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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔性の歌姫

 先遣隊は全滅。追加派遣された部隊も、報告に戻った一名を除いて全滅したと思われる。龍族が率いる百鬼夜行は恐ろしい速度で侵攻してくる。事態は最悪だというのに、一向に解決の糸口が見えずにいた。
 そしてとうとう未完成の兵器が投入されることになり、急ぎオカルト系アイドルSHIZUKUが招聘された。すぐに動ける者が他にいなかったのだ。
「でも、あたし、あたし精一杯歌いますけど、本当に大丈夫なのかな」
 SHIZUKUは不安そうにマイクを握りしめている。それは妖魔の聴覚を強く刺激する音波兵器で、歌い手の実力が試される他、そのスペックは未知数。現実に実験に協力する予定の歌い手すらここにはいない。
 まさしくぶっつけ本番、いつもは楽天的なSHIZUKUでさえ不安になるのは無理もなかった。
「気楽に構えて。君はあくまでも前座なんだから。君が奴らの気を引いて時間稼ぎをしている間に強力な助っ人を召喚する。彼女さえ来てくれれば百人力だ」
「そ、そうですね! あたし、頑張ります!」
 IO2のスタッフの言葉に力を得て、SHIZUKUは笑顔を浮かべた。笑わなければ泣きそうだった。マイクのスイッチをオンにして、両手で握りしめる。歌はミリオンヒットを記録した彼女自身の持ち歌「夢に夜な夜な」だ。ヘッドフォンから流れるイントロを聴きながら大きく息を吸う。
〜夢に夜な夜なあらわれる あなたは誰 私になにを伝えたいの‥‥
 ポップステイストのバラードは1種の怪奇現象を歌ったものだ。SHIZUKUの歌声がマイクを通し、機械を通し、そして兵器を通して外に発信される。百鬼夜行の様子はモニターに映されていたが、SHIZUKUは決してそれを見なかった。ただ心の中で強く叫んでいた。
(あやこさん‥‥早く来て下さい!)
 SHIZUKUの心の声に応えるように、1番のサビにも達しない内にモニターが光でホワイトアウトした。
〜優しく 虚しく 時だけが過ぎ行くわ
 誰かが『外』で歌っている。驚いたSHIZUKUはヘッドフォンを外してモニターを見た。
〜懲罰の季節 風の中に滅びを運ぶ 
 モニターに映っているのはこの業界で知らぬ者のいない女性、藤田あやこ。まるで闇の妖精のように黒髪をたなびかせ、宙に浮いてシャンソンを口ずさんでいる。大声を上げているわけではない。
〜魔女の秋 白銀のイデオロギーが訪れる前 屈辱と裏切りの赤が廃疾の街を呑む
 囁くような歌い方だ。だが頭につけているインカムが彼女の声を拾い上げ、戦場に響かせている。
「あやこさん!」
〜蟷螂の斧は風車 漸進せず回るのみ
 あやこの奏でる魔歌は確実に百鬼夜行の足を遅くさせていた。兵器か、それとも彼女自身の力なのか、世界が彼女の歌声で満たされていく。彼女はにやりと笑むと、息を吸って歌の調子を変えた。
〜精霊森に鬼火が揺れて そぞろ歩けば百鬼夜行
 モニターの前でSHIZUKUやIO2のスタッフはきょとんとしていた。藤田あやこが今歌っているのは、まぎれもなく演歌だった。
「演歌? なんで演歌!?」
〜怒りの戦 斧構えて見れば 心にゃ戦士の血が通う
 モニターの中のあやこがどこかを指さす。目をこらして見ると、それまで防戦一方だったIO2の人々が戦意を取り戻し反撃を開始したのが見て取れた。
「うわー!」
 間近でした叫び声に驚いてモニターから視線を外すと、件の兵器が煙を立てていた。あやこの魔歌の威力が強すぎてオーバーフローを起こしてしまったらしい。
〜涙に曇る妻と子を殺める敵が憎い 男一匹人生だ ああ 精霊森の夜は更け行く
 つまり今、彼女はマイクとスピーカーだけで味方支援を行っているようだ。
「す、すごい‥‥!」
 次にあやこが歌い出したのは誰もが知る国歌だった。
〜幼心の記憶を埋めた 遥か懐かし夢の中 また逢いたし
 その歌声は恐ろしいことに百鬼夜行の群れを削っていく。
〜母の手紙待ち草臥れて 枕元顔も忘れじ其方の名を あまたの街で懐かしむ ああ赤き郷土、我がまほろば
 そこまで歌いきったところで、あやこはモニターに向かって唇を動かした。とある1単語だが、SHIZUKUにはその意図がはっきりと理解できた。マイクを握りしめて彼女は歌い出した。
〜言い尽せない この想い翼が‥
 SHIZUKUとユニゾンするようにあやこも歌い出す。
〜触れると胸が高鳴る ファイア
 これはファイアという曲で、SHIZUKUの持ち歌のロックである。一緒に歌って、というメッセージが嬉しくてSHIZUKUは元気いっぱいに、想いを込めて歌う。
〜熱くなるの 優しいキスで抱きしめ てファイア
 あやこの声が光の弾となって百鬼夜行に降り注いでいく。
〜永久に 傍にいて 歌って 貴方のために私も歌うから
 まるで奇跡のようだ。ほんの数分前まで不安で不安で仕方なかったのに。
〜歌声甘く体が燃えて 熱くファイア キスして抱きしめて ファイア ファイア!
 サビの終焉と共にあやこの歌声に対する歓声が上がる。百鬼夜行を壊滅とはいかなくても追い払うことに成功したのだ。
 SHIZUKUは嬉しくて、直接あやこに逢いたくてたまらなくなった。今度はステージで一緒に歌いたい。真剣にそう思った。だからその想いを乗せて、歌った。

〜夢に夜な夜なあらわれる あなたは誰 私になにを伝えたいの
 夢に夜な夜なあらわれる あなたは誰 私になにを伝えたいの
 それは愛? それは恋? それは‥‥きっと失った痛み
 胸が苦しくてたまらない痛み
 また逢いたい人がいる どうしても逢いたい人がいる
 焦がれる想いを伝えたくて 夢に夜な夜なあらわれる
 私はメッセンジャー
 あなたの言葉を伝えるメッセンジャー
 あなたに もう一度 逢 い た い

 歌い終わった時にはもう、モニターからあやこの姿は消えていた。その代わり、目の前に藤田あやこが笑顔で立っていた。SIZUKUは思わずあやこに駆け寄って抱きついてしまった。