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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


闇夜の狼
「…月のない夜に廃工場に現われる狼の様な姿をした悪霊、ねぇ…?」草間は煙草に火を点けて向かって座る一人の男を見つめた。

「えぇ。是非調査をお願いしようと思いまして」

「…こういった仕事にゃ手を出したくはねぇんだがな…」頭を掻きながら草間は呟く。
「でもお兄さん。今月はこのままじゃお金も…。これ以上生活が圧迫するのは…―」雫が草間の横から声をかける。
「―お前にはそこの紙の字が読めねぇのか?『怪奇ノ類 禁止!!』だって…―」

 二人のやり取りを見つめていた男が、唐突に小切手にスラスラと数字を書いた。

「ごっ、五十万…!!?」雫は思わず眼を疑って声をあげた。
「これは前金です。成功報酬でこの二倍お支払いしましょう」
「――困っている方の力になるのは、私達探偵の責務…!任せて下さい!」








「お兄さん、聞いてるんですか!?」雫は男が帰った後で小切手を眺める草間に向かって声をあげた。
「なんだよ、さっきから大声で」
「五十万なんて金額に、さらに成功報酬だなんて…絶対裏がありますよ!」
「…んな事ぁ解ってんだよ。…だからこそ、この仕事は“アイツ”に協力してもらうのさ」
 草間はテーブルの上に置いていた携帯電話を手に取り、誰かに電話をかけ始めた。






「“アイツ”って、まさかあの方ですか?」
「あぁ。“アイツ”なら、万が一の事態にも対応出来るだけの“力”があるからな。」



「もしもし、ちょいとばかり力を借りたい。そうだ、この仕事、おまえの力が必要だからな。」



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「…いい加減、いつも通りの姿になってくれないか、鬼灯…」煙草を咥えながら武彦が青ざめた表情で呟く。
「仰る意味が、解りませんが…」ニッコリと笑って武彦の言葉をかわしている若い女性。
「でぇい!気色悪い!」武彦が煙草を消す。
「フン、つまらん奴じゃ」風が舞い、鬼灯がいつも通りの男性姿へと変わる。「で、わしを呼んだ理由は何だ、坊主?」
「さっき説明しただろうが。廃工場に現われるっていう狼の調査だ」溜息混じりに武彦がまた煙草に火を点けた。
「つまらん…」
「そう言うな…。俺も怪奇現象かどうかも解らんが、お前なら同じ穴の狢だろう?」
「とか言いながら、どうせ金に目が眩んだだけじゃろう?」
「うっ…、なかなか鋭いな…鬼灯」
「人のやりそうな事じゃ。まぁ、退屈凌ぎぐらいにはなるじゃろう。だが生憎、わしは金なんぞに興味はないからのう。仕事を手伝う報酬に、そろそろわしに喰われてみんか?ん?」
「お断りだ。…ったく、いずれにせよ都合良く今夜は雲が出る。今夜やるぞ」




 ――深夜、廃工場前。
 武彦が煙草を咥えて立っている所へ、鬼灯が現われた。心なしか、鬼灯の表情が楽しそうに笑っている。その表情に、思わず武彦は悪寒を感じた。
「成程…。確かに禍々しい妖気を放っておる。心地良いわ」
「やっぱり、お前は本物だな…」呆れた様に武彦が呟いた。
「当たり前じゃろう?何百年生きた大妖怪だと思っておる」鬼灯が工場に向かって手を翳す。「まずは様子見じゃな。行け」
 ガサガサと音を立てながら小蜘蛛達が工場の中へと走って行く。
「気味の良い光景ではないな…。あっちこっちから蜘蛛が出て来るってのは…」
「なんじゃ、この程度で腰が引けておるのか?とにかく行くぞ。わしらも動かなくては、の」



 工場跡地内部。
「どうやら、作業はここで行われていたみたいだな」武彦がそう呟く。
 辺りは見渡す限り、眠っている機材達で埋まっている。埃を被り、目覚めを待っているかの様だ。武彦はそんな事を思いながら辺りを調べていた。
 その瞬間だった。とてつもない凶悪な空気を放った咆哮が聴こえてきた。ビリビリと響き渡る音。武彦は腰を抜かしそうになるが、なんとか立て直す。
「ほう、坊主。よく今ので正気を保ったのう」ニ笑いながら鬼灯が武彦を見つめた。
「ど、どういう意味だ?」額から流れる冷や汗を拭いながら武彦が鬼灯に尋ねる。
「そこを見よ」鬼灯が指をさした先に、一匹の蜘蛛が腹を上に向けて倒れていた。「今の彼奴の咆哮に、命を持っていかれたのだ」
「どういう…」
「妖気を放った咆哮がこの空間を貫いたのじゃ。常人ならばこの蜘蛛の通りに今頃眠っておった。お主、やはり一度わしに齧られてみんか?」
「ふざけんな…。でも、道理で…。意識が飛びかけた…」
「フフフ。さぁ、面白くなってきた。来るぞ、坊主」
 余裕。正にその言葉が相応しい。鬼灯は楽しむ様に笑顔を浮かべている。武彦はそんな鬼灯とは遠い距離を感じている。命のやり取り。一方的に喰われてしまいそうなこの異質な状況すら、鬼灯には一興に過ぎない。武彦はその事実を目の当たりにしながら、朦朧とする意識をなんとか保っていた。


 そんな二人の眼前に、奥から唸り声と共に黒狼が姿を現した。獲物を物色するかの様な瞳に、いびつに歪み、剥き出ている牙から滴る涎。


『…貴様、何故人間と共に動く?』黒狼の口から野太い声が発せられた。
「お主の様な小僧には教えてやる理由も必要もあるまい?それとも、犬コロ風情がわしに意見するか?」
『程度の低い妖気の貴様が、我を犬コロ風情とは…。身の程を弁えよ!』
 激しい咆哮が工場内に響き渡る。武彦はまた意識を奪われそうになりながら、忍び寄る死の気配に必死に抗う。
「やれやれ、やかましいのう。貴様は何故、この様な場所を塒にしておる?」
『先程の言葉、そのまま返してやろう』
「ほっ、小賢しい奴じゃ。どれ、身体に聞いてやろう」笑い飛ばす様に鬼灯がそう言うと、一瞬で姿を消した。
『何!?』
「ここにおるぞ、犬コロ」鬼灯は瞬時に黒狼の真横に飛び移り、横から黒狼を蹴り飛ばした。巨体が一瞬で壁へと突き刺さる。
『がはっ!おのれぇ…!』黒狼がすぐに大きな口を開いて鬼灯へと飛び掛る。が、がくんっと黒狼の身体が空中で止まった。
「たかが一撃で周囲への注意を怠るなよ」鬼灯は黒狼を蹴り飛ばした瞬間、一瞬にして糸で罠を仕掛けていた。
『蜘蛛か、貴様…!この程度で止められると思うな!』黒狼が咆哮をあげた。瞬間、鬼灯の張り巡らせていた糸が切れた。
「ほう、なかなか。犬コロにしては考えたではないか」
『フン、妖気によって生成された糸など、それを上回る妖気には耐えられまい』
「良い読みをしておるのう…。いや、実に愉快」鬼灯の顔が歪な笑顔に歪む。狂気。まさにその一言が相応しいとすら武彦は感じていた。「…相手をしてやろう」
 鬼灯から突然強力な妖気が溢れ出す。味方である筈の武彦ですら、あまりの恐怖に身体が震え、その場に座り込んでしまった。
『…それ程の妖気を持ちながら、人間に味方するとは…』黒狼もまた、鬼灯の妖気に怯んでいた。絶対的な力の差。人よりも動物に近い本能を持っている黒狼にとって、鬼灯が絶対的な強さを持つ事実は言うまでもなく理解していた。
「さぁ、小僧。かかってこんか」
 鬼灯の言葉に、火蓋が切って落とされた。黒狼が一瞬にして鬼灯へと間合いを詰め、鋭い爪を振り翳す。鬼灯はひらりと避けると、糸を鞭の様に扱い、黒狼の首を捕らえようと振り回す。が、黒狼は寸前の所ですぐにまた間合いを空ける様に後方へと飛んだ。宙を切った鬼灯の糸が、そのまま眠っている機材を真っ二つに切り裂いた。
『成程…。どうやらこのまま戦えば無事に済みそうにないな…』黒狼は一瞬で身体の向きを変え、武彦へと向かって飛んだ。『ならば、脆弱で愚かなそこの人間から片付けてやろう!』
「えっ、おいおい!いきなりこっちか!?」
「小僧。そいつは生憎わしの獲物じゃ。お前ごときにはくれてやらんぞ」
 黒狼の身体を強靭な糸が幾重にも巻き取り、宙でピタリと動かなくなった。鬼灯が武彦を背に、黒狼を睨み付ける。
『…くっ、人間…!邪魔をするな、蜘蛛!』
「お主がそう言っても、わしは生憎こやつの“お願い”を聞いてやるのが楽しいのでのう。それより、そろそろ諦めてはどうじゃ?まだやると言うなら、このままお主の身体を引き裂くぞ?」
『…貴様は!』黒狼が憎憎しげな視線を鬼灯達の背後へと向けた。
「御協力、感謝します」突然背後から声がする。
「誰じゃ、お主?」
「草間さんに、依頼をした者です」月明かりに照らされ、顔が見える。中性的な顔立ちに、年齢は二十前後といった所だろうか。
「どういう事だ…」武彦が驚きを隠せずにいる。「依頼に来た男は初老だった筈だ。あの時の手の皺から、お前である筈がない」
「あぁ、あの時は姿を偽っていましたからね」男が手で顔を隠すと、手に皺が生まれ、顔も依頼に来た男と同じ顔に変わった。「こちらなら、信じて頂けますか?」
「ほう、お主。なかなか変わった特技を持っておるな」
「いえいえ、貴方程ではありません」
 不気味な印象を持った男はそう言って武彦の手を取った。
「…こいつは?」
「あとは私達で処理します。どうぞお引取り下さい、草間さん。これは成功報酬の小切手です。約束通り、倍額が記入されています」
「あぁ。だが…」
「良いではないか」武彦の言葉を遮り、鬼灯が口を開く。「報酬の紙切れは頂いたのであろう?さっさと帰るぞ、小僧」
「また、機会がありましたら、是非」男は笑顔で二人を見送っていた。



「どう思う、鬼灯?」帰りの道中、武彦は府に落ちない表情で鬼灯に声をかけた。
「お主はどう見ておる?」鬼灯がニヤニヤと笑いながら武彦へと尋ね返した。
「どうやらお前は何かに勘付いているみたいだな…」
「ほっ、良い読みじゃ。言うてみよ」
「…恐らく、黒狼はあそこにある“何か”を守っている。それを奪おうとしているのが俺達の依頼人である、さっきの男だ。黒狼の言葉には人間に対する見下しが強かった。それはきっと、最近人間から何かをされた怨恨から来ている物…。どうだ?」
「やはりお主は冴えとるの。じゃが、及第点と言った所じゃな」
「どういう事だ?」そう言って武彦は立ち止まった。
「いずれにせよ、わしには関係のない事よ」鬼灯は足を止めた武彦を見つめた。「それより、お主の願いはしかと聞いたぞ。報酬に、指の一本でもわしに齧られてはみんか?ん?」
「何かと言えば指やら何やら齧りたがりやがって…。良いか、俺は齧られたり喰われたりなんて願い下げだっ」
「やれやれ、若いクセに頑固なわらしじゃな。精進するんじゃぞ、小僧」
「精進も何も…って―」
 時既に遅く、鬼灯は夜の闇の中へとそう言って姿を消していた。武彦はバツが悪そうに頭を掻き、夜道を一人、府に落ちない感情を抱いたまま歩いた。



 ―再び廃工場。暗闇の中、鬼灯の糸によって動けずにいるままの黒狼の足元に鬼灯は立っていた。
「いつまで寝ておる、犬コロ」
『…貴様は、さっきの蜘蛛…』朦朧とした意識の淵から黒狼が目を醒ます。『どうやら、おかしな薬を打たれた様だ…。嘲笑いにでも戻ったか?』
「そう邪険にせんでも良かろう?歳上は敬うものじゃ」鬼灯がまたニヤリと笑みを浮かべた。
『ならば、何故戻った?』
「なぁに、お前さん程の妖魔を彼奴らが“召喚”した理由が気になってのぅ…」
『…フン、気付いておったのか。喰えぬ爺だ』
「ほっほっ、だがしかし、毒を食わば皿までと言うてな。この東京に、何が起きようとしておる?」

 
 ―鬼灯は知る事となる。

 -この事件が、後に起こる幾つもの事件へと繋がる起点となる事を…―


                                       Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4317 / 鬼灯 一 / 性別:男性 / 年齢:999 / 職業:魔物】


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■         ライター通信          ■
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この度はご依頼頂き、有難う御座いました。白神 怜司です。

飄々としながらも絶対的な強さ。圧倒的な存在感。
そういった部分の差を注意しながら書かせて頂きました。

ストーリーとしては一部完結させるよりも、
飄々としながらも真相を放っておかない鬼灯さんの
お節介な一面を出そうと思い、こうした書き方にさせて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

それでは、また機会がありましたら、
是非鬼灯さんの新たな一面を書かせて頂きたいと思います。

それでは、またいずれ、何処かでお逢いする日をお待ちしております。

白神 怜司