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<PM!ハロウィンノベル>


魔女のパンプキンパーティにようこそ!

 かぼちゃのお化け・ジャックは困り果てていた。
 丘の上に住む魔女から、ハロウィンパーティへの招待状が届いたのだ。
 この魔女、基本的に無茶ぶりしかしてこない。
 ゆえにジャックは彼女が苦手だった。むしろ嫌いだった。
 かぼちゃなのに鳥肌がたつほどに。(無論、便宜上用いた単なる比喩表現であって彼の固い表皮が本当にイボイボになったわけではないのであしからず)
「っていうか『カボチャ料理でおもてなしするわ☆』ってナメてんのかコラァァァアア!」
 ジャックの悲痛な声が、街にこだまする。
 当然だ。ジャックはカボチャである。カボチャ料理それすなわち共食いに他ならない。
 血も涙も肉もないジャック、人並みの良心はある。
 一方、血の通った魔女のほうには血も涙もないのだから、この世は不条理に満ちていた。

「……ここは、どこなんでしょう?」
 村の外れにぽつんと立ちつくす男の影。
彼の名は松本・太一。今日は会社の同僚の送別会だった、いわゆる普通のサラリーマンである。
それがどうして、2次会帰りにコンビニで水を買おうとしたところ、どうやら異界へと迷い込んでしまったらしい。
コンビニの硝子扉の先が、まさかメルヘンの国に繋がっているとは。硝子の向こう側に見えていた店員の姿がありありと思い出せるのに、どうしてこんなことに……。
しかし考えていても仕方ない。とりあえず、自分が置かれた状況を把握するために、松本は周囲を探索することにした。
 そのとき。
「……ってナメてんのかコラァァァアア!」
 背にしていた方向から耳をつんざくような大声が聞こえ、松本は驚いて振り返った。
 視界に飛び込んできたのは、掘っ立て小屋の影でほろほろと涙を零す、かぼちゃのお化けの姿だった。
 普通の人間なら、かぼちゃが喋っていることに驚いて腰を抜かしそうなものだが、松本は違った。
彼の身体には、もう一人の存在――魔女が存在しているのだ。
もはや、この程度の怪異で彼の心を動かすことはできないのである。
「……あ、あの」
 恐る恐る松本が声をかけると、カボチャはくるりと振り向いて、ぱあっと表情を輝かせた(ように見えた)。
「なああんた……カボチャ、好きか?」
 突然の質問に、松本はたじろいだ。カボチャを目の前にして、カボチャは嫌いですと言えるほど図太い神経を持った人間はそうそう存在しないだろう。
 彼の言葉の真意を測るより先に、ほとんど反射的に、松本は返事をしていた。
「はい、好きですけれど……それが、何か」
 その言葉を聞いたカボチャは、にやりと笑い、満足げな声で言った。
「今日はな、仮装をして丘の上に行くと、カボチャ料理が食べられるんだぜ。ハロウィンパーティがあるんだ」
「カボチャ料理ですか」
「ああ、そうだ。俺も誘われたんだが共食いは避けたいところでな。あんた、俺の代わりに行ってきてくれないか?」
 確かに、カボチャのお化けがカボチャを食す話など聞いたことがない。
カボチャになったことは無いから分からないが、共食いという言葉にうっすらと寒気を感じ、松本は二つ返事で頷いた。
「わかりました。仮装をして丘の上に行けばいいんですね?」
 松本の通勤鞄の中には、ちょうど宴会の余興で使った、安っぽい橙色のマントと帽子が入っている。これをつけて行けばおそらく問題ないだろう。
「この招待状を持っていけば入れるはずだ」
 満面の笑みを浮かべ、カボチャは紙切れを差し出した。
「……カボチャ料理、かぁ」
 パーティということだから、マナーの面が少しだけ気にかかってはいる。
しかしそれを補って余りある程度には、その言葉は魅力的だった。特にパンプキンタルトなんかがあったら最高だ。
 振る舞われるだろう料理を脳裏に浮かべながら、松本はカボチャ型の帽子をかぶり、マントを羽織って、丘への道を駆けあがった。

 辿りついた屋敷の前で、松本は骸骨の門番に止められてしまった。
「招待状は分かったけど、そんな恰好じゃ、通せないなぁ」
「え、そうなんですか?」
 松本が焦って問うと、骸骨は眉を下げ(……多分)て、苦笑した。
「魔女様はドレスコードに厳しいのさ。そんなチープな格好じゃ、ちょっと難しいと思うぜぇ」
 せっかく来たけれど仕方ない。ため息をついて踵を返そうとすると、骸骨は肩を落とした松本を制止した。
「……だがアンタ、村の人間じゃないよな?」
「え、そうですが」
「いったん魔女様にお伺いを立ててみる。少し待ってろ」
 そう言って骸骨はがしゃがしゃと慌ただしく屋敷の中へ消えていった。

 戻ってきた骸骨に呼ばれて、導かれるまま迷路のような屋敷の中を進んでいく。
どうやら魔女の許可が出たらしく、彼女が衣装を貸してくれることになったらしい。
そんなわけで、松本は着替えが用意されているという衣装部屋へ向かっているのだ。
「それにしても、広いお屋敷ですね」
「魔女様はこの一帯を治めておられる領主様であるからして」
「成程……」
 頷いてはみたものの、この世界がどのようなシステムで、どんな人々が生活しているのかさえ良く分からない現状では、その言葉が何を意味するのかも曖昧だ。
 そもそも、ここまで怪しげな生き物としか遭遇していないが、この世界に自分と同じような人間に近しい存在がいるのだろうか……。胸中に、徐々に不安が広がっていく。
(本当に、大丈夫なのかな)
 松本は胸の奥に問いかける。だが、いつもそこにいるはずの存在は、今日に限ってひどく大人しい。まるでこの状況を知り、分かった上で沈黙しているかのようだった。
「ようこそ」
 だが杞憂だったようだ。件の部屋で松本を待っていたのは、黒猫を胸に抱えた妙齢の美女だった。
彼女の瞼は両方とも下ろされていて、代わりに黒猫がこちらをじっと見つめている。
「あなたが、魔女様でしょうか?」
「……この世界ではそう呼ばれているわ」
「成程。本日はお招き頂きありがとうございます、カボチャのジャックの代わりに参りました、松本と申します」
「松本さん……、そうね、それじゃ早速着替えてもらおうかしら」
 目を閉じたまま口元に妖しげな笑みを浮かべて、黒衣の美女は身を翻した。そのまま部屋の奥に進んでいくので、松本は慌てて彼女の背を追う。
 しかし踏み入れた先で、松本は言葉を失った。
「さあ、お好きな衣装を選んでちょうだい」
「……ま、魔女様」
「どうしたの?」
「この部屋の衣装――すべて女性物ではありませんか……!」
 そう、松本の眼前に並べられた色とりどりの衣装は、すべて女性用――いわゆる魔女が着るような、胸のあいたドレスやミニスカート、といったものだった。
 赤面して顔を俯けた松本に、魔女は歩み寄り口角を吊り上げた。ひどく愉快だと言わんばかりの表情で、羞恥に燃える男を更に追い詰める。
「あら残念ね。着ないなら、パーティには参加させられないわ」
「……う」
「カボチャのパンやグラタン、コロッケから、ケーキ、クッキー、トルテにプリン。思いつく限りなんでも揃えたのだけれど」
 甘い誘惑の言葉に、松本の腹が音をあげ、ぐうと鳴った。
 そういえば送別会では余興に気を取られて、ろくに食べていなかった。水分で満たされていた腹は一度空腹に気づけば、雪崩が起きたかのように悲鳴をあげはじめる。
「あら、お腹がすいているの? ……残念ね」
 さしもの松本も限界だった。半ば悲鳴に近い声色で、魔女へ頼み込む。
「失礼しました、着ます、着させてください」
 ほとんと涙目になりながら、松本は魔女に縋りついた。よく考えてみれば、この世界からすぐにもとの世界に戻れるとも限らない。
 食べられる時に食べておかなければ、後で困るかもしれないのだ。
「カボチャ……食べたいです」
「素直な人は好きよ」
 まるでこの展開を予見していたかのように、さらりと魔女は言った。そしてにっこりとほほ笑みを浮かべる。完全に松本の敗北だった。
「それじゃ……これなんかどうかしら?」
 魔女は相変わらず目を瞑ったまま、それなのに非常に的確に、松本に精神的苦痛を与えるセレクトをした。
 今にも下着が見えてしまいそうなミニスカートに、しましまのニーハイソックス。肩を出した黒い衣装で、頭には、いわゆる絵に描いたような魔女の帽子をかぶせられる。
手には竹ぼうきを持たされて、これはもう、何というか言い逃れができないレベルに魔女っ娘である。
 魔女はするりと、松本の露出した肩を撫ぜると、にんまりと満足げな笑みを浮かべた。
「それじゃあ、パーティに行きましょうか」
「……は、はい……」
 なんという羞恥プレイ。それだけでも松本は泣きだしてしまいそうな羞恥に煽られていたというのに、魔女はさらに、とんでもないことを呟いた。
「ステージ上でほうきに跨って、『おかしいなぁ飛べないよ?』とでも言ってもらおうかしらねぇ」
 ……もう、カボチャなんてどうでもいいから、帰りたい。
 松本の脳裏にカボチャのジャックの笑顔が蘇る。成程あれは、こういうことだったのだろうか。
 しかし後悔しようと既に遅い。
魔女のパーティは、まだまだ始まったばかりなのであった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8504/松本・太一/男/48歳/会社員・魔女 】
【NPCA008/高峰・沙耶/女/29歳/高峰心霊学研究所所長】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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松本様、この度はご参加いただきありがとうございました。
荒唐無稽なハロウィンのお祭り騒ぎ、お楽しみいただけましたでしょうか?
「魔女」役は怪談のミステリアス担当・高峰女史に演じていただきました。
少し遊びすぎてしまった感はありますが、お祭りですしご愛嬌ということで……(笑)
イメージ通りの活躍になっていれば幸いです。