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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


忘却の手鏡
------<オープニング>--------------------------------------
「おや、こいつは…―」
 不思議な品の中で、一つの鏡が光を放っていた。派手な装飾によって縁を飾られた由緒ある手鏡として蓮の元へと辿り着いた物。
「…“忘却の手鏡”。所有者の過去を視る事が出来る神秘の鏡…。この子も役目を終えようとしている」蓮は縁を撫でながらそう呟いた。「最期の過去は、誰を映し出そうとしているんだろうね…」
 ここ、アンティークショップ・レンへと廻り着く物はこうした不思議な現象を生み出す物は珍しくない。
「この子に残された時間は少ないみたいだね…」蓮はそう呟きながらある人物の顔を思い出していた。

 蓮の思い付きは大胆な物だった。先日、偶然店を訪れた一人の来客者。特に何を手にする訳でもなく帰ったが、蓮にとっては印象の強い客だった。容姿などが特殊な訳ではないが、頭に浮かんだ人物。蓮はクスっと笑い、“忘却の手鏡”を手に取った。
「“思い付き”というのもまた、一つの廻り合わせ…」

 蓮はそう呟き、手鏡をある場所へと送った。いつもの“ツテ”を使い、何処とも誰とも知らぬ、ただ偶然に訪れた“ある人物”へと…――。
 蓮から添えられたメッセージカードはたった一言。

       『gift to you』




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 ―随分と遠い過去に感じる。

「借金。それだけが、今の私に残った物…」
 降り頻る雨が、私の頬を流れる涙と共に頬をつたう。そう、私は…騙された。


「は…ははは…、まだ未成年なのに、もう人生リタイア組、かぁ…」
 歪んだ笑顔を浮かべながら、眼下に広がる街を見つめていた。この眼に、最期の風景を刻み付ける様に。


 そう、私は死のうとしている。


 眼下に広がる、ネオンの輝く街。


 そこへ飛び降りる一歩手前。




 ――裕福な家庭で育った。何不自由ない生活に、愛されながら育まれた私は、我儘だった。何不自由ないからこそ、“自由”に憧れた。圧倒的な財力を持った両親の敷いた、安定のレールは私には窮屈だった。



 ――自由である事が、どれ程素晴らしいかと焦がれながら。


 ――自由である故に、どれ程の重圧をこの身に背負うかも知らず。







 ――初めて反発をしたのは、大学に通い始めてからだった。



「私もう大学生なんだよ!?少しぐらい自分で決めさせてくれたって良いじゃない!」
 両親の決めた大学に私は通っていた。周りの同世代の子達も、私と似た環境で育ち、同じ気持ちを持っている子も多かった。だからこそ、辟易としていた感情は愚痴る事で増幅し、やがて私は爆発した。


「大学生だからと言って、美香自身が変わった訳じゃない。お前は未だ何も知らない。世間ではただの箱入り娘として扱われるのが関の山だろう」
「…!そんなの、試してみなきゃ解らないじゃない!」
「試さなくても解る。お前が今まで見てきた世界は、全て私によって庇護された物だ。“私の娘”という前提を失くしたお前には、まだ何もない」
 そう。私はこの、父の決め付ける態度が嫌いだった。
「だったら、お父様は間違っているって事を私が証明する!」

 私はただ、ダダをこねていただけなのかもしれない。

 ――意地を張ったまま、私は家を飛び出た。制止する父の声を背に、私は暗い外へと飛び出したのだ。根拠のない自信はあった。父の計らいで様々な習い事をしてきた事。その都度、出来栄えを褒め称える周囲の賛辞。それは、私の自信へと繋がった。


 ――甘かった。そう確信するのに、そんなに時間はかからなかった。


 友達の家に転がり込み、バイトを探す毎日。学歴が良いせいか、思ったよりも簡単にアルバイトの面接は受かり、私は人生で初めて自分の力でお金を稼いだ。それは、喜びだった。

 父の力が及ばない環境でも、自分の力でお金を手に出来る事。

 とは言え、生活レベルが違い過ぎた。

 私が得たお金。自分で働いて、苦労をして手に入れたお金は、今まで自分が送ってきた生活で遊びや買い物に使ってきた金額にすら届かない程度だった。
 生まれて初めてお金を稼ぐ厳しさを知った。どれだけ自分が恵まれた環境にいたのかを実感した。そんな時、父の言葉が脳裏に過る。



 ――「世間ではただの箱入り娘として扱われるのが関の山だろう」



 もしもこの時、私が素直になれたらどれだけ良かっただろう。今となって私は思う。素直に父に事情を話し、家に戻してもらえば、私はまたあの生活に戻れる。それ以上に、私は以前よりも賢く生きられただろう。


 ――でも、どうしようもなく悔しかった。


 父の意見が正しかった事が悔しい訳じゃない。父は財を成した人。尊敬だってしている。悔しいのは、そう…―


 ――あまりに無力な自分自身だった…――



 そんな時だった。アルバイト先にいた私の元へ、ある男が訪ねて来た。“霜月”と名乗ったその男は私にこう言った。
「お父様から、お金を預かって参りました。但し、これはお小遣いとしてではなく、借金として。との事です。このお金を受け取るかは、貴方の意思によって決めて下さい」

 私は安易に霜月の言葉を信じ、そのお金を受け取った。部屋の敷金礼金。生活必需品の購入に、当面の生活費。私の生活はここからスタートする。私はただ単純に、そう思って喜んだ。


「借用書…?」
 引越しが終わり、新生活が始まったばかりのある日、一通の手紙が送られてきた。父から渡されたという百万の借金に対する借用書の様だ。
「どういう事…?こんな会社、聞いた事ないわ…」
 聞いた事もない社名の印が押されている。父の経営する会社は私も全て知っている。それなのに、父の名も一切この封筒には書かれていない。私は手元にあった携帯電話で父の携帯に電話をかけた。
 家を飛び出て二ヶ月。初めて私は父と会話する。何度も父からも母からも着信はあったが、私自身がそれに出る事を拒んできた。
「もしもし…」
『もしもし、美香か?』
「うん…。ずっと連絡しなくてごめんなさい…」
『お前は…っ!』父が怒りに任せて怒鳴ろうとしている所で、溜息を吐いた。『…はぁ、まぁ良い。今どうしている?』
「なんとか生活出来てるよ…。お父様、ありがとう」
『何の事だ?』
「お金。霜月って人が尋ねて来て、お父様からお金を預かってきたって」
『…まさか、受け取ったのか?』
「うん…」
『そんな…。私はそんな手を回していない…。』
「え…?」心臓が強く脈打った。「でも…」
『まだ気付かないのか?お前は騙されたんだ』
「そんな…」
『恐らくは私の娘だと知った上での犯行だろう…。借用書か何かは手元にあるか?』
 父の言葉に、私は焦りながら借用書を手に取った。最悪な予感が当たってしまった。
『はぁ…、社名を言いなさい。私が対処する』
「…会社名は…」私は父に社名と連絡先を告げた。
『…私の言った通りにしていれば、こんな馬鹿げた事にはならなかったな』
「…うん…」涙が零れる。
『今すぐにそこを出ろ。家に帰って来なさい。少しぐらい、社会というものが解っただろう』
「でも…!」
『まだ懲りないのか!?私の娘である以上、それを知った輩がお前を狙う可能性だってある!世間知らずのお嬢様というお前の立場では、これから先、何度もこういう目に合う事もあるだろう!』
「確かに今回は私の軽率なミスです…。でも、私は自分の力で生きたい…!」
『それがまだ早いというのが解らないのか!』
 父の言葉に、沈黙が流れた。
『一週間。もしも一週間以内にお前が戻って来なければ、私はお前との縁を断つ』
 父はそう告げ、電話を切った。




 ―一週間後、私は家には戻らなかった。父からの連絡もなく、母からは着信が幾度となく続いたが、私はそれに出ようとはしなかった。
「――で、こういうお仕事は初めてですか?」
 薄暗い店内で私は面接を受けていた。この19歳という年齢で、私はお水の世界に足を踏み入れようとしていた。
「はい」

 面接は難なく受かった。普通以上に高給な仕事であるお水の仕事。以前の私とは無縁だった世界に、私は飛び込む事にした。


 予想以上に息苦しい仕事だった。
 セクハラめいた目でドレスに身を包んだ女性を見つめ、触れようとしてくる客。愛想笑いを浮かべ、興味のない話しでも盛り上げようと必死に話しをする。連絡先を交換して欲しいと言われ、交換してもお店ではなく外で会いたがる客。身体を目的とし、「ヤラせてくれないなら行かない」と言い放つ男。
 イメージしていた煌びやかな世界とは、正反対な世界だった。嘘を重ね、自分に好意を持ってくれても、お客として接し、騙す様なやり方をしていた私は、徐々に心は病んでいた。

 半年程経った頃、私はお店を辞めた。心を病むには十分な時間だった。半年間働いても、貯めたお金は父が立替たお金には届かなかった。心を病んだまま、私は何もかもを投げ捨てる様に、仕事を辞めたのだ。



    ――そして、今。私はビルから飛び降りようとしている。



「飛び降り自殺の現場なんて、見たくないんだけど?」
 雨が止んできた。そんな時、不意に背後から声が聞こえて来た。見知らぬ女が煙草を咥えて私を真っ直ぐ見つめていた。派手な衣服に身を包み、煙草を咥えたまま、私に歩み寄った。
「来ないでください…!」
「止めたりなんかしないわよ」笑いながら女は私を見つめた。「アンタ、結構可愛いのに。死んだら勿体無いわよ?」
「……」
 女は私の横に立ち、眼下の街を見つめた。
「世の中は腐ってる。私はそう思う。だから、私はアンタを止めたりしない。こんな腐った世の中に、無理に生きろなんて言えないもの」
「…本当に、腐った世の中ですね…」
「でしょ?」女はまた笑った。「だからこそ、私は死にたくないけど、ね」
「え…?」私は思わず女を見つめた。
「腐った世の中だから、そんなのに負けて死にたくないのよ」
 涙が零れた。私は気が付けば、また泣いていた。
「…私も…。私も、負けたくなんてないです…!」


 散々泣きながら話し込んだ後、仕事のない私を彼女は自分の在籍しているというお店まで案内した。高級感のある店内の奥に、私は案内された。シャワーを借り、タオルと服を貸してくれた。彼女は私を見つめてこう言った。
「薄々気付いているとは思うけど、ここはソープランド。いわゆる風俗店よ」
「はい…。なんとなく、ですけど」
「キャバクラで働いていたんでしょ?だったら、こっちの世界も話ぐらいは出るわよね。単刀直入に言うわ。アナタ、ここで働いてみない?」
「え…?」
「キャバクラは言葉のやり取りで気持ちを腐らせる。私の偏見だけど。でもここは、お金で解決した関係だけを求めるわ。私達はお金。お客は性欲の処理だけを求めて、ね」






 目を開けると、そこはいつもの店内の待機所だった。お客からもらった箱に包まれていた手鏡に触れた瞬間、私はどうやら記憶を遡っていた様だ。私はマジマジと手鏡を見つめていた。
「美紀ちゃん、指名のお客様よ」店長が私に声をかけた。
「はーい」

 父の立替えた借金を返した後でも、私はこの仕事を続けていた。



「いらっしゃいませ、お客様。美紀がご案内させて頂きます」




 ――誰にも知られてはならない、もう一つの顔を持ちながら、私は今日も、身体を重ねる。



                        Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6855 / 深沢・美香 / 性別:女 / 年齢:20歳 / 職業:泡姫】


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■         ライター通信          ■
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この度は依頼参加頂き、有難う御座いました。白神 怜司です。

どちらかと言えば、プレイングの内容を任された部分が多く、
自由に書かせて頂けたので、
それぞれに、深沢 美香という一人の少女の感情を強く出しながら
感情表現を主題に書かせて頂きました。

気に入って頂ければ幸いです。

また機会がありましたら、是非宜しくお願い致します。

白神 怜司