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最後の行楽
◆こんな会社嫌だ!
「……没」
「ひいいいいいいいいい!?」
――1時間後。
「で、出来ました!」
「……没っ!」
「ぴぎゃああああああああああ!!」
夜の白王社。
かれこれ一時間置きに奇怪な音が響く。
三下・忠雄の悲鳴である。
「全っ然ダメ! さんした君。あんた何回没を出したら、まともになるのかしら?」
「す、すびばせん……」
「時は金なり。時間は無限ではなく有限なの。限りある時間は一分一秒でも無駄に出来ないわ。わかったら、明日の朝までにこの原稿を完成させておきなさい。いいわね!!」
「は、はひいいいいい!!」
「ううう、今日も徹夜か……」
誰もいなくなった深夜の編集部。三下の愚痴が漏れる。
「ああ、最近全然遊んでないなあ……」
映画・遊園地・ギャンブル・旅行……あらゆる娯楽が、何だか別の星の出来事のようにさえ思えた。
「……もう、もうこんな仕事ばかりの毎日は嫌だあああ!!」
自分の惨めさに耐え切れず、三下は天井に向かって叫んだ。
「三下さん?」
突然、背後で自分の名を呼ぶ声が聞こえ振り返る。
そこには、制服を着た一人の少女がいた。
神聖都学園高等部にして白王社の嘱託写真家、三島・玲奈であった。
「み、三島さん? どうしたの、こんな時間に…?」
「お仕事で渡しそびれていた写真があったから持ってきたの。ふふ、三下さんっていつも、編集部にいるんだね」
紫と漆黒の瞳を細め、可愛らしい笑顔を見せる玲奈。
さららと、流れるように黒髪が揺れる。
「はあ……もう僕、仕事ばかりで嫌になるよ、どこか遊んでいるだけでOKな会社に転職したいなあ。ハハハ……そんな会社あるわけないけどさ」
「あるわよ」
「へっ!?」
あっけらかんとした玲奈に目を丸くする三下。
「ほ、本当に?」
「うん。そうだ! そんなに仕事が嫌だったら一緒に転職しちゃいましょ!!」
◆異界『獄楽』
異界『獄楽』。
玲奈の穿梭異界(イージェ)能力によって、三下と玲奈は異界へ旅立ち、白王社獄楽支店へ転職した。
「あーラクチンだなあ」
獄楽の科学力は宇宙一なため、パソコンに記事にしたい単語を入力すれば、勝手に内容を取材・執筆し、記事が作成されるのだ。
三下がやる事は、ただキーを押すだけである。
以前の仕事の忙しさとは雲泥の差。まるで天国だ。
ジリリリリリ。
室内に定時の時報が鳴り響き、にわかに周りが活気立つ。
アフターファイブの始まりだ。
そしてこれからが異界『獄楽』での本当の戦いでもある。
「三下さん、今夜食事どう?」
「悪い! 今から試写会で、その後麻雀なんだ。ほらもう十秒ロスしちゃった」
玲奈の誘いに、慌てた様子で三下が答える。
「ごめん。私がタクシー呼ぶわ」
「いやあ、玲奈君悪いね。三下君が入社した記念に今日は私がここを案内しようと思ってね。玲奈君も一緒に行こう」
異界『獄楽』では娯楽を消費する事が何よりも優先事項であり、ここに生きる者のレーゾンデートルなのだ。
仕事など二の次。
娯楽をせぬ者は人に非ずだ。
編集長に連れられ、二人は街へと繰り出した。
◆弾丸繁華街
街の外は濁流の如く人の流れが激しく、皆、娯楽を消費するために必死だ。
映画館は通常の三倍速で映画が流れ、一時間置きに次々と新作映画が上映される。
少しでもタイミングを逃すと、それ以降永遠にその映画は見えれなくなってしまうのだ。何とか試写会に間に合い、映画を鑑賞する。
10分を待たずに映画は終了した。
「な、内容が全然頭に入らなかった……」
「あたしも……」
「さあ二人とも、次は麻雀に行こう!!」
脱兎の如く、駆け出す編集長。
映画の余韻に浸る間もなく、二人は慌てて映画館を後にした。
「はいツモ」
「君早すぎ! やり直せ!!」
雀荘では、ジャンンジャンバラバラと麻雀牌を掻き回す音が響き、点棒が飛び交う。
「ポン!」
「チー!」
「カン!」
矢継ぎ早に対局が組まれ、息つく暇なく対戦させられる。
「まだまだ! あと30局はやってもらうかな!!」
「ひ、ひええええええ!!」
◆回転スシジアム
「さあ、次はここだ!」
麻雀を終え、次に編集長に連れて来られたのは、競馬場。
しかし一点だけ競馬場には似ても似つかないものがあった。
それは、トラックに沿って設置された巨大な回転寿司のレーンだった。
「ここは回転スシジアム。トラックを競走馬とランナーが並走し、観客も寿司を摘みながら一緒に走って観戦するんだ」
「遅いわ貴方! 二人三脚の出番よ」
「へ、僕ですか? あ、ちょっと……」
あれよあれよと言う間に連れ出されてしまう三下。
編集長も三下についていってしまい、玲奈は一人その場に残された。
「ご、ごめん三島さん、馬券買っといて!」
「わ、わかった」
去り際に三下に頼まれ、玲奈は売り場へと向かう。
「な、なにこれ……」
売り場は混迷を極めていた。
先のレースで払い戻しが多く出たため、その客でごったがえしたのだ。
「お客様、こちらをどうぞ」
たじろぐ玲奈に、寿司ネタが渡される。
訳も分からぬまま、どこに並べばいいのかまごつく玲奈に、後ろの観客の怒号が響いた。
「早くしろ!!」
「ご、ごめんなさ〜い!!」
◆爆走ゴルフ場
回転スシジアムの次は、接待の定番ゴルフ場。
しかし、辺りにはなぜかバイクの爆音が響いていた。
パカーーーーーン!!
編集長が放ったショットが青空に弧を描く。
弾道を目で追いながら、編集長は近くに止めてあったハーレーに乗り込んだ。
「ここはね、打球と同時に参加者は待機していたバイクに乗りこみ、ボールの後を追うんだ! 着地点にボールより早く着かなければ減点なんだよーーーーーー!!」
ハーレーに乗り込み声を張り上げる編集長の声は最後、爆音に書き消えた。
三下も果敢に挑戦するが、バイクなど当然乗り越せない彼は迷走し、池に落ちた。
「ぎゃあああ!! お、おぼ…ゴボゴボ……ゴボ……」
「きゃああ、三下さんが死んじゃう〜!」
◆瞬殺旅行代理店
「お客様。只今空いておりますツアーは、フルコースを5分で食べて超音速機で隣国へ向かうコースのみとなっております」
「……あの、もっと余裕のあるコースはないんですか?」
ゴルフ場を後にし、やって来たのは旅行代理店。
娯楽の最たるものと言ってもいい旅行の人気はとても高く、どこの旅行代理店のコースも五年先まで予約をする客でごった返していた。
「お嫌なら他へ。予約はすぐ満杯ですよ」
高飛車に言い放つ受付嬢に、玲奈は小さく返事を返した。
「わかりました、それでいいです……」
◆元の木阿弥
それから二人は、ひたすら娯楽を消費し続けた。
だが、いくら娯楽とは言え、物には限度がある。
娯楽に飽き飽きした二人は、いつしか週一回の出社日を心待ちにするようになった。
この日だけは全ての娯楽から解放され、のんびりと自分のペースで仕事が出来るからだ。
しかし……。
「あー、三下君、玲奈君」
ある日、出社した二人に編集長が声を掛けた。
「な、なんでしょうか?」
「君達、明日から来なくていいから」
「ええっ!?」
突然の編集長の言葉に、三下と玲奈は度肝を抜かれた。
「く、クビって事ですか?」
「いや、クビという訳じゃない。既に承知の事と思うが、今はコンピューターが人間に代わって全てを行ってくれるようになったからね。私達が出社する意味がなくなったのさ」
「そ、そんな……」
「これからは24時間365日、娯楽に興じる事が出来る。いい事尽くめじゃないか!!」
「24時間て……ね、寝る暇もないんですか?」
玲奈が目を丸くして編集長に尋ねる。
「当たり前だ! 時間は無限ではなく有限なんだぞ。
時間は一分一秒だって無駄に出来ないんだ。寝る時間などもったいない。
さあ、今日はバンジー流しそうめんを食べに行こう!
バンジージャンプをしながら、流れてくるそうめんを箸ですくって食べるんだ」
「ひいぃ、もう勘弁して下さいい!!」
時は金なり。
時間は無限ではなく有限である。
だがしかし、だからと言って仕事にしろ娯楽にしろ、どちらに偏り過ぎてもロクな事にならない。
何事もほどほどが一番……なのかもしれない。
end.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【 7134 / 三島・玲奈 / 女/ 16歳/ メイドサーバント:戦闘純文学者】
NPC
【 三下・忠雄 / 男 / 23歳 / 白王社・月刊アトラス編集部編集員 】
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■ ライター通信 ■
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ユニークな題材で、楽しく書かせて頂きました!。
ご縁がありましたら、また宜しくお願いします。
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