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総力戦【丁沖】世界瓦解の序曲
「ああっ……何なのよ! まるで暗号。訳判んないわ〜」
1人の女性が頭を掻きながらパソコンへと向かっている。
片手に持つのは発注書と呼ばれるモノらしい。
それは難解を通り越して日本語でおkクラスの何か。
どうやらコレを解読し、肉付けをし、再構築する……という作業をしているらしい。書いては消し、書いては消し……暫しして女性はキーボードをクラッシュさせた。意味がわからなすぎてキレたらしい。
「ねえ! あなた!」
そこに突如現れたのは三島・玲奈(みしま・れいな)と瀬名・雫の2人。
玲奈は声を張り上げる。
「ギルドの場所を教えなさい?」
「はぁ? ギルド?」
意味が分からない、という風に返事をする女性。玲奈達にとって唯一幸いだったのは、女性が徹夜続きな為か正常な判断能力を欠いていた事だろう。普通だったら既に警察に通報されている。
そんな彼女はさておき玲奈はこう言いはなった。
「そう……この世界、糖京怪譚を司る元締を、刺客もろとも破壊する!」
その頃。
糖京怪譚の運営達は世界観を破壊するプレイをしたプレイヤーの除名を検討していた。
多少の逸脱ならば何とかなるが、流石にエロやらグロやら俺最強俺TUEEEE! 他の連中みんなゴミクズといった他者を仇成しまくるプレースタイルはフォローのしようがない。
……寧ろ、放置しておく事で他のプレイヤーに悪影響が出る。
だが、その時警報が鳴った。
「一体何が?」
「何ものかが侵入したらしい」
ざわめきが広まるも、運営のトップと思しき人物がこう告げた。
「……問題無い。除名処分してしまえば良いのだ。存在させなければ、我らに抗う事など出来はしない――」
時間は僅かにさかのぼる。
「ねぇ遊んでいい?」
不老となる奇病の少女は携帯電話を手に看護師へと嘆願する。
少女の背には翅を思わせる骨が生えており、彼女がなにか異質な存在なのではないかと思わせる。これと良く似たものが、玲奈の背にもあるのだが……。
玲奈と雫の2人はそんな少女を驚きの目で見つめる。なにせ少女はあまりに玲奈へと似すぎていたのだ。
ようやく看護師から許諾を得た少女は何やらメールを打つ。そして一言。
「発注文送信♪」
嬉々としてメールを送信したようだった。
「ね、ねぇ。今の、何?」
雫がおずおずと問うと少女は笑みを見せる。
「あたし、病気で外にいけないから……だから、こうして発注文を書いて、送って、それを元にライターさんに特注の小説を書いてもらうのが好きなの」
彼女の言葉の端々にはそれが心の拠り所であるかのようなニュアンスがある。もしくは逃避先とでもいうべきか。
「キャラクターの名前は玲奈って言ってね……」
突如名を呼ばれ玲奈がびくりと肩を震わす。間違ってもキャラクターの名字などきけはしない。もしも一致してしまったなら……なんとなくではあるものの、不気味で仕方がないからだ。
だが彼女が病苦に抗う姿はあまりに痛々しかった。
せめてなんらかの形で彼女を助けたい。そう思った玲奈達は行動を開始したのだ――。
――しかし2人の目論見は上手くはいかなかった。
彼女達の目的は糖京怪譚運営の打倒、だったのだが、気づけば追われる立場となっていたのだ。
「れ、玲奈ちゃぁぁぁぁん!!」
雫が情けない声をあげつつ全力疾走。その僅かに先を玲奈も駆けている。
「雫さん止まらないで! 足を止めたらやられる!!」
運営の持つ「除名処分」の力は玲奈や雫にも容赦無く効果を顕わす。立ち止まれば死あるのみ。そんな状況だったのだ。
そうして逃げて逃げて逃げまくり、2人がやってきたのは竜飛階梯と呼ばれる場所。虚構と現実世界をつなぎ合わせるハシゴだ。
撒ききればしないものの、距離はとれた。今のうちに対策を――と思った瞬間、ごくごく小さな声がした。
「姑獲鳥どもを放逐するにはここを使うしか無いな」
「まあ、このまま進めれば問題無く目的は達成させられるだろうよ」
気づかれずに動こうとした瞬間、雫がガタリと音を立てた。
「誰だ!!」
その声の主がすたすたと近づいてくる。やってきたのは――狐狼狸。
「ねえ、取引よ。姑獲鳥放逐を見逃す代償に、竜飛階梯の果てに運営者を封じたいんだけれど手伝ってくれない?」
「なんだか解らないが断る。我々がそれを飲む利点がどこにある? 我々は我々だけで事を成せる。寧ろ貴様らは邪魔だ」
玲奈の言葉を狐狼狸は一蹴。
だが流石に玲奈もイラっとした。左目から目ビームを発射し、壁に穴をあける。
「二度は言わないわ。手伝いなさい」
……人はこれを脅迫というのだが、玲奈的には取引らしい。
そうこうしているうちに運営の追っ手が除名だと叫びながら近づいてくる。
「こげな発注書!」
玲奈はソレを即座に破り捨てる。何てことをするんだと狼狽する作家へと狐狼狸はそっと囁いた。玲奈との取引の内容を。
「やるのだ可憐なる弥縫の啓示者よ」
「可憐? まぁ」
狐狼狸の声に作家は嬉々として物語を書き換える。
書き換える作業に従うように、周囲の風景は描きかわっていった……。
奇病にかかった少女は窓の外を見やる。
外には星が浮かび、木星が顔を出していた。
「またこんな事をして!」
看護師が窓をしめるも、少女は「だってここ木星だもん」などと宣う。
……というか、ここが木星なら木星は見えないはずだが……まあそれはさておき。
外は触手の様な人工火山クロノスが出来上がり、甲殻類の様な「戦艦」が生っている。
これが、現実となったわけだ。
「想定外の脚本……著作原作……わたし」
少女はそう1人言いにっこりと笑う。
真っ当な人間なら「おまえは何を言っているんだ」とツッコむか、ある方面における思考能力についてチャレンジをしている人物なのだと遠目に眺める事になるだろう。
だがこの場にそんな人物はいない。
恐らく彼女は彼女なりに満足な世界が描けたのだろう。多分。
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