、今も盛大な拍手と共に幕が降りて一つのステージが終了する。
 そのステージ上で輝く汗をタオルで拭きながら今日も達成感に溢れていた人物は、もたらされた情報を聞くと表情を一瞬にして好戦的なものへと変えた。
「面白くなったじゃない。さあ、私たちの出番よ」
 パンっ、と軽く手を叩くと舞台を終えた人々が女性の周りに集まった。どの人物も華のある女性たちだがあるが、その中心にいる人物は誰よりも存在感があった。意志の強さがみられる強い視線は黒と紫のオッドアイから放たれ、集まる人々を見渡す。
「お友達から要請がきたわ。私たちの最高のステージを機械龍にも見せつけてやるわよ」
 人々は頷き歓声を上げた。
 ここにいたのはただの夢を売るステージ上の華たちではなく、好戦的な者たちの集まりだったようだ。血気盛んとも言える人物たちをまとめ上げるのは後世の時代に龍たちと互角に戦う妖精王国の女王であるエルフのあやこだ。ジャズを攻撃魔法に変え戦うBARDの家元でもある。
 士気が上がる人々の中で、一人きょとんとしながらあやこに尋ねるのはリリィだ。首を傾げた瞬間、ふわふわのツインテールが揺れる。
「ねぇねぇ、あやこちゃん。機械龍って強いの? リリィも戦えるかなぁ」
「まぁこれだけ世界をボロボロにしちゃった龍だから強いと思うけど、もちろん打つ手はあるわよ。私たちには誰にも負けない歌と度胸があるしね」
 満面の笑みであやこが言うとリリィも笑顔で頷いた。
「さあ、皆急いで用意して。どれだけ時間稼いでくれるか分からないけど、さっさと私たちも参戦しないとね」
 その前に、とあやこは胡蝶を飛ばす。大切な友達の安否も心配だが、状況を把握する事は戦況を読む上で一番重要な事だ。そして、これでよし、と満足そうに頷いてあやこは鼻歌を歌いながらステージを降りたのだった。



「ちょっと、そんなんじゃやる気出るわけないでしょうが!」
「声が小さいっ! アンタら勝つ気あんの?」
 次々と呑気とも取れる野次が飛ぶが、戦場は緊迫した状況下にあった。
 女王の命を受け未来を見つめる女戦士たちが集結しているのは、首都ディキシー郊外の森。鬱蒼と生い茂る木々の隙間から見え隠れするのは、金や銀の鋼鉄の龍だ。まだ様子見の段階なのか不気味な音を響かせながら辺りを探っている。
 辺りに響くのは機械龍の出す不気味な音と、男たちの渋い歌声だ。
 若き女王の作戦とはこのディキシー郊外の森に眠る森の守護神を歌で覚醒させ、ディキシーに向かう機械龍を阻むというものだった。ただし、生半可な歌では守護神を覚醒させる事は不可能だ。先ほどから歌ってはいるがやはり覇気が足りない。女たちも機械龍を警戒しながら準備をしつつ歌ってはいるが効果は薄いようだ。
 そうこうしているうちに機械龍が一斉に動きを止めた。
 これは何か来る、と吟遊詩人や歌姫が歌い出し防御壁を作り上げる。間一髪で機械龍が吐き出した炎を防ぐのに成功する。しかしすぐに上からも追撃が来た。
「もうちょっと頑張りなさいよ、男性陣!」
 伸びやかな歌声を披露する歌姫が合間に叫ぶ。確かに女性が多いが一人分の声量を考えれば男性陣の声が小さすぎた。目の前の機械龍の大軍に気圧されているのだろう。数もさることながら一体の大きさもそうさせる要因だと思われた。
 そんな不利な状況の中、戦闘が長引けば長引くほど喉への負荷も増え、機械龍に押され始めると人々は後退するしかなくなる。
「もっと女の子が必要よ!」
「男性陣なんて頼りにならないわ」
 疲労の色が濃くなり始め、皆から不平が出始めた時、心を震わせるような歌声が戦場に響いた。
「ファンキーなボイスとグルーヴなセッションで森の守護神を召喚しようぜー、ノリノリのスウィングとホットなナンバー、機械のハートもメルティングポットさ。だってここはディキシー、陽気で素敵で元気で無敵で大騒ぎしようディキシー」
 人々は歌うのを止め、歌声が響いてくる木を見上げた。
 両脇を紐で編み込んだようなミニスカートから長い足を覗かせたあやこがその木の枝に腰掛けていた。長弓に似た対戦車銃を手にしている。重さを感じさせないそれはあやこにとてもよく似合っているように見えた。
「ほらほら、皆歌って。機械龍に心があるかなんて分からないけど、ここに響かせてあげましょう」
 とん、と胸の辺りを叩いたあやこは再び歌い出す。
「で、でも一人くらい増えただけじゃ……」
狼狽える男に女王は笑いかけた。
「大丈夫、大勢呼んであるわよ。恥かしがらずに出てらっしゃい」
 女王が叫ぶとどこに隠れていたのか木々の上からたくさんのエルフたちが現れた。
「はぁい。皆ぁ、今日のステージは森の中だよ。気をつけてねー」
「皆、存分に暴れるわよ」
 リリィがあやこの背後からひょっこりと顔を出して言うと、あやこが皆の士気を高めるように告げ笑みを深める。自分たちの長の勝利を確信するような笑みを胸に、エルフたちも笑みを深め、まるでステージから飛び降りるかのように優雅に舞うと足でリズムを取りテンポを早めていく。
「燃えてるノ私のは〜とはHOTHOT」
 そしてあやこの歌に併せて合いの手を入れながら森の中を走り始め、木々の間から見える鋼鉄の体にそれぞれが銃を放ち仕留めていく。
「熱いヨ火傷するわよHOTHOT、こんな夜は堪らない体が躍り出す、そーよバンバンバンバン」
 あやこの声が森の中に響き渡る。まるでそれに共鳴するかのようにエルフたちの声が重なり合い、不思議な空間を作り上げていく。
 リズミカルなドラムの代わりはそこら中で鳴り響く銃声だ。
「ほら行くわよ。リリィ、援護なさい」
「はぁい、あやこちゃんはそのままどうぞなのー」
 リリィの言葉に頷くと、あやこはそのまま森の中心へと走り、森の中央まで侵略を進めた機械龍へと向かっていく。機械龍のあやこへの攻撃をうまく逸らすのはリリィだ。基本は攻撃姿勢が強いため防御力は弱いが正確な攻撃角度を予測しそこへ壁を作り角度を変える。その間にあやこは機械龍の正面へと切り込み、対戦車銃の照準を機械龍の額へと定めた。
「私の勝ちね」
 ウインクを一つ機械龍へ送ると、あやこはためらいなく引き金を引いた。
 重い音が響き、森の中央にいた機械龍の動きが止まる。
「倒れた龍の鼓動は私に移り、命の音を響かせる」
 森の中心であやこは周りの銃声をバックに歌う。可憐で妖艶さを含んだ声が森の中央から広がり森を包み込む。そこへエルフの声と、一度は挫けそうになった吟遊詩人や歌姫たちの声も重なり合った。
 音は一つになり空へ地へ吸い込まれていく。
 あやこの歌声が人々の希望の光となり、力を与える。
 機械龍の咆哮もかき消されるほどの歌の奔流は広がり続け、辺りには眩い光が満ちた。
 光の中に現れる雄々しい姿。機械龍を凌ぐ守護神の覇気に人々は沸き立った。
「……守護神よ、どうぞ力を」
 女王の祈りは守護神へと届いたのか。
 守護神の背に乗り、愛おしそうにその毛並みを撫でたあやこの視線と女王の視線が絡まり合い二人は笑みを浮かべる。
 この戦乱の勝利と平和は目前だ。
 あやこはそれを確信し、さらなる歌声を響かせるのだった。