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カフェテリアでの密談
プティフール。
聖学園の近くの区画に存在する、学生達ご用達の喫茶店である。
サンドウィッチやパンがおいしく、学園生徒が昼食によく買っていく。夕方は一転して、ここのケーキを食べに女子生徒やカップルがここに集まる。学生値段のリーズナブルさとおいしさで、平日はいつも賑わっているが、空いている時間が存在する。
昼食の時間が過ぎ、3時のおやつの時間までの空白の数時間は、学園生徒達は授業、社会人は仕事でほとんど人がいないのだ。
そこで夜神潤はコーヒーを飲んでいた。
「こんにちは、お待たせ」
「こんにちは」
潤が顔を上げると、聖栞が笑顔で手を振ってきた。
潤はペコリと頭を下げ、椅子を引くと栞を席についてきてもらった。
「何を注文しますか?」
「そうねえ……じゃあケーキの……オペラを」
「分かりました。すみません、オペラと……飲み物は?」
「ブレンドコーヒーで」
「それでお願いします」
「かしこまりました」
ウェイトレスが水を置いて行った後、栞はにこにこと笑っていた。
「それで、用件は?」
「……怪盗の話を少し訊きたかったんです」
「あら、怪盗の?」
潤がこくりと頷く。
ウェイトレスは「お待たせしました、オペラとブレンドコーヒーです」と言うと、潤は「こちらの席に」と言う。栞の前にケーキとコーヒーが運ばれていく。
届いたのを見計らって、栞は「いただきます」と言ってからフォークでオペラを切り始めた。
「そうねえ……どの事を?」
「怪盗は何をしているのか、ご存じありますか?」
「あらぁ……」
栞は目をぱちくりとしながら、一口サイズのオペラを口に放り入れた。
「それを直接訊いてきたのは、あなたが初めてよ?」
「そうですか……」
潤が思い出すのは、時計塔での怪盗の行動だった。
彼女は思念を対話で浄化していたように見えたが、わざわざ結界を張っているような人がその行動に気付いていないとは思えなかった。
「一体、怪盗は何で思念を祓っているんでしょうか? あれで困った事があったんでしょうか?」
「さあ、どうなのかしらねえ」
栞はオペラをまた一口サイズに切りつつ口へと運ぶ。
その言い方が、よく分からない。
「その、どうなのかと言うのは?」
「正直、彼女は何も知らないと思うわ。ただ「可哀想」って思っただけじゃないかしら?」
「? 可哀想?」
「ええ……」
栞はコーヒーを一口飲む。
潤はその言葉の意味を考えた。
「思念が独りぼっちで可哀想とかね。1番最初の事件は大体想像がつくけれど、残りの事は知らないわ」
「1番最初?」
「オデット像の事よ。大分前にオデット像と一緒にジークフリート像を作って、うちの学園に寄贈してくれた子がいたんだけれど、ジークフリート像は先に老朽で壊れてしまったのよ。だから、オデット像をジークフリート像の所に行かせてあげたかったんじゃないかしら?」
「……なるほど」
1つだけ引っかかる所があったのに気付き、潤は相槌を打ちつつ、既に冷めたコーヒーに口を付けた。
怪盗の事を「彼女」と言った所である。
確かに自分が見た姿はチュチュ姿であり、身体のラインが露骨に出るのだから、普通は女性と考えるのが普通だが、別に女性だと断定できる訳ではない。中性的なまだ身体のラインの完成していない少年と言う可能性もあるのである。
それを「彼女」と断定したと言う事は……。
やっぱり怪盗の正体を既に彼女は知っているんだな。
まあ逆かもしれないが。理事長自身が、彼女を怪盗に仕立てたのかもしれないが。
「あと1つだけ質問、いいですか?」
「どうぞ」
栞はにこにこしながら、潤を見ている。
まるでこちらを試しているようにも見えるが、実際試しているのかもしれない。
「この一連のまどろっこしい事は、一体何のためですか?」
「具体的にそのまどろっこしいと言うのは? 結界を張ったり、怪盗と接触したりです」
「そうねえ……」
栞はにこにこ笑う。
そして今まで入れていなかったコーヒーのクリームを、まだ少しだけしか飲んでいないブラックコーヒーの上に垂らした。
それは円を描き、少しずつ真っ黒なコーヒーが茶色に変わっていく。
「上から見ないと分からない事ってあるわよね?」
「……まあ、そうですが」
「怪盗が祓っているのは思念。私は結界を張っている。それは、何を防ぐため?」
「謎かけですか?」
「チェスって、キングを守るだけでは勝負にならない。相手のキングを取らなければゲームに勝てないわよね? なら、相手は誰かしら?」
「……。これだけだと、駒が足りないように感じます」
「ええ、全然足りない」
栞はそう言って、コーヒーを飲み始めた。
彼女はヒントをくれているんだろうが……。
ただ1つ分かった事がある。
学園に何かある。少なくとも、学園の外では結界の気配はないし、栞も張ってはいないようだ。
それに怪盗も。少なくとも学園の外では聞かない以上、学園限定で行動をしているのだろう。
わざわざ結界を張っていて、自分はその結界の中心に入れてもらえない。
やっぱり、まだチェスをするには駒が足りないようだ。
「おいしかった。ご馳走様」
空になったコーヒーカップをソーサーに置いて栞は微笑んだ。
「じゃあ、勘定を持ちます」
「あらいいのよ?」
「いえ、お礼ですから」
「そう? 悪いわね」
チェスの駒。
自分のような禁忌の存在が学園に存在するんだろうか。
そう思いながら、領収書を手にレジへと赴いた。
<了>
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