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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


女子会に行こう!

0.
「居酒屋に女の幽霊が出るらしいんです」

 夕暮れに染まるアトラス編集部で、三下忠雄は碇麗香にそう報告した。
「…ならさっさと取材に行ってきてちょうだい。こんなところで油売ってる暇はないでしょう?」
「いえ、それが…その…」
 三下には目もくれずに原稿にチェックを入れる麗香。
 しかし、歯切れが悪い三下。
「…言いたいことがあるならはっきり言いなさい!」
「は、はいぃ! 実は、女子会でのみ目撃されるらしいんです!」
「…女子会?」
「はい。今流行の」
 麗香と三下の間にわずかに流れる沈黙。
 そして、麗香はため息をついた。
「つまり三下君じゃ無理って事ね? いいわ。今度の取材。私が行きます」

 春日謡子(かすがようこ)はその日飲みに行きたい気分だった。
 今日は花丸金曜日。午後五時。
 夕暮れに染まる白王社の中を早足に進む。
 いつもなら退社の時間だったが、今日はあるトラブルのせいで退社が遅れそうだった。
「三下さん、いらっしゃいますか?」
 アトラス編集部のドアをノックして、そう声をかけた。
「あ、はい。僕ですが…」
 立ち上がったメガネの青年に、謡子は淡々と用件を告げた。
「共用ファイル内から不正ファイルが見つかりました。三下さんの端末からであることがわかりましたので、確認を…」
「えぇ!? 僕ですかぁ!?」
 三下が急いでパソコンの端末を操作し始める。
 謡子はそれを見守っていた。
 …と「ちょっと」と声を掛けられた。
 編集長の碇麗香であった。
「あなた…私の取材に付き合ってくれないかしら?」
「は? あたしがですか?」
「そ。居酒屋に女の幽霊が出るんですって。それも女子会じゃないと出てこないらしいの」
 女子会…つまりは飲み会ということか。
「経費ですか?」
「経費よ」

「行きます。是非取材に同行させていただきます」
 渡りに船とはこのことだ。
 なんとなく、ウキウキしてきた。


1. 
 三下のトラブルを解決させた後、麗香から貰った地図を頼りになんとか店にたどり着いた。
 店に入るとワイワイとすでに各テーブルから談笑が聞こえてくる。
 昔ながらの居酒屋の雰囲気だ。
「こっちこっち」
 奥の座敷で手招きする人が見えた。
 麗香だ。さらに奥には数名の女性の姿が見える。
「お待たせしました」
「ご苦労様。まぁ、座ってちょうだい」
 麗香がポンポンと座布団を叩いたので、謡子は麗香の隣に座った。
「初対面よね。一応自己紹介してもらおうかしら」
 麗香が目配せをすると、スーツ姿の女性がはいっと手を上げた。
「響カスミ。教師です。よろしくお願いします」
「春日謡子です。白王社のシステム管理してます」
「…黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)。よろしく」
 黒く長い髪の女性はどこか仏頂面をしていた。
「碇麗香よ。私のことはわかってるからいいわよね。じゃ、とりあえずビールくださぁい!」
 麗香が大声で叫ぶと、すぐにジョッキに入ったビールが出てきた。
 それを高く掲げ持ち、麗香は高らかに言った。

「それじゃ、女子会に。かんぱーい!」

 カーンといい音を立てて乾杯すると、謡子は一気にグラスを傾けて琥珀色のビールを体に流しいれた。
 体の隅々までビールになるんじゃないかと思うほど、仕事帰りのビールは格別に美味い。
 ぷはーっと息を吐くと、謡子は生き返った気がした。
「おつまみは何がいいかしら? ん〜とりあえず、適当に見繕って持ってきてちょうだい」
 麗香は店員にそう頼むとテーブルに向き直った。
「そういえば、碇編集長って彼氏とかいないんですか?」
「…麗香でいいわよ。あなた、言いにくいことズバッと聞くわね」
 麗香はクイッと一口ビールを飲むと「いないわよ」と答えた。
「そういう彼氏だのなんだのの話なら冥月に聞くといいわ。貴女、彼氏いるものねぇ?」
 にやりと笑った麗香に冥月の顔が思わず赤くなっていく。
「べ、別にアイツとはそういう関係では…!」
 あぁ、可愛い女の反応だよねぇ、こういうの。
 こういう反応を男は好むんだろうな…。
 …いやいや、男なんていらない。
 あたしは心を引き締めて生きるのよ。
「麗香さんは作らないんですか? 彼氏」
「いらないわねぇ。仕事が恋人ってヤツかしら?」
「仕事に拘りとかあるんですか? やっぱり」
 謡子がそういうと、麗香はう〜んと首を捻った。
「拘り…ねぇ。そういう風に考えたことはないけど、気が付いたら仕事が面白くて他に興味がなかったわね」
 麗香はそういうとグビッとグラスを空けた。
「はぁ〜理想的な答えですね。あたしもそうなりきれたらいいのになぁ」
 あたしはキャリアウーマン…よりは花嫁になりたい。
 …夢への道のりは遠い。
 ちくしょう。男なんて…。
 謡子はグイッとグラスを空にした。

2.
「カシスオレンジ、追加ね〜」
 麗香がそういうと店員はいそいそとおかわりとつまみを持ってきた。
 ピッチがだいぶ早い。
「麗香! 男はぁ、やっぱり包容力よね!」
 冥月と話し込んでいたカスミが話を振ってきた。
「カスミ…あなた、飲むの控えなさい」
「だからぁ、男はほーよーりょく! これっきゃないでしょ! きゃはは」
 カスミのグラスを見ればまだ四分の一も減っていない。
 しかし、カスミの酔いはだいぶ回っているようだ。
「包容力…包容力ねぇ」
 冥月はなにやら口の中でその言葉を反芻している。
「男に包容力求めたってダメっス! 所詮甘えてくる女を馬鹿にしてるだけなんっス」
 馬鹿にしている…確かにそういう観点で見ればそうなのかもしれない。
「じゃあ〜あなたは、男はなんだっていうのよぉ?」
 カスミはもはや完全な絡み酒だ。
「男は経済力っス! 何をもってしてもお金にはかえられないっス!」
「男の経済力に頼りすぎる女ってどうなのかしら? 自立心はないの?」
 麗香がムッとして言い返す。
 それはそうだろう。働く女・麗香としては不服な意見だ。
「いや、男は心だろう。何事も許す寛大な心が必要だ」
 ガンッと空のグラスを叩きつけるように冥月は断言した。
「あたしは…包容力もいいけど、決断力ですね。男らしさが欲しい」
 様々な意見が飛び交い、全くまとまりがない。
 それはそうだ。10人いれば10通りの答えがあるのが常である。
「ぶ〜。みんな、わかってなぁい。男はね、女を甘えさせるのが仕事なのぉ☆」
「カスミ、あなたそんなこと言ってるから彼氏が出来ないのよ」
「違いますぅ。私はぁ、作らないんですぅ〜だ」
「彼氏のできない人は、みんなそう言うっスね」
 痛いトコを突かれた。
 しかし、矛先がカスミなので謡子は黙っておくことにした。
「ハイボールくださーい」
「あ、私はワインをくれ」
 謡子が店員を呼ぶと、冥月も片手を軽く挙げて追加を頼んだ。
 空っぽのグラスをテーブルの隅に追いやりつつ、つまみをつまみながら次のグラスが来るのを待つ。
「しっかし、幽霊出ませんね。いくらでも愚痴聞いてあげるのに」
 つまんだ枝豆の塩加減は微妙に塩辛かった。


3.
「はい、ワインとハイボールお待ち!」
 なみなみと注がれたグラスにそーっと口をつける。
 ビールとは違うハイボールのアルコールがまた格別に美味い。
「ちなみに黒さんは何のお仕事を?」
「…探偵」
 ワインを飲んだほのかに赤く頬を染める冥月はなんとも言えず色っぽい。
「探偵さん! あ、じゃあもしかして麗香さんともその繋がりでお知り合い?」
「まぁ、そんな感じだ」
「で、その探偵事務所の所長とラブなのよねぇ? 冥月は」
 麗香が突然話に割り込んできた。
「えぇ!? そうなんですか! 職場恋愛!?」
 なんて羨ましい! しかし、口には出さないだけのプライドはある!
「ちょ、麗香! 余計なことを…」
「…羨ましい…彼氏がいる余裕ってコトっスか…」
 うっうっと泣き出す女。
 どうやら泣き上戸になったらしい。
「泣かないで! 女は…女は強く生きていける生き物よ…」
 つられて泣きそうになるのを我慢した。
 しかし、謡子の目からはぽろぽろと涙が溢れた。
 大分アルコールが回ってきたようだ。
「あなたもっスか…わかってくれるっスか?」
「わかりますよぉ〜あたしもぉ、あたしもぉ幸せになりたい〜!」
「何であなたたち泣いてるのよ…」
 麗香が呆れ気味に見ているが、涙が止まる気配はない。
「わかるぅ〜私だって…私だって男欲しいよぉ〜」
 カスミも混じって号泣の嵐が始まる。
「…やってられんな」
 そういった冥月のワイングラスはすでに空だ。
「飲みますよ! 今日はとことん飲みます!」
「おーっス!」
「店員さぁん、どんどん持ってきてちょーだぁい!」

「もう、どうなっても知らないわよ」
 麗香がグイッと何杯めかの梅酒ソーダを空にした。


4.
「…あれ? 飲み会は…?」
 気が付くと、朝の光がやわらかく降り注ぐアトラス編集部のソファの上だった。
「おはよう。二日酔いはない?」
 麗香はパソコンをたたきながら、軽くこちらに目を向けた。
 二日酔いは…いてて。途中からの記憶がない。
「う…ん。あーよく寝たぁ。…ここどこ?」
 カスミが伸びをして、起きた。
「寝心地最悪だな、このソファは」
 起きぬけの冥月もそう言って身を起こした。
「何言ってるの。泥酔のあなたたちをここまで運ぶの大変だったんだから」
 麗香が呆れ顔でため息をついた。
「…幽霊結局出ませんでしたね」
 謡子ははぁっとため息混じりに呟いた。
 しかし、麗香の返答は驚くべきものだった。

「出たじゃない。あなたたちしっかり喋ってたわよ」

 へ?
 謡子は詳細を思い出そうとした。
 そういえば、なんか途中から知らない人がいたような…。

「…今日も行くか? 麗香」
 ただならぬ殺気を纏った冥月がそう問いかける。
「そうねぇ。メンバーが集まるなら行ってもいいわよ」
 麗香がこちらに目配せをする。
「行きます! お供します」
 若干一名、返事もなく倒れている人がいるが今夜の飲み会が決定した。

 今日はもう少しスローペースで楽しく話を聞いてあげようかな…。

−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

 8508 / 春日・謡子 / 女性 / 26歳 / 派遣社員


■□     ライター通信      □■
 春日・謡子様

 こんにちは、三咲都李です。この度は『女子会へ行こう!』のご参加ありがとうございました。
 今回は皆さんお酒に強い方でしたのでNPC・響カスミに酔っ払い役を担っていただきました。
 謡子様のクールさが上手く出せませんでしたが、泥酔していく様子を頑張ってみました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。それでは。