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さあ 祭りを始めよう
聖祭もいよいよ本番が迫り、緊張感と浮足立った感覚の混じり合う空気が学園内を流れている。
その日は聖祭の準備や予行練習が重なり、早めに授業は切り上げ、各学科は準備や練習に励んでいた。
そんな中。
「……これは」
皇茉夕良は顔を曇らせる。
昼休みに新聞部が配っていた学園新聞には、短い記事が載っていた。
『エトワール倒れる
高等部バレエ科所属の守宮桜華さんが、病気のため休学される事となりました。
今年はバレエ科は「眠れる森の美女」をし、その中で皇さんはリラの精と言う大変重要な役をするはずでしたが、急遽代役が立てられる事となりました』
何があったのかしら……。
先日会った時、確か彼女はずっと練習をしていたはず。いきなり病気になんかなる訳はないでしょうに。
そう思いながら、新聞はひとまず折り畳んで鞄に入れる。
今日は今後の事を考えるために、行かないといけないんだから。
中庭を突っ切ると、今日は既に舞台で練習しているせいか、普段音楽科の声楽専攻の面々が練習している歌声は響いていなかった。
ベンチには見慣れたキャスケットを被った少年が見える。
「小山君」
「あっ、こんにちはー」
小山連太はペコリとキャスケットを取って挨拶をしてきた。
茉夕良も「こんにちは」と返す。
「随分大変みたいね、バレエ科も」
「そうですね、なかなか大変らしくって、詳細までは取材できなかったんですよー」
「まあ、そうでしょうね」
今頃は代役の練習やら衣装の用意とかでバタバタしているはずだものね。そこに取材に来られたらバレエ科もたまったものではないだろうし。
舞台裏の慌ただしさを思い出し、茉夕良は1人頷いた。
「ところで、話を伺いたいって思うんだけど」
「ああ、この間の自警団の話ですね」
「今まで、あんまり自警団が攻撃的な事まではしなかったから、珍しいなって」
「まあそうですね。生徒会長は規律に厳しくって、怪盗が秩序を乱すから処罰したいって感じであって、退治したいとはちょっと違いますしねえ」
「ええ……」
少なくとも、生徒会長本人も先日の件は自分の立案じゃないと言っていたし。
茉夕良が首を傾げていると、連太は手持ちの手帳をパラパラめくり始めた。
「何でも、副生徒会長がご乱心とか聞きました」
「副生徒会長?」
「はい。青桐会長の補佐をしている茜副生徒会長ですね。普段は温厚な方なんですが、何が逆鱗触れたのか、人が変わったみたいになっているそうです……」
「まあ……。その前後で分かる事とかはないかしら?」
「そうですね……」
連太はパラパラとめくる。
手帳をちらりと覗くと、そこには走り書きの上にたくさん付箋が貼られている。
「どうも自分にリークが入る前に、予告状抜きで怪盗騒ぎがあったらしいんですよ」
「予告状抜き……で?」
「はい」
いつもの怪盗らしくないけれど……。
でも怪盗と理事長は確か繋がっていたはずだし、今回は予告状を出す必要がなかったのかもしれない。
いや、むしろ……。
織也さんを警戒したのかしら……?
全てが予測で、本当の事なんて何1つ分からないけれど、とにかく予告状がなかった事にも意味があるはずだと、それだけは茉夕良は自分の勘を信じた。
「元々生徒会周りを取材した所、副会長が不安定になっていたのは、前にフェンシング部のレプリカが盗まれた辺りからなんですよね。で、先日の怪盗騒ぎで盗まれたのがこれなんですが」
連太は手帳に挟んでいたポラロイド写真を見せる。
写真に写っていたのは、手回しオルガンだった。確か、音楽科の卒業生が卒業と同時に寄贈していったものとか聞いた事があるが……。
「これを盗む盗まないで騒ぎになってから、副生徒会長の様子がおかしくなったらしいんです」
「そう……」
何かを忘れているような気がする。
茉夕良は今まであちこちで聞いたり読んだりした事を思い出して、眉を潜める。
……そうだ。7つの感情だ。
元々魔術同好会が言って警告していた、学園内に眠っている寄贈品には魔力が宿って、それらを使えば人が生き返るって言っていた。
もしその7つの感情に当てられて人が変わってしまったのなら……。
大変な事にならないといいけれど。
「ねえ、基本的な事訊いていいかしら?」
「はい?」
「もしかして、怪盗騒ぎの前後に、細かい騒ぎとかって今まで起こってたりした?」
「あれ、どうして知ってるんですか?」
「……え?」
連太は当然のように言う。
「まあ、そのせいで変な人達が騒ぎ立てて投書送ってきたりとかもしてましたけどね。
確かに起こっていますけど、副生徒会長がおかしくなったのが、それのせいと?」
「いや、気になったからだけれど……」
「正直、自分はそれを自分で確認できてないんで眉唾なんですがねえ……」
「そう……あっ、そうだ。お土産あるの。今日もわざわざ来てくれたから、お礼」
「わあ、ありがとうございます」
連太に差し入れに持って来ていたクッキーを差し出すと、連太はそれを嬉しそうに受け取っていた。
それを見ながら茉夕良は考える。
もしかして、最後の感情さえなくなってしまえば、死者蘇生はできなくなる?
誰も不幸にならなくなる?
だとしたら……。
今度の聖祭で、全部決着がつくのかしら。
聖祭。
生徒会がやけに厳しい注意書きを触れ回っていたのは、多分怪盗騒ぎをそれに便乗して終わらせるつもりなんだ。
私は、何をすればいい?
茉夕良は1人、考え始めた……。
<了>
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