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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


“忘却の手鏡”
「おや、こいつは…―」
 不思議な品の中で、一つの鏡が光を放っていた。派手な装飾によって縁を飾られた由緒ある手鏡として蓮の元へと辿り着いた物。
「…“忘却の手鏡”。所有者の過去を視る事が出来る神秘の鏡…。この子も役目を終えようとしている」蓮は縁を撫でながらそう呟いた。「最期の過去は、誰を映し出そうとしているんだろうね…」
 ここ、アンティークショップ・レンへと廻り着く物はこうした不思議な現象を生み出す物は珍しくない。
「この子に残された時間は少ないみたいだね…」蓮はそう呟きながらある人物の顔を思い出していた。

 蓮の思い付きは大胆な物だった。先日、偶然店を訪れた一人の来客者。特に何を手にする訳でもなく帰ったが、蓮にとっては印象の強い客だった。容姿などが特殊な訳ではないが、頭に浮かんだ人物。蓮はクスっと笑い、“忘却の手鏡”を手に取った。
「“思い付き”というのもまた、一つの廻り合わせ…」

 蓮はそう呟き、手鏡をある場所へと送った。いつもの“ツテ”を使い、何処とも誰とも知らぬ、ただ偶然に訪れた“ある人物”へと…――。
 蓮から添えられたメッセージカードはたった一言。

       『gift to you』

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 ―勇太は納得なんてしていなかった。あの黒狼の決断。勇太自身とは真逆な生き様を選んだ黒狼の意志…。そして、自分は生き残り、まだ抗っている。己の進んで来た運命に翻弄されまいと、ただ何処かにあると願う幸福を求めて。

「…俺は、ただ欲張りなのかもしれない…―」

 勇太には解らなくなっていた。自分がやっている事が無駄な事なのか。黒狼の判断は正しかったのか…。多感な年頃である勇太にとって、黒狼の選んだ死はそれ程に大きく勇太の心を揺るがせていた。



 そんな折、あの廃工場での一件から一月と経たない内に、勇太の家にある荷物が届けられた。


「アンティークショップ・レン…?」何処かで見た事のある名前に首を傾げ、送り先を確かめてみる。間違いなく勇太に宛てられた物で間違いはない様だ。
 とりあえず、と勇太は箱を空け、中身を確認する。『gift to you』と書かれたメッセージカードには、裏面にも他には何も記入されていない。勇太はそのまま中に入っている手鏡へと手を伸ばした。

「うわっ!?」

 手を触れた瞬間、鏡の鏡面が光を放つ。勇太は咄嗟に腕で顔を覆う。

『貴方が私の最期の記憶を飾るピース…。さぁ、心の奥に眠る記憶を見せて下さい…』










――「さぁ、勇太君。私と一緒に行こう」見知らぬ男が幼い勇太の手を掴んだ。
「…お母さん…!お母さん!」
「…ごめんなさい。…勇太、ごめんなさい…」
 手を伸ばす勇太を見つめながら、勇太の母は涙を流している。
「さぁ、勇太君。君はお母さんの為にも、私と一緒に行くんだよ」男は優しく声をかけた。
「…おかあ…さん…」


  勇太は、引き取られたのだった。“特別な力の研究対象”として…――。






 物心がつく頃には、勇太はこの“特別な力”を当たり前の物として受け入れていた。まるで手足を動かす様な感覚で対象物を操ったり、制御が出来ず、意図しないままにテレポートをしてしまい、迷子になって捜される事もあった。そして、ふとした瞬間に両親の心の声を聞いてしまう事もあった。


 ―そんな力を、母は受け入れてくれていた。


 ―そんな力を、父は徐々に畏れていった…。


 善悪を知らない勇太は両親の本心を読み取る度に、得意気にそれを言い当てていた。母はいつもその力を褒め、頭を撫でてくれていたが、父はそんな勇太を睨み付ける様な眼差しで見つめ、無言で何処かへ行ってしまっていた。父の態度や行動を見ていた母は、勇太を庇う様に抱き締めていた。

 勇太が三つの時、父は何も言わないまま失踪した。

 母は気丈に振舞っていたが、勇太には解っていた。むしろ、解ってしまったのだ。母の心がいつも悲痛に泣いていた。それでも、しっかりしなくてはならない、と言い聞かせる様に、勇太にはいつも通りに明るく優しい母で在った。幼いながらも、勇太はそんな母の意志を知り、気付いていないフリをし続けてきた。
 しかし、父という存在がいなくなり、生活は一変していた。母が父に代わって働きに出る時間が増え、いつも疲れきった表情で家に帰る。徐々に笑って話をしたり、勇太を抱き締める事もしなくなっていた。勇太は一人、家でテレビを見つめながら毎日を過ごしていた。

 そんな折、勇太が見ていたテレビ番組で超能力特集が取り沙汰されていた。勇太は自らが持つ特別な力を、初めて“特別”な物だと理解した。



 ―それから間もない頃、勇太はテレビに映っていた。母に頼まれ、勇太は能力を披露する。次々と色々なテレビ番組に出て、その度に勇太は有名になっていた。母が笑う事が多くなり、勇太は自分の能力で母を救う事が出来たと喜んでいた。

 そんな勇太を、世間はインチキだと批判を始めた。

 勇太やテレビ局への弾圧は日に日にエスカレートし、ついにはテレビ局側も勇太を使う事を取り止めた。残された二人は、周りから白い目で見られる様になり、母はまた笑わなくなってしまった。
 買い物をしに商店街を歩いていた二人に、ある男が石を投げた。
「インチキ野郎共が!いつまでもこの町にいるんじゃねぇよ!」
「お母さん!」
 母の顔に当たった石は額を割り、血を流させていた。周囲の大人達もまた、勇太達をただ白い眼で睨み、怪我をした母を助けようとはしない。
「…何で…!」
「そんな詐欺師、誰も助けたり庇ったりしねぇよ」石を投げた男が笑いながら勇太を見た。「ホラ、坊主。悔しかったら得意の“超能力”でやり返してみな」
「勇太…だめよ…」母は額を押さえながら、勇太を抱き締めた。「そんな事をしてはダメ…!」

 ―心臓が強く脈打つ。

「出来る訳ねぇか、インチキなんだからなぁ」
 見ていた周りの人がクスクスと笑っている。

 -胸が熱い。

「うわああぁぁぁぁ!!!」
 勇太が叫んだ瞬間、男は目の前の八百屋に陳列された商品に突き飛ばされる。周囲の人々が一瞬の出来事に戸惑っている中、勇太が手を翳す。商品棚で倒れていた男が空中へと持ち上がり、ジタバタしている。
「ま…マジかよ…!おい!降ろしてくれ!」
「勇太!ダメ!」
 二人の言葉は勇太には聞こえていない。勇太は男を地面へ叩き付けようとした。
 ―瞬間、バチっと音が鳴り、勇太は気絶した。
「やれやれ、こうなっては仕方ありませんね…」男が勇太を抱き上げる。「ここは一度撤収しましょう。御心配なく。私共はアナタ達親子の味方です」
「味方…?」
「はい。とにかく、家へ戻りましょう」
 母はそう言われ、男達と共に家へと戻った。




 -母は勇太を預ける事を選んだ。研究協力費という形でお金を受け取り、勇太を手放した。それでも良いと、勇太は思っていた。母が笑ってくれる様になるのなら、それでも良いと…。



 しかし、時が経つに連れ、勇太の心は壊れていった。


 数々の実験に薬品の投与。実験動物として扱われ、自分の名ではない研究対象のサンプル番号で呼ばれる日々。研究者達はただのモルモットとして勇太を扱い続けた。



 勇太が七つになる頃には、既に勇太が研究所に来たばかりの頃の面影は消えていた。瞳は数々の薬品の投与によって緑色に染まり、元気で豊かだった表情も感情も、残ってはいない。淡々と過ごす日々。言われるがままに実験に協力するだけの、無表情な機械人形。

 ―そんなある日。ついに政府は、この人体実験を行う研究所を摘発するべく、特殊突入部隊を投入した。研究所はあっさりと制圧され、勇太は施設へと身を移す事となった。



 -数ヶ月が過ぎた頃、勇太の元に一人の男が訪ねてきた。
「勇太君、待たせてしまって申し訳ないね」男は椅子に座って待っていた勇太の向かいにある椅子へと腰掛けた。「やはり、相変わらずの様だね…。あの施設にいた時と同じ目をしている」
「…おじさん、誰?」
「あぁ、失礼。私は工藤。君のお父さんの弟だ」工藤と名乗る男は勇太を見つめた。「研究所へ潜入した時、私も部隊の一員として君と会っているんだがね」
「お父さん…の、弟…」
「そうだ。今日から君の保護者となる訳だ。よろしくな」
「…いらない」
「…え?」
「…僕にはお母さんがいる…。保護者なんていらない…」
「…知らないんだな、まだ」工藤は溜息を吐いた。「勇太君、君のお母さんは、もう君を育てる事が出来る状態ではない」
「…なんで?」勇太の瞳に、薄ら感情の火が灯った。
「幼い君に、何をどう説明したら良いのか…」
 工藤はありのままを説明した。勇太が研究所に引き取られた後、勇太の母は“息子を金で売った”として更に世間からの厳しい弾圧の標的にされた事。そして、当の本人である母も良心の呵責から耐え切れず、自殺未遂を繰り返し、今となっては精神病院に入院してしまっている事。
「―…という訳だ」
「…お母さんは幸せに暮らしているって…、あの人達が言ってた」
「…それは君を騙す為の嘘だろう」
「…僕が実験に協力していれば…、お母さんはずっと幸せだって言ってた…」徐々に勇太の瞳から涙が溢れていく。
「…勇太君…」
「…僕は…僕は…!」勇太の頬を涙が伝う。「…お母さんを苦しめて…いたんだ…」
「違う、勇太君。気をしっかりと持つんだ…」工藤は勇太を強く抱き締めた。「自分を犠牲にして頑張ってきたんだ。自分を責めちゃいけない…」
「…意味ないじゃないか!」勇太の感情が蘇った。工藤を押しのけて勇太は泣きながら叫んだ。「お母さんを守りたかった…!なのに!苦しめて、結局は僕が壊した!僕なんて生まれて来なければ良かったんだ!僕なんて死んでしまえば良いんだ!」
「勇太!」
 工藤が勇太の頬を叩いた。勇太は空っぽになってしまった頭のまま、項垂れていた。工藤はそんな勇太をまた強く抱き締めた。
「…お前は優しい子だ…!どんな事があっても、心を強く持て!生きるんだ!」
「…だって…僕のせいでお母さんが…。う…うわぁぁぁ…!」




 ―意識が現実に戻る。不思議な夢を見ていた様な気分で、勇太は目を開けた。手元にあった手鏡が光りを失い、ただの手鏡となっている。どうやらこの手鏡の力のせいで過去を見ていた様だ。
「もう、随分経つんだなぁ…」勇太はそう言って手鏡を見つめた。
 叔父が勇太の面倒を見る様になり、学費や生活費。そして、母の入院費まで工面していた。その条件として、と、叔父はまたあの言葉を口にした。


「お前は優しい子だ。だからこそ、こんな所で折れず、心を強く持て。そして、幸せになる為に、生きる事。それが、私がお前達を支える条件だ」


「幸せになる為に、生きる事…。叔父さんもなかなか厳しいよ」勇太は笑って呟いた。「迷ってたのが馬鹿みたいだ」


「あの黒狼は死を選んだ…。けど、俺はもう迷わないよ」

「正しいとか、間違ってるとか、解らないけど…」

「生きろって言われた。生きてて良いって、言ってくれる人がいた」


「だから、俺は今日も生きていくよ」



――そう心の中で呟いた勇太の表情は、一度失ってしまった筈だった笑顔を浮かべていた。


「明るく、笑いながらさ…――」


                                 Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤 勇太 / 性別:男 / 年齢:17 / 職業:超能力高校生】


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■         ライター通信          ■
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この度はご依頼有難うございました。白神 怜司です。

今回で二度目のご依頼、本当に有難う御座います。
前作“闇夜の狼”からの心の葛藤に
今回の“忘却の手鏡”に繋げ、自分なりに結論を出す、という形で書かせて
頂きました。

気に入って頂けると私も嬉しいです^^

それでは、またいずれお逢いする日を楽しみにしております。

白神 怜司