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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 風邪っ引きの憂鬱 +



「こんにちは、皆様。現在風邪っ引き絶好調な工藤 勇太、十六歳、ちょっと超能力を持っちゃってる高校生男子です。所持能力はサイコキネシス、テレポート、テレパシーとか言っちゃってるけど、得意なのはサイコキネシス。しかし現在風邪のせいで能力の制御が上手く出来なくてテレポート能力暴走中。くしゃみする度にあっちこっちと自分の意思関係なく色んな場所に飛ばされちゃって絶賛不運中な……は、っくしゅ!!」


 とまあ、なんとなく自己紹介風に現実逃避をしている最中に鼻がむず痒くなり、くしゃみが飛び出す。
 危うく自分の身体が引っ張られる感覚がして必死に意識を保って踏みとどまる。そのお陰で今回は飛ばされなかったけれど、頭痛が酷い。額に手を押し当てて眉根を寄せる。
 険しい顔をした俺は今、見知らぬ土地のアパートの屋根の上。二階建てのその場所で胡坐を掻きながらまずこの場所からどうやって降りようか模索中。幸いまだ人気のない場所だったため人には見つかっていない。


 やはり此処は懸命に意識を集中してテレポートを制御して降りるのが一番いいだろう。
 そう思い立ち、すぅっと深く息を吸い込む。だが――。


「ぶえっくしゅ!!」


 途中襲った不意打ちのくしゃみ。
 集中していた意識は一気に四散し、無理やり身体が引っ張られる。本来ならば地面に着陸しているはずの身体はふわりと浮遊し、気が付けばどこか狭い場所へと勢い良く身体を突っ込んでいた。


「ぐる、るるるるる」
「お、おえ?」
「ぐるぅぅぅぅ!!」
「ちょ、ちょっと待った!!」


 突如目の前に現れたのは大型犬。
 辺りを漂う匂いは明らかに獣臭い。しかも突然現れた俺、それも犬小屋に頭を突っ込むという形の不法?侵入に犬は鼻息荒く警戒している。今にも俺に噛み付きそうなその有様に俺はたらりと汗が流れるのを感じた。
 そして俺の制止の声もむなしく、犬は俺へ襲い掛かってくる。狭い犬小屋の中でそんな事態になれば当然避けれるわけもなく……。


「ぎゃああああ!!」


 その後の俺の悲惨さはどうか、皆様で予想して下さい。



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「……まあ、お疲れ様とでも言っておこうか」
「う、草間さん。なんか心に痛いです」
「まあ、これでお前がずぶ濡れの格好のまま事務所の前にいた理由が一応分かったから良しとするか」
「はっはっは、あの後必死に逃げた先が池ですよ! 本人の意思関係なくくしゃみでぶっ飛ばされ、池にドボーンって落ちた俺のこのブレイクハート分かりますか!?」
「だからお疲れ様と言ってるだろ」


 俺の目の前で草間さんはマッチを使って煙草に火を付ける。
 ライターが切れたとか言って付けるその様は格好が付いていて、大人の雰囲気を漂わせる。草間さんの口から吐かれ、辺りに漂う煙たい空気が喉を刺激して一度咳き込む。風呂を借りて草間さんのシャツとズボンを借りていた俺は、頭から被せていたタオルを使ってそっと口と鼻を押さえた。


「ああ、悪い。流石に病人の前で煙草はまずかったな」
「いや、構わないんですけど」
「換気扇の下で吸ってくる。一本だけだから少し待ってろ」


 そう言って草間さんは立ち上がり、台所にある換気扇の傍へと寄って喫煙の続きを始める。俺はその様を時折視線を向けて観察していた。


「とりあえず家のもんに連絡を――っと、悪い。違うな。取りあえず体調が落ち着くまで泊まってくか?」
「いや、服が乾いたら帰ろうと思ってるんだけど」
「そのままじゃ無事帰れるか怪しいだろうが。泊まってけ」
「うぐっ」


 草間さんの言葉に息を詰まらせる。
 身体を温めるために出された紅茶のカップを両手で包み込むように持ちながら俺はため息を吐いた。


 草間さんと俺は時々仕事や巻き込まれた怪奇現象なんかでお世話になっている仲。
 俺からしたら年上のお兄さん――というより、友達の感覚。もちろん敬意は払っているし尊敬も信頼もしている。心身共に俺には出来ない事を平然とやってみせるその存在感は結構大きい。
 その為、俺のちょっとした過去も知っている。
 俺が幼い頃に超能力によって研究動物扱いされた事、父親が失踪している事、それから母が今精神病棟に入院している事など。
 だからこそ気遣ってくれている事に嬉しさを感じてしまう。それこそマグカップに口をつけたまま、無作法ながら紅茶にぶくぶくと息を吹き込んで遊んでしまう程度には。


 池に落ちた後、本当に自暴自棄になって叫んだ事を思い出す。
 「今日ばかりは俺がこの世で一番不幸な人間じゃねーか!?」と、そう叫んだような気がする。そして次のくしゃみで飛ばされた先が草間さんの事務所の前。そこに偶然帰ってきた草間さんに引き摺られるように中に入れられて今に至るわけだが。


「風邪の時は取りあえずビタミン摂取だったか? 桃缶程度ならあったような」
「や、マジで構わなくていいんで」
「薬は大人用しかないが構わないよな」
「ちょ、俺一応大人の分類に入ると思うんですけどー!」
「あー、十五歳以上で大人になるんだっけ。お前若干細身だから高校生っつー事つい忘れてたな」
「う……それはひ、酷くないです、か」
「喧しい。大人から見たら二歳差程度なんて大したもんじゃないんだよ」


 一本と、約束どおり吸い終わって戻ってきた草間さんが自分の寝室へと案内してくれる。
 その手には市販品の風邪薬と水の入ったグラスが握り込まれていた。俺はというと紅茶をすっかり飲み干し、誘われるがままに部屋へと入る。自分の部屋とは違う他人の部屋特有の匂いが鼻先を擽り、くしゃみが起こりそうになるがそれは懸命に押しとどめた。
 草間さんの部屋はやっぱりというかなんというか、予想通り煙草の染み付いた香りがする。けれどそれが草間さんらしいと言えばそれまで。
 俺は大人しく布団の中に潜り込み、草間さんに渡された薬を飲んでからベッドの上で横になった。


「調子が良くなったら送って行ってやるから寝とけ」
「はーい……」
「桃缶はどこだったかなー」


 ぽん、と布団を一度叩いてから草間さんは部屋に出て行く。
 俺は肩まで布団を持ち上げ、すっぱりと身体を覆う。自分の額に手を当てれば微熱が伝わってくるのが分かった。
 しかし、久しぶりに病気の時に誰かの看病を受けたような気がする。
 普段は病気にかかっても一人で寝ている事が多いから。


「病気ん時はホント、誰かに助けを求めたくなる気持ちが湧くよな……」


 けほ、っと痛んだ喉から咳が飛び出てくる。
 やがて草間さんが桃缶を発掘しそれを小皿に入れて持ってきてくれるまで、俺は誰かが一緒に居てくれる幸せを暫し一人で堪能する事にした。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPCA001 / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、続きの発注有難うございましたv
 あの後、やはり色々あったということでこのような形で治めさせていただきました。草間さんに助けを求めるという一文と素直になれないという部分というところがどうか伝わりますように。
 ではではまた機会がございましたらよろしくお願いいたします!