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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのいち。



 突然視界が落ちた。
 ブラックアウト――――。
 すべてが闇に沈んだ。
 おかしい。自分は、ただ、インターネットをしていたはずなのに。
 ネットの海を、さまよっていただけのはずなのに。



 エミリア・ジェンドリンはゆっくりと瞼を押し上げる。
 息を呑む光景が広がっていた。
 目の前に大きな扉が立ち塞がっている。天に届くかと思われた豪奢な扉の上から声が降ってくる。
<参加者を確認。あなたの名前を入力してください>
「名前? エミリアだけど」
 エミリアは怪訝そうにしつつ、名を名乗った。ここで隠す必要性はあまり感じられない。そもそもここはどこだというのか。
 辺りは静寂で支配されている。下を見ればそこは地面ではなく、硬いのか柔らかいのかわからない不思議な感触だった。
 扉以外には何もない。一面は白で覆われている。果てのない空間に放り出されたかのようだ。
<認証完了。ようこそ、シー・アールの世界へ。あなたにはこの世界で使うことのできるカードが渡されます>
「カード?」
 シー・アール?
 どこかで聞いたことがあるような。
 不審にしながら扉を見ていると、扉が重たい音を響かせてゆっくりと奥へと開いていく。扉の向こうだけ、景色が違っていた。
 一面が水で覆われた、奇妙な世界だった。
 一歩踏み出すと、――――落ちた。
 え? と思った時には地面に着地している。足にはしっかりと土の感触があった。
 二度ほど瞬きをして呼吸を整えた。ここは現実世界ではない。においが感じられない。
 これほどまでに瑞々しい自然が広がっている密林ならば、匂いがあれこれと混ざって嗅覚に訴えてくるはずだ。
(ジャングル?)
 それにしては「綺麗すぎる」。
<それでは旅をお楽しみください。あなたの旅に、加護があらんことを>
「え? 加護?」
 言うだけ言って去る気なのだろうか? それはそれで無責任すぎる。
 抗議をしようと一歩だけ前に進んだら、目の間に光が収束した。身構えこそしなかったが、得体の知れない物体が出現しようとしているらしい。
 光の中に人影が見えた。
 長い銀髪をなびかせた人物だ。一見、少年のようにも少女のようにも見える。
<あなたが引き当てたのは『ウテナ』のカード>
 ぱちんと光が消えると、すぐ前に光の中にいた人物が立っていた。見れば見るほど人形のような造作をしている。
 ウテナのカード? 意味がわからない……。カード、と言っているのに形状がカードではないなんて。
 後頭部の高い部分で髪を一つに括っている少女? は、うっすらと瞼をあけた。
「説明を受けますか?」
 問いかけに、最初は反応できなかった。機械のように端的に語る声が、あまりにも場違いに聞こえたからだ。
「説明を受けますか?」
 二度目の問いかけの時に、とりあえずエミリアは「ええ」と言ってみる。
「ようこそ、シー・アールの世界へ。私はウテナ。あなたの能力カードです。あなたはこれから私を駆使しながら旅をすることになります」
「能力カードって?」
「能力カードはこの世界で使える唯一の武器です。この世界ではカード以外は使えません」
「…………」
 もしや、現実世界で使えていたエミリアの能力が使えない、というわけでは……。
 エミリアは無言でウテナを見つめていたが、ふいに目を遣る。魔剣がない。
(アマジーグがない……)
 つまりは、この世界にはエミリアしか呼ばれていないということだ。あの魔剣が傍にいないことのほうが、奇妙になる。
 アマジーグを排除するほどの「何か」。
「つまり……あなた以外には何も使えないっていうこと?」
「そうです」
 はっきりと答えるウテナが、うやうやしく頭を垂れる。
「あなたの、の、の、能力ヲ、サーチ。ウテナの能力を発現。…………完了。初期の設定は、こちらです」
「能力をサーチ?」
 そういう測定器でもあるのだろうか? おかしな話だ。
 けれどもなんだか愉快だ。エミリアが視線を遣ると、頭をあげたウテナがぐるんと瞳を回した。
「ウテナのカードは、現在もっとも低いレベルとなっています。旅の困難が予想されます。引き返しますか?」
「引き返さないわ」
「……いいえ、を選択されました。…………設定を見直しますか?」
「どういう設定なの?」
 試しに訊いてみるが、ウテナは黙っている。沈黙がしばらく続いたと思ったら、やっと口を開いた。
「エラー。あなたの質問は、拒否されました」
「は?」
 自分のカードだというのになんだそれは。
 エミリアは目を細めてウテナを上から下まで眺める。自分の活動的な衣服とは違い、彼女は、アラビアンナイトを彷彿とさせる衣装に身を包んでいる。そういえば裸足だ……。
 ウテナはちかちかと瞳の中に光を放っている。
「時間になりました。ゲームをスタートしますか?」
「待って。この世界のことをよく知らないのよ」
 意識が落ちる前に、何かのサイトを見ていたような気はする。だが思い出せない。
 エミリアは視線を伏せて、軽く息を吐き出した。思い出せ。思い出せ、思い出せ。
 眉をひそめて、記憶を探る。そうだ。サイトを見たのだ。運営を停止したオンラインゲームのサイトだ。
 試しに「エンター」のボタンを押した。妙なサイトにアクセスしたらどうしようかとはちらりと思ったが。
 ……行き着いた先が、ココ?
(意識を取り込んでいる? ただのゲームじゃないってこと?)
 確か、ゲームの名前は「ケミカル・リアクション」だ。頭文字だけとって「シー・アール」と呼んでいるらしい。
 そういえばこのゲームは一時期かなりの人数がアクセスしていたはずだ。人気だったというのに、なぜ運営を止めたのか……。
 ウテナが、まるで行き先を示すかのように動いた。
「ゲームをスタートしますか?」
 まただ。
 感情がないのか、それともそういう設定なのか、ウテナは同じ質問を繰り返してくる。
「もっと柔軟性はないのかしら。困ったわね」
「ゲームをスタート、し、しま、しますか?」
 刹那、周囲の景色が、音を反響したように『揺れた』。
 水面に雫が落ちて、波紋を広げるような奇妙な光景だった。
 ……どうやらここは、いわくがあるらしい。このウテナのカードも、なにやら様子が変だ。
 そういえば、ウテナの声は先ほどのアナウンスと同一のものだ。さっきの声は彼女なのだろうか?
「ウテナ、でいいのかしら?」
「はい。能力は『逆転』。あらゆるものを、を、」
 ぶつん、と途中で会話が途切れた。
 肩をすくめつつ苦笑するエミリアは、ゆっくりと歩き出す。景色がまた変わった。
 最初のドアの先で見た、水ばかりの世界だ。
「ウテナのカードは、現在もっとも低いレベルとなっています。旅の困難が予想されます。攻撃を確認しました」
 ウテナの声が耳元で聞こえたと思ったら、息が苦しくなる。水の中だ、そういえば。
(ぐっ、な、なに……)
 前触れもなくいきなりの展開にエミリアは戸惑う。戸惑うこと事態が、珍しい。
(このゲーム、どういうことなの? 景色がいきなり変わるし、ウテナも変。まあ外見は可愛かったけど)
 息を止めてはいるが、突然のことに準備ができていない。呼吸を咄嗟に止めただけでもまだマシだ。
 息苦しさにもがきながら水面を目指す。だがいくら泳いでも、水面にはたどりつけない。
 手を伸ばしても伸ばしても、水を掻くだけ。呼吸ができないだけで、衣服は水を吸ってはいない。ここはやはり仮想空間なのだ。
 剣が。剣さえあれば。
「エラー。アクセスは拒否されました」
(アクセス?)
 姿は見えないが、ウテナは傍にいるのだろう。すぐ近くで声が響いた。
「この世界では、カード以外は使用できません」
(ちょっと待って! いきなりすぎるわ!)
 考えをまとめるには状況が悪い。エミリアは堪え切れずに口を開く。その隙間にあっという間に水が入ってきた。海水ではない。
 敵が「自然」だなんて、相手が悪いにもほどがある。
「攻撃を受けています。ウテナのカードを使いますか?」
(使うわ)
 すかさず答えると、「承認しました」という声と共に水が引いていく。ずるずると奇妙な音をたてて水が引いていくと、景色がまた変わった。
 元の密林だった。瞬きをすると、目の前に居るウテナも認識できた。
(攻撃……?)
 気配も何もなかった。不気味な世界にエミリアはゆるく呼吸する。
 この動作も、おかしいのではと考えてしまう。自然に呼吸はしているが、ここはネット空間なのだ。
「ウテナのカードを使用できる回数が減りました。不正なアクセスに対するペナルティは今回は発生しません。次回から気をつけてください」
「ウテナ……?」
「再度攻撃を確認。エミリアのターンは終了しています」
 水が、攻めてきた。



 息が苦しい。眩暈がする。意識がなくなりそう。
 突如、押し寄せてきた津波にエミリアの横でウテナが機械のようにこちらを見てきた。
「ウテナのカードを使いますか?」
 使わないとどうなるの?
 疑問ごと、波に押し流された。あっという間に身体が木の葉のように激流に押し流される。一面が水の色に染まった。
 再び水の中に閉じ込められ、無機質にウテナの声が響いた。
「ウテナのカードを使いますか?」
(つか、う……!)
 それしか方法がない。相手をたこ殴りにできればいいと思っていたが、こんな状況ではどうにもならない。
 再び水が引き、咳をしながらエミリアはウテナを見た。
「ウテナを使って状況をなんとかしろってことね。どうにかできる? ウテナ」
「願いの範囲が広すぎます。範囲を狭めてください」
「でも、ウテナの使える能力がわからないわ」
「ステータスを表示」
 パッとウテナの横に光る文字が幾つも表示される。戦闘能力が、1? 防御能力も1? ひどすぎないか、これは。
 特殊能力が『逆転』とだけ表示されており、パラメーターはどれも1や2ばかりを記している。
 赤く明滅しているのは「絆」の部分だった。0、だ。
「これは、何? 絆?」
「ウテナの成長は、ゼロ、です。エミリアのターンは終了しまし、」
 途中で世界が闇に染まる。一瞬で暗転した世界に、エミリアは放り出されたかのようだ。
 ちかちかと、遠くで何かが瞬いている。

 はっ、とエミリアは顔をあげた。視線を向けた先には、パソコンの液晶画面がある。
「今の、は?」
 画面には、一枚のカードが表示されていた。カードの絵柄は、見覚えのある姿だ。ウテナ、だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 ウテナとの初の対面になります。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。