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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦【晴嵐→丁沖】竜飛階梯の胡蝶
 三島・玲奈(みしま・れいな)と瀬名・雫の2人は台本を手にレコーディングブースへと籠もっていた。
 懸命に声を張り上げ、身振り手振りをつけ2人は台本を読み上げる。
 ネットドラマ「絶閉の隧道」……そのアフレコを行っているのだ。
「……冒険者とは名ばかりの野盗の群れに、非合法な任務を斡旋し、法外な上納金を搾取する事で隠然たる勢力を拡張した冒険者組合は、裏切者に対する苛烈な追求と残酷な制裁故に札付きの悪党をも震撼させた闇の組織なのだ」
 玲奈が読み上げたのは冒険者組合の設定部分。
 そして作中の2人は事もあろうに組合の公金を横領する。
 刺客に負われ2人は「絶閉の隧道」へと逃げ込んだ。
 現れる雲竜の集団へと2人は魔法を唱える。炎を放ち、氷漬けにし、更には雷を呼び、地を震撼させる。光が敵の目を灼き、闇がソイツらを押しつぶす。
 敵の数は減らせたものの、元々の数が圧倒的に違う。故に2人は圧される一方だ。
「ああっ! 呪文が尽きたっ!」
「えっ、そっちもなの!?」
 動揺する演技を入れる玲奈と雫。
「え、ええと……なんじが久しく深淵を見入るとき、深淵もまたなんじを見入るのであるっ!」
 玲奈が声を張り上げる。が、それは魔法ではない。格言だ!
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らずっ!!」
 だから雫もそれは格言だと。
 ……しかしながら格言でもバラまかずに居られない程に、作中の2人は危機に陥っていた。
 だが勿論格言では敵は倒せない……格言集ならもしかしたら本の分厚さで撲殺できるかも知れないが。
 2人はの演技は更に熱が入っていく。その為、彼女達は異変に気づかなかった。
 周囲の空気は次第に冷え込み、壁は防音壁からコンクリートへと移り変わっていく。
「……あれ?」
 最初に異変に気づいたのは雫だった。
「どうしたの?」
 周囲を見やる雫の様子に玲奈も不審げに周囲を見渡す。そこでようやく彼女は異変に気づいた。
「ここ、どこ……?」
 再び視線をもとの場所へと戻すも、そこにはマイクも、収録ブースも欠片も残っていない。
 一体何が起こったのか? 全く理解出来ない事態にさしもの玲奈も動揺する。
 ふと、雫が壁に貼ってあった何かを指す。
「玲奈ちゃん、ここって……」
「……え?」
 玲奈が目にした金属のプレートにはこう書かれていた――竜飛海底駅、と。
「石油タンクや茸栽培などあらゆる転用案が検討された青函トンネル……よね?」
 記憶をたぐり玲奈が告げるも、雫は落ち着かない様子で周囲の様子をうかがっている。
 それはそうだろう。前触れもなく唐突にこんな場所に送り込まれたのだから。
 現実感に欠ける光景にさしもの玲奈も唖然とする。少なくとも先ほどまでのアフレコは事実だったはずだ。何故なら、彼女達の手元には未だ台本が存在しているのだから。
 何故こんな事になったのか――玲奈は思考を巡らす。
 大体このままでは外に出ることも出来ない。その時、雫が玲奈の方を向き手招きして見せた。
「玲奈ちゃん、こっち!」
「何か見つけたの……って」
 彼女が目にしたモノは錆び付いたハシゴ。それも、どこまでも上方に続くような、長い長いモノだ。
「……でもこれ以外に出口らしきものが無いのも確かなのよね」
 ずっとこの場に居ても解決方法は恐らく無い。
 玲奈はぺしっと両手で自分の頬を叩くと迷いを断ち切る。
「ここから上がってみよう!」
「ええっ? でも、なんだかすごく高い所まで伸びてるよ? 登り切れるか自信ないなぁ」
 怖じ気づく雫。しかしそんな彼女を玲奈は叱咤する。
「でもここから動けないのも困るでしょ?」
「う……うん……」
「じゃあ、上りましょ!」
 半ば強引に、選択の手段を与えない為にも玲奈はハシゴを登りはじめる。すると雫もあわててついてきた。
 ハシゴは異常な程に長かった。
 ――一体どこまで続くのだろう。そう思う程に。
 だが次第に上方は明るくなってきている。何処かに――恐らく外に繋がっているのは間違い無い。
 そう信じて、玲奈は更に上へと腕を伸ばす。ついてきている雫をちらりと見やると、その更に下には今まで上ってきた暗闇があった。怖じ気づきそうになる程それは深い闇だった。
「れ、玲奈ちゃん、出口、まだ?」
 視線に気づいたのか、雫が声をあげる。もはやへとへとだが今手を離せば物理法則に従うしか無いのは解っている為、彼女は必死だ。
「もう少しよ! 頑張って!」
 声をあげ、玲奈は更に昇る。そして……。
「ついたっ!」
 彼女は最後のハシゴを登り切る。小さな部屋になっているらしいその場所の床へと転がり込み、荒い息を静めるべく仰向けに倒れた。熱された肺にひんやりとした空気が心地よい。同じく雫もようやくたどり着き、玲奈の横に倒れ込む。
 少しだけ疲労が引き水でも飲みたい、そう思った瞬間、何ものが笑う声が聞えた。
「……誰っ!?」
 慌てて飛び起き、玲奈は雫を背に庇う。
 彼女の視線の先に居たのは車いすの少女だった。セーラー服を纏い、緑の瞳をした黒髪の娘だ。だが……。
「玲奈ちゃん、この子、玲奈ちゃんに似てない?」
 雫に言われるまでもなく、玲奈は目前の存在に驚愕していた。だが顔が似ている人間など世の中に3人はいるという。偶然その3人のうちの誰かに遭遇した、という可能性もゼロではあるまい。
 改めて周囲を見渡し、玲奈は状況を把握しようと試みる。
 ここは恐らくどこかの病室だろう。
 だが、先ほど昇ってきたハシゴはどこかに消え失せ、そんなものありませんでしたよ、とでも言いたげに床はつるりと滑らか。
「ねえ、介助をお願いできないかしら」
 少女はそう微笑み告げる。
「髪を洗いたくて仕方が無いの。だけどあたし1人じゃどうしても無理で……」
「れ、玲奈ちゃん……」
 不気味に思ったのか雫は玲奈の後ろへと隠れようとする。選択するのは玲奈に任せられた。
「……わかったわ。どうすれば良いの?」
 腹をくくり玲奈が訊ねる。笑みを浮かべる少女へと近寄り、彼女を室内の風呂場へと移動させる。風呂場のついた病室となると、かなりの値段になるハズだが……そんな事を考えていた玲奈だが、思考は直後の寸断された。
 何故なら、服を脱がせた少女には、妖精の翅が生えていたからだ。
「これって……」
 玲奈は絶句する。何故なら、彼女も身体にも同様の証がある。ここまでそっくり同じ存在など、そうそう居はしない。
「……あたしね。不老の病に冒されて、学校に通えないの。できれば復学したいと思っているんだけれど……」
 少女はそう玲奈へと告げる。だが玲奈はそんな話を聞くどころではない。
 不可解さに戦慄しつつも玲奈は彼女を風呂へといれる。髪を洗う合間に彼女と目があうと、彼女は微笑みかけてきたが……玲奈にはそれが恐ろしく不気味なものに思えて仕方が無い。
「玲奈ちゃん、ちょっと……」
「何?」
 雫に小さな声で呼ばれ、玲奈は少女を浴室に残し病室へと戻る。
「これって……何だろう?」
 差し出されたモノは日記と思しき冊子だった。他人の日記を勝手に読むのは正直褒められた行為ではない。雫を叱ろうと思った所で、彼女はそれの異様さに気づいた。
 そこには闘病記などは書かれていなかった。代わりに書かれていた妙な単語がある。
 ただ一つ「発注文」と。
「……一体何? どういう事なの……?」
 玲奈の口から疑問が零れる。だがそれに答えられるものは――いるとしたらあの少女のみだろう。
 だが、彼女は問いに答えてくれるだろうか?
 それは納得出来る答えだろうか?
 いや、そもそもが答えを知っているとしたら、という仮定の上の話だ。そもそも彼女は答えを知っているのだろうか?
 まるで奇妙な悪夢を思わせる現実の中、玲奈は困惑する。
 答えはいったい何処にあるだろうか、と――。

 ――物語は佳境を迎える。
 果たして全ての謎は解かれるのか?
 今夜の出演は三島・玲奈、瀬名・雫でお送りしました。