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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


少女の心に巣食うモノ

------<オープニング>--------------------------------------


「だぁかぁらぁ…!」武彦の眉間に皺が寄る。「そこの張り紙!読めねぇのか!?」
 武彦の指差す先に貼られた、『怪奇ノ類、禁止』の張り紙は、もはや左上の画鋲が落ち、無残な形のまま壁から剥がれかけていた。


 親子で武彦に向かって頭を下げる姿は、まるで借金の取立てをしている武彦に延期を求めている様にすら見える。零は昨日観たテレビの中の時代劇の影響でそう感じていた。


「…酷いです、お兄さん」
「俺か?俺が悪いのか!?」

「お願いします…!この子の心に巣食った“悪魔”を、取り払って下さい…!」

 聞けば、少女はある日から突然、蝋人形の様に表情を変えなくなったという。心配になった母親は、何件もの病院を連れて歩いたという。しかし、診断は“異常なし”との事。それでは納得が出来ず、母親はある心霊現象の専門家に診せに行った所…――。

「この子の心は凶悪な悪魔に憑かれている」と言われたそうだ。

 どうすれば良いか尋ねた所、何故かここ草間興信所を訪ねる様に言われたそうだ。


「何故そこで俺の名前が挙がるんだ…」武彦が愚痴りながら携帯電話を手にした。


 とりあえず、道連れにしてやる、とでも言わんばかりに、
 
 武彦はある人物へと電話をかけた。



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「―って訳で勇太。お前の能力ならどうにか出来るんじゃないかと思った訳だ」
「んー…」説明を受けた勇太は暫く考え込む様に腕を組んだ。「試してみる価値はあるかもしれないけど、成功するか解らないですよ?」
「八方手詰まりな現状よりは、可能性でも模索していくしかないんでな」紫煙を見つめながら武彦は続けた。
「そっか…、そうですよね」勇太の顔が明るくなる。「で、もし幽霊とか悪魔だったら、俺がヤバい気がするんですけど?」
「その時はその時だ。そっちに詳しい奴に任せるさ。まずは原因を調べないとならねぇからな」
「…草間さん。今さらっと俺の身の危険については触れずに話し逸らしましたよね…?」
「…さて、そろそろ行くぞー。少女を苦しませているままってのは俺のポリシーに反するからな」
「ひでぇなぁ…」



 草間興信所からタクシーで二十分程走った先にある閑静な住宅街。武彦と勇太はとある大きな屋敷の前でタクシーを降りた。
「まさか、このバカデカい家があの依頼人の家、なのか…?」
「すげぇ…、門から家まで歩かなきゃいけない家なんて初めて見ましたよ、俺…」
 高い塀に囲まれた敷地内の奥に、大きな館が見えている。勇太は口を開けたまま中を覗き込んでいる。武彦はそんな勇太に構わず、門に取り付けられたインターホンを押して反応を待っていた。
『はい?』
「あぁ、草間興信所の草間 武彦ですがー…」
『奥様からお話しは伺っております。どうぞ中へお進み下さい』インターホンの声の主はそう言うと一方的に接続を切った。それとほぼ同時に、門が自動的に開く。
「金持ちって凄いですね…」開く門を見つめながら勇太は呟いた。
「あぁ、一度はこんな暮らしを味わってみたいもんだがな」
「んー、でも、草間さんは今の生活の方が良いんじゃないですか?」
「まぁ確かに、窮屈かもしれないけどな」
「それもありますけど、似合わないですよ、草間さん」
「…この野郎」
 勇太なりの仕返しだった。




 家の中へは依頼人である少女の母親が案内を務めた。幾つもある部屋に、途中で見かける雇われた使用人。さながら、中世の貴族の家でも見ているかの様な気分に、勇太はなんだかむず痒い感想を抱いていた。
「こちらが娘の部屋です」
 部屋に入ると、少女はベッド脇にある古い椅子に座っていた。年の頃は勇太よりも少し幼い感じがする。部屋にかけられた制服が、都内でも有数の名門女子学校の生徒である事を物語っている。
「娘の名前は有希と言います。都内の有名校、白桜の中等部に通っておりますが、三ヶ月程前からこうして一切の言葉にも反応をしなくなってしまい、意識もあるのか解らなくなってしまいました…」
 武彦が有希の顔を覗き込んだ。
「ふむ…。確かに、意識がない様にも見えるな…」
「お願いします。一刻も早く、娘を元に戻して下さい…」
「勇太、どうにか出来そうか?」
「やってみる」
「どうかお願い致します…。私は片付けなければならない仕事がありますので、御用の時は廊下にいる使用人に声をかけて下さい」



「で、何を試すんだ?」
 有希の母が出て行って数分後、武彦は痺れを切らして尋ねた。
「俺の能力に、テレパシーがあるのは草間さんも知ってますよね?」
「あぁ。って言っても、あまり得意じゃないって聞いた記憶があるが…」
「そう。俺にとって、テレパシーは一番扱いが難しくて、苦手なんです。だけど、あの能力の波長を少し変えて、対象と自分の意識をリンクすれば…――」
「――成程。そういう考え方も出来るのか…」ブツブツと武彦は考え始めた。「だが、理論上は可能だろうが、実際そこまで細かい変化を出来るのか?」
「はい。“精神共鳴”と呼ばれる能力です。研究所にいた頃、実験で何度かやった事があるんです…。ただ、この研究は完成する前に中止になりました。下手をすれば、相手の精神に侵された俺の精神が崩壊してしまう可能性もあるから」
「なんだと…?」
「だから、もしも俺が一時間、いや二時間。二時間経っても目を覚まさなかったら、殴ってでも起こしてもらえますか?」
「ダメだ」武彦が真剣な表情を浮かべて勇太を見つめた。「そんなリスクをお前が負うのなら、この仕事は降りる。元は畑違いな仕事だ。そこまでする必要はない」
「気持ちは嬉しいですけど、俺はやりますよ」
「何を言って…――」
「――俺じゃなきゃ、この子は助けられないかもしれない!心配してる家族がいる…。俺は、この子を見捨てたりしない!」
 沈黙が流れた。武彦は勇太の目を見つめるが、勇太の目は真っ直ぐ武彦を見つめていた。武彦は諦めた様に溜息を吐いた。
「一時間半だ」
「…え?」
「一時間半経ってお前が目を覚まさなければ、俺はお前を無理にでも起こす。良いな?」
「…はい!」
 勇太はそう言うと、少女の手を握り目を閉じた。“精神共鳴(サイコ・レゾナンス)”が始まろうとしていた。
「行きます…!」



 ――勇太が目を開けた。何もない空間に勇太は立っていた。
「誰?」
 不意に声をかけられ、勇太はすぐに構える様に手を振り翳しながら振り返った。そこには、有希が座っていた。
「初めまして。俺は工藤 勇太」溜息を吐き、警戒を解いた所で勇太はそう言って有希を見つめた。「君の世界に入らせてもらった」
「そう。何しに来たの?」
「君を現実に連れ戻す為に来た。君のお母さんも心配している」
「あの人が心配しているのは、私じゃない。私だけど、“私”じゃない」
「どういう事…?」
「あの人は、“自分の出来損ないの娘”が問題を起こしているから不安なだけ。“有希”が心配な訳じゃないわ」
 冷たい感情が勇太の心にも流れ込む。有希の言葉の意味を、共鳴する事で共有している勇太は誰よりも解っていた。この子が抱いている感情は、どうしようもない悲しさに埋もれている。勇太はそんな事を感じていた。
「そんな事ない…。君のお母さんは――」
「消えて…!」
 有希の言葉によって勇太は身体に衝撃を受けた。精神の世界では、感情や想いがそのまま攻撃にも防御にも変わる。勇太の身体からは力が抜け、勇太はその場に崩れ落ちそうになりながら有希を見つめた。
「違う!君は、そんな事をしたい訳じゃない筈だ…!」
「違わない!これは私の意志!あの人が憎い!だから苦しめてあげるの!」有希の顔に歪な笑顔が浮かび上がった。「憎い…憎い!あの人が私を壊していく!だから私が壊してあげる!」
 勇太の身体に、とてつもなく冷たく重い感情が流れ込む。


          ――「何で、私を見てくれないの…?」


「これは…!」激しい有希の精神波の中に、有希の記憶が混じっている。



          ――「何で、私を認めてくれないの…?」


「私が!私が壊してあげる!あの人を…!私が!」
 狂っている。そうとすら思わずにいられない程、有希の顔は歪に歪んでいた。狂気に満ちた笑顔。だと言うのに、頬を伝っていく涙。勇太はその意味を理解した。激しい精神波に身体を傷つけられながら、勇太は必死に有希へと一歩ずつ距離を縮めていく。
「邪魔するな…!邪魔するなぁぁ!」一層強く暗い感情の波が流れ込む。勇太はその波に傷付きながら、それでもまた一歩踏み出した。
「もう、良いんだ…」勇太が有希を無理やりに抱き締めた。
「くっ…!邪魔を…!」
「もう良いんだよ…」勇太が更に強く抱き締めた。「認めて欲しくて、なのに、認めてくれない…。それが、辛かったんだろ…」
「お前に…何が――」
 有希が勇太の腕の中で、その動きを制止した。勇太が有希の過去を見た様に、有希もまた、勇太の過去を見た。勇太が叔父に引き取られた、あの日の記憶。
「辛くても、苦しくても…!諦めちゃダメだ…!」
「――うっ…」
「アンタは頑張ってきた…!俺が、認めてやるから…!こんな事で折れずに、…生きろ!」
「うっ…あぁぁ…!!」



「――もうすぐ、時間だな…」武彦は腕につけていた時計を見つめながら呟いた。
「うっ…」
「勇太…!気が付いたか!」武彦が勇太の身体を揺すりながら叫ぶ。
「大丈夫…。さすがに、ちょっとしんどいけど、バッチリ成功したよ。もうすぐ目を醒ますと思う…」
「解ったから少し休んでろ。俺は依頼人に報告してくる」
「うん…」

 少し経った頃、武彦と依頼人である有希の母が部屋へと戻ってきた。有希は目を覚まし、母に抱き締められながら涙を流していた。有希の母もまた、無事に意識が戻った事に喜び、涙を流していた。
「あの…」勇太が静かに口を開いた。有希の母が勇太へと振り返った。「認めてあげて下さい、有希さんの事…」
「え…?」
「信じられないかもしれませんけど、彼女の記憶を見たんです」勇太は構わずに静かに続けた。「テストの点とか成績とか、頑張ってもうまくいかなくて…。なんとかなっても、それをアナタが認めてくれなくて…。それが原因で、有希さんの心は閉ざされていったんです…」
「そんな…。有希、本当なの?」
 有希はその問いに、ただ静かに頷いた。声を殺しながら、有希の母は口を手で押さえた。
「誰かに認めてもらうだけで、それを実感するだけで、人は変われると思います…。だから…」
「ごめんなさい…、気付けなかったのね、私」有希を抱き締める母の手が、更に強く有希を抱き締めた。「ごめんなさい、有希…」
 少し困った様に泣きながらも笑う有希とその母の姿を見つめながら、勇太は自分の母の姿を思い出していた。


 不意に有希と目が合い、勇太はニカッと明るく笑ってみせた。


 ――自分も、いつかこういう風に母と接する日が来れば、どれだけ幸せなのだろう。勇太はそんな事を思いながら、沈んだ心を胸に秘めながら――。


「よくやってくれたな、勇太」帰り道で沈んだままの気持ちを抱いた勇太の頭を、武彦は叩く様に撫でた。「さすが、俺が認めた男だ」
「褒めなくて良いんで、報酬に色付けて下さいね」
「このガキ…、妙にしおらしいと思って下手に出てりゃ…!」
「いつも通り、ですよー」

 再び、勇太はニカっと明るく笑顔を浮かべた――。



                                 Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:1122 / 工藤 勇太 / 性別:男 / 年齢:17歳 / 職業:超能力高校生】



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■         ライター通信          ■
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いつもご依頼頂き、有難う御座います。白神 怜司です。

相変わらずの工藤 勇太クンを書く事を楽しませてもらいました。
思春期・多感な時期ならではのキャラクター性が出せたと思いますが、
いかがでしたでしょうか?

気に入って頂けると幸いです。

それでは、またお逢い出来る日を愉しみにしております。

白神 怜司