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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦【晴嵐】首都、侵入!

 オホーツク海。その洋上に位置する千島列島の上空や、その周辺海域には、どんよりとした瘴気が漂っていた。
 そこには通常見られる、緑萌え茂る島々などどこにも存在せず、その代わりとでも言わんばかりに腫瘍じみた肉塊が島々を連ねている。たとえ瘴気に気付かなくとも、そんな異様な光景を見せ付けられれば、近付く者は居なくなるだろう。
 現に人っ子1人見当たらない千島列島に、この異変の元を断つべく、IO2が兵隊を送り込んだのはだから、当たり前の事だ。完全武装をした兵隊達は、次々と上陸を果たし、異変の元を、妖怪・姑獲鳥を捜し求める。
 ふいに、哄笑が聞こえた。けたたましい、耳にしたもの総てがおぞましさしか感じないような、耳障りな嗤い声に、兵隊達はギクリと身体を強張らせ、辺りを見回した。
 海岸沿いの、恐らくはもともと崖であったのだろう、肉塊の上。そこからはまさに、先日問題になった占守島が一望できる。
 その上に居たのはまさに、彼らが捜し求めて居た、姑獲鳥。全身を大きく震わせて、可笑しくてたまらないとでも言うように、瞳一杯に悪意に満ちた嘲りを浮かべて兵隊達を睥睨している。
 一斉に、ありとあらゆる武器が姑獲鳥へと向けられた。それを見て、だが姑獲鳥は怯えた様子も見せず、堪えきれない笑いで身体を震わせる。

「たいそうじゃの。ならば、さぁ、我を撃ってみよ――まことに撃てるものならな!」

 そう、言い捨てて姑獲鳥はひときわ大きな哂い声を上げた。そうしてくい、と頭を動かした、その仕草に惹かれるように姑獲鳥の背後へと視線を動かした兵隊達は、はっと息を呑む。
 姑獲鳥の後ろに見えるオホーツク海は、もはや羊水と化し、胎動のように大きく脈打っていた。その中に浮かぶのは占守島――少なくともそうであったものは、羊水をゆりかごに発育し、どう見ても日本列島としか思えない姿になっている。
 だが問題は、そこではない。そんな事はすでにIO2が入手した衛星写真で解っていた。解っていて、もはや一刻の猶予もないと、彼らは送り込まれた。
 けれども、その最終目的地は、日本列島のミニチュアと化した占守島は、どうみても年端の行かない幼児によって、守られていたのである。
 驚きに固まった兵隊達が、それ以上の攻撃をすることが出来なかった事を、果たして責められただろうか? 完全に手段を封じ込められた兵隊達のあちこちからギリリと、悔しそうな歯軋りが聞こえ、憎々しげな眼差しが射殺さんばかりに姑獲鳥へと突き刺さる。
 それがいっそ心地よいと、また姑獲鳥は高笑いした。





 モニタに表示された衛星写真。ミニチュアの日本列島と化した占守島を見つめて、ブリーフィングルームに集ったIO2首脳陣は両方の眉がくっつかんばかりに苦悩していた。
 そこに敵が居る事が解っている。解っているのに、場所が場所、相手が相手だけに総攻撃を仕掛けるのも憚られ、膠着状態が続いている。
 あの幼児が、真実年端も行かない子供である保証はない。もしかしたら姑獲鳥たちが用意したフェイクかもしれないし、幼児だとしても妖怪や、他の討伐すべき相手なのかもしれない。
 だが例えそうであったとしても、躊躇いなく子供に向かって、少なくともその姿をした生き物に対して攻撃出来る人間は、そう多くはないだろう。動物の赤子だって、多くの目に愛らしく映るのは、その愛らしさでもって敵意を殺ぎ、身を守ろうとする生存本能だと言うではないか。
 それは対外的にも、そして心理的にだって大きな障害となり、そこに集った人々の心に重くのしかかった。作戦の指揮を執っている藤田・あやこ(ふじた・あやこ)だって、それは変わらない。

「あ゛〜〜〜‥‥私にも、娘がいるのよ」

 脳裏に思い浮かんだ愛娘の笑顔に、一体どうすれば良いのかと、あやこは深く葛藤する。
 指揮官としても、そして母としても、あやこは構わず撃てと命じるべきなのだ。撃たねば多くの人が危険に晒されるし、何より、前線に投入されている愛娘の命はない。ならば惑わされる事なく、大儀を果たすべきなのだ。
 けれども。それはあくまであの幼児が、姑獲鳥らと同じ、人類に仇をなす怪しの類である事が前提である。また、そうであっても幼児を撃ち殺せと、非情に命じる事は娘を持つ母として、そしてやはり指揮官として、為すべきではないとも、思う。
 ならばどうすれば良いのか。愛娘と幼児、どちらを取るべきなのか。どちらも、救える道はないのだろうか。
 指揮官として、母としてあやこは苦悩する。だがそんな、人間達の苦悩を嘲笑うかのように、姑獲鳥達はいっときだって無駄にすることなく動いていた。

「奴ら、皇統譜を『ハッキング』したわ」

 不意に、ブリーフィングルームの片隅で静かな声がした。重苦しい空気にシンと静まり返った部屋の中、苦悩していた人々の眼差しが、声の主へと向けられる。
 衆人環視の中で、鍵屋・智子(かぎや・さとこ)は見つめていたパソコンのモニターから眼差しを上げた。同時にブリーフィングルームの大きなモニターに、1枚の写真が映し出される。
 いかにもメルヘンな、お菓子のお城。青々とした森と、お堀に囲まれた――それは皇居。
 東京のど真ん中のオフィス街にいきなりこんなものが現れれば、不気味以外の何者でもないと言う事を体現するそのお城を、お城を写した写真を見ながら、あやこは智子に問いかけた。

「鍵屋、どういう事?」
「欠史八代って知ってる?」

 そんなあやこへと視線を向けて、智子は一見して、何の脈絡もない事を尋ねてくる。欠史八代? とあやこはその言葉を繰り返した。
 神武天皇から始まって、皇統譜は当代まで脈々と続いている、とされている。だがその神武天皇から数えて8代までは、在位が曖昧であり、正しくこれと言う学説は今の所見受けられない。
 姑獲鳥達はその曖昧な在位を乗っ取って、自分達に都合の良いように書き換えた、というのだ。ハッキング、とは鍵屋らしい比喩だが、聞いてみれば他に相応しい表現は思いつかなかった。
 だが、皇統譜が書き換えられたというのは、普通に考えればまずある事ではない。一体、どうやって――?

「奴ら占守島は日本の雛形と言ったわね。多分霊的なウイルスで本体に影響できるのよ」
「つまり、占守島を日本に見立てて作り変えることで、日本そのものを改竄することが出来る?」

 智子の言葉に、あやこは思いついた事を口にした。小さく、返ってきた頷きを頭の中で理解して、ザッ、と顔を青褪めさせる。
 占守島が見た目だけではなく、機能そのものも『日本』であり、占守島を作り変えることで『日本』を作り変えることが出来るとなると、大変な事態だ。どうかすれば日本の根本が覆る――現に彼らは、『日本』の根幹とも言うべき皇統譜を書き換えた。
 これが果たして、どう影響するのか――ガタン、あやこが知らず立ち上がったのと、ブリーフィングルームに新たな知らせがもたらされたのは、同時。

「戦争が決議されました! 政義所で僅差否決!」
「なんですって‥‥ッ」

 あやこと智子は顔を見合わせた。戦争が決議される事はもちろん、それが議題に上がる事すら、現在の日本では考えられない。それが、例え政務所のみであったとしても決議される? 政義所では僅差否決?
 なんてこと、と呟いた。このままではいずれ、近いうちに戦争が起こる。そうなればもっとたくさんの人が死に、傷つき、苦しむのだ。
 姑獲鳥達はこんな世界を、本当に望んでいるのか?
 どうすればこの事態を止められるのだろう。少なくとも姑獲鳥達を倒し、占守島を元に戻すための時間が必要だ。

「でも、どうすれば? ――そうだ目には目を。醜聞をバンバン流して政権交代を促せば」
「マシな世になるかしら?」

 あやこの言葉に、けれども智子は半信半疑の様子で首を傾げた。だがやってみなければ解らないと、あやこは急いでブリーフィングルームを後にする。
 そうして向かった東京では、やはり戦争の事が人々の心を乱しているのだろう、行きかう人々の中にも不安そうな表情の者がちらほら見えた。かと思えば我関せずといった様子で騒ぐ若者が居て、戦争は行うべきだと気炎を吹き上げる集団が居る。
 それらを苦々しい思いで見つめながら、あやこが向かったのは東京スカイツリーだった。正確には、その中にある電波や通信の送信施設。まだ半信半疑の様子で、けれどもあやこが一体どうやってこの事態を解決して見せるのか、興味深そうに見守る智子も一緒だ。
 その智子に、あやこは開口一番、こう言った。

「鍵屋。ここ、ハッキングして」
「ハッキング? 何のために?」
「ここから、女子の戦い方を御歴々に見せてやるのよ。出来るでしょ?」

 挑戦するような口ぶりに、もちろん、と自信満々に智子は荷物から愛用のパソコンを取り出し、幾つかのケーブルや機器、メモリを繋いで、カタカタとキーボードを叩き始める。
 ハッキングは速度が命だ。ましてここ最近のセキュリティの向上を思えば、如何にキーボードを叩く速度が速かろうとも、やすやすと侵入を許さぬセキュリティプログラムの速度に勝るのは至難の業。
 ゆえに、その辺りを補佐するツールも駆使して智子は、実に数分後には東京スカイツリーのシステムに割り込むことに成功した。セキュリティプログラムをダミープログラムで誤魔化し、一時たりともモニタから視線を外さず、指を動かし続けながら「いける」と言葉短かに告げる。
 ありがとう、と頷いた。頷き、そこにあるマイクを握り、大きく息を吸って。

「全国のおか〜さ〜〜んッ! 聞こえてますか〜〜〜ッ!?」

 あやこは思いの限りを込めて叫んだ。思わぬ大音量に智子が一瞬眉を顰めて、そして何も言わない。
 智子のバックアップを受けて、あやこは思いつくままに、胸に浮かんだ想いをこの先で聞いているだろう人々へと訴えた。学者として、女として、母親として。立場が違えば想いも違う、その三者三様の想いを隠さず、過たずに訴える。
 どうか、と。どうかこの気持ちを受け止め、共感し、共に戦ってもらえないだろうかと、心を込めて。





 その、あやこの言葉が功を奏したのだろうか。想いを込めた言葉は、全国の母の胸に届いたのだろうか。
 とある大臣の事務所の中で、ネットの掲示板や呟きサイトをチェックしていた秘書の1人は、大臣辞めろコールが書き連なり大炎上しているのを見て慌てふためいた。理由は上手く隠し通せたはずの醜聞。一体どこから漏れたのか。
 慌てて事態の収拾を試みたものの、すでに炎は消しようもないほど燃え上がっていた。これをマスコミが放っておくはずもなく、時を置かずして事務所の電話がじゃんじゃん鳴り始める。
 国家政堂院にて、政治愛好党の内閣に醜聞が発覚して、何度目かの大臣が辞意を表明したのは、その日の内のことだった。






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 7061   / 藤田・あやこ / 女  /  24  / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

やり手のお母様の、母としての物語、如何でしたでしょうか。
あのお姉さんはカッコ良いですよね、お母様のイメージでもあられたりするのでしょうか?
雰囲気や心情を叶う限りに盛り込ませて頂きましたが――こ、こんな感じで大丈夫でしたでしょうか(汗

ご発注者様のイメージ通りの、一発も銃を撃たない、戦いのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と