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女子会に行こう!
0.
「居酒屋に女の幽霊が出るらしいんです」
夕暮れに染まるアトラス編集部で、三下忠雄は碇麗香にそう報告した。
「…ならさっさと取材に行ってきてちょうだい。こんなところで油売ってる暇はないでしょう?」
「いえ、それが…その…」
三下には目もくれずに原稿にチェックを入れる麗香。
しかし、歯切れが悪い三下。
「…言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」
「は、はいぃ! 実は、女子会でのみ目撃されるらしいんです!」
「…女子会?」
「はい。今流行の」
麗香と三下の間にわずかに流れる沈黙。
そして、麗香はため息をついた。
「つまり三下君じゃ無理って事ね? いいわ。今度の取材。私が行きます」
別れはどんな時でも辛いもの…。
「それじゃ、今日はお疲れ」
草間興信所所長・草間武彦はそういうとさっと翻りそのまま遠ざかっていった。
取り残された黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は心の中で(バカ)と呟いた。
食事にでも誘ってくれるかと思ったのに…女心のわからないヤツ。
わだかまりが残ったが、いつまでもここに立っていても仕方なかった。
ため息を1つついて、冥月も岐路につこうとした。
「あら、冥月? 今帰り?」
突然、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「麗香!? い、いつから…」
冥月は動揺を抑えようと努めたが、それは無駄な努力だった。
「その鬱憤晴らしに女子会に参加しなさいな。まぁ、幽霊付だけどね」
1.
麗香に連れられ入った店は、昔ながらの居酒屋で奥に座敷がある。
その奥から「こっちこっち」と手招きする人物が見えた。
見覚えのある顔のようだったが…どこでだったか?
「冥月。笑顔よ、笑顔。楽しくなきゃ女子会じゃないわよ」
「…わかった」
壁際の席を陣取り、冥月は再びため息をついた。
それから少し待つともう一人女性が現れた。
ダークブラウンのロングヘアが綺麗な女性だった。
「お待たせしました」
「ご苦労様。まぁ、座ってちょうだい」
麗香がポンポンと座布団を叩いて、女性は麗香の隣に座った。
「初対面よね。一応自己紹介してもらおうかしら」
麗香が目配せをすると、冥月の隣のスーツ姿の女性がはいっと手を上げた。
「響カスミ。教師です。よろしくお願いします」
先ほど来た女性が続いて口を開いた。
「春日謡子(かすが・ようこ)です。白王社のシステム管理してます」
「…黒・冥月。よろしく」
「碇麗香よ。私のことはわかってるからいいわよね。じゃ、とりあえずビールくださぁい!」
麗香が大声で叫ぶと、すぐにジョッキに入ったビールが出てきた。
それを高く掲げ持ち、麗香は高らかに言った。
「それじゃ、女子会に。かんぱーい!」
カーンといい音を立てて乾杯すると、冥月はグビッとグラスを傾けて一口飲んだ。
仕事の後のアルコールは美味い。だが、草間がいれば…いや、これは考えないでおこう。
「おつまみは何がいいかしら? ん〜とりあえず、適当に見繕って持ってきてちょうだい」
麗香は店員にそう頼むとテーブルに向き直った。
「そういえば、碇編集長って彼氏とかいないんですか?」
「…麗香でいいわよ。あなた、言いにくいことズバッと聞くわね」
麗香はクイッと一口ビールを飲むと「いないわよ」と答えた。
「そういう彼氏だのなんだのの話なら冥月に聞くといいわ。貴女、彼氏いるものねぇ?」
にやりと笑った麗香に思わぬ話題を振られた冥月の顔は思わず赤くなっていく。
「べ、別にアイツとはそういう関係では…!」
「いるんですかぁ? 彼氏? きゃはは☆」
カスミの呂律が既に怪しい。
グラスを見たが、冥月ほど減っていない。
これは…タチが悪い女かもしれない…。
「教えてくださいぃ〜どうやってぇ〜彼氏ぃ作ったんですかぁ〜?」
「そ、それは…ひ、ヒミツだ。ヒミツ」
少しお茶を濁せばいいだろうと思ったが、カスミは意外と執拗に聞いてくる。
「お願い! 教えてくださぁい〜!」
「…黙れ」
グッとカスミの顔を掴むとカスミは「ふにゃ〜☆」と変な声を出して黙ってしまった。
これで少しは静かに飲めるだろう…。
2.
「カシスオレンジ、追加ね〜」
麗香がそういうと店員はいそいそとおかわりとつまみを持ってきた。
麗香のピッチはだいぶ早い。
「麗香! 男はぁ、やっぱり包容力よね!」
冥月と話し込んでいたカスミは話の矛先を突然麗香へと向けた。
この女…懲りてない。
「カスミ…あなた、飲むの控えなさい」
「だからぁ、男はほーよーりょく! これっきゃないでしょ! きゃはは」
「包容力…包容力ねぇ」
酔っ払いの言うことだから話半分…と思っていたが、思わず頷いてしまう。
男は包容力か…一理ある。
「男に包容力求めたってダメっス! 所詮甘えてくる女を馬鹿にしてるだけなんっス」
なかなか鋭いことをいっている気もするが、もっと大切なものがある気がする…。
なんだろう? 思わず冥月は考え込んだ。
「じゃあ〜あなたは、男はなんだっていうのよぉ?」
カスミはもはや完全な絡み酒だ。
「男は経済力っス! 何をもってしてもお金にはかえられないっス!」
「男の経済力に頼りすぎる女ってどうなのかしら? 自立心はないの?」
麗香がムッとして言い返す。
それはそうだ。働く女・麗香としては不服な意見だ。
「いや、男は心だろう。何事も許す寛大な心が必要だ」
ガンッと空のグラスを叩きつけるように冥月は断言した。
これが私の出した答えだ。
「あたしは…包容力もいいけど、決断力ですね。男らしさが欲しい」
謡子が頷きながらグビグビとカシスオレンジを空ける。
様々な意見が飛び交い、全くまとまりがない。
それはそうだ。10人いれば10通りの答えがあるのが常である。
「ぶ〜。みんな、わかってなぁい。男はね、女を甘えさせるのが仕事なのぉ☆」
「カスミ、あなたそんなこと言ってるから彼氏が出来ないのよ」
「違いますぅ。私はぁ、作らないんですぅ〜だ」
「彼氏のできない人は、みんなそう言うっスね」
不毛な論議が交わされている。
「ハイボールくださーい」
謡子が空のグラスを上げて店員を呼んだ。
「あ、私はワインをくれ」
冥月も片手を軽く挙げて追加を頼んだ。
空っぽのグラスをテーブルの隅に追いやりつつ、つまみをつまみながら次のグラスが来るのを待つ。
「何が楽しいんだ…」
つまんだ大根サラダはやけに辛味が強かった。
3.
「はい、ワインとハイボールお待ち!」
壁にもたれかかりグイッとワインを一口飲む。
赤ワインの独特の喉越しが美味い。
ここの居酒屋は意外といい酒を扱っている。
いつか、草間とここに来れたら…楽しいかもしれないな。
などと思っていたら、謡子がこそこそっと寄ってきた。
「ちなみに黒さんは何のお仕事を?」
「…探偵」
ワインを飲んでほのかに赤く頬を染める冥月はなんとも言えず色っぽい。
「探偵さん! あ、じゃあもしかして麗香さんともその繋がりでお知り合い?」
「まぁ、そんな感じだ」
「で、その探偵事務所の所長とラブなのよねぇ? 冥月は」
麗香が突然話に割り込んできた。
「えぇ!? そうなんですか! 職場恋愛!?」
「ちょ、麗香! 余計なことを…」
「…羨ましい…彼氏がいる余裕ってコトっスか…」
うっうっと泣き出す女。
どうやら泣き上戸になったらしい。
「泣かないで! 女は…女は強く生きていける生き物よ…」
謡子はなだめようとするが、つられて泣き出してしまった。
大分アルコールが回ってきたようだ。
「あなたもっスか…わかってくれるっスか?」
「わかりますよぉ〜あたしもぉ、あたしもぉ幸せになりたい〜!」
「何であなたたち泣いてるのよ…」
麗香が呆れ気味に見ているが、涙が止まる気配はない。
「わかるぅ〜私だって…私だって男欲しいよぉ〜」
カスミも混じって号泣の嵐が始まる。
「…やってられんな」
そういった冥月のワイングラスはすでに空だ。
結局、女子会なんて寂しい女同士の傷の舐めあいだ。時間の無駄だ。
所詮女の幽霊もその末路なのだろう…しかし、出てこないな…。
「飲みますよ! 今日はとことん飲みます!」
「おーっス!」
「店員さぁん、どんどん持ってきてちょーだぁい!」
「もう、どうなっても知らないわよ」
麗香がグイッと何杯めかの梅酒ソーダを空にした。
4.
「…あれ? 飲み会は…?」
気が付くと、朝の光がやわらかく降り注ぐアトラス編集部のソファの上だった。
「おはよう。二日酔いはない?」
麗香はパソコンをたたきながら、軽くこちらに目を向けた。
「う…ん。あーよく寝たぁ。…ここどこ?」
カスミが伸びをして、起きた。
「寝心地最悪だな、このソファは」
起きぬけの冥月はそう言って身を起こした。
体中がバキバキと悲鳴を上げていた。
二日酔いはない。ワインを6杯ほどあけた後の記憶も…ない。
「何言ってるの。泥酔のあなたたちをここまで運ぶの大変だったんだから」
麗香が呆れ顔でため息をついた。
「…幽霊結局出ませんでしたね」
謡子ははぁっとため息混じりに呟いた。
しかし、麗香の返答は驚くべきものだった。
「出たじゃない。あなたたちしっかり喋ってたわよ」
…!?
頭の中に昨日の光景を思い描く。
1人…2人…3人…4人……5人?
「…今日も行くか? 麗香」
気が付くと冥月はそう口に出していた。
「そうねぇ。メンバーが集まるなら行ってもいいわよ」
麗香が謡子に目配せをする。
「行きます! お供します」
若干一名、返事もなく倒れている人がいるが今夜の飲み会が決定した。
次はない…幽霊が出たら即、拳で殴って終わりにしてやる…。
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
8508 / 春日・謡子 / 女性 / 26歳 / 派遣社員
■□ ライター通信 □■
黒・冥月様
こんにちは、三咲都李です。この度は『女子会へ行こう!』のご参加ありがとうございました。
今回は皆さんお酒に強い方でしたのでNPC・響カスミに酔っ払い役を担っていただきました。
冥月様の琴線に少しでも触れる話題が合ったのならよいのですが…。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。それでは。
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