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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


少女の心に巣食うモノ

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「だぁかぁらぁ…!」武彦の眉間に皺が寄る。「そこの張り紙!読めねぇのか!?」
 武彦の指差す先に貼られた、『怪奇ノ類、禁止』の張り紙は、もはや左上の画鋲が落ち、無残な形のまま壁から剥がれかけていた。


 親子で武彦に向かって頭を下げる姿は、まるで借金の取立てをしている武彦に延期を求めている様にすら見える。零は昨日観たテレビの中の時代劇の影響でそう感じていた。


「…酷いです、お兄さん」
「俺か?俺が悪いのか!?」

「お願いします…!この子の心に巣食った“悪魔”を、取り払って下さい…!」

 聞けば、少女はある日から突然、蝋人形の様に表情を変えなくなったという。心配になった母親は、何件もの病院を連れて歩いたという。しかし、診断は“異常なし”との事。それでは納得が出来ず、母親はある心霊現象の専門家に診せに行った所…――。

「この子の心は凶悪な悪魔に憑かれている」と言われたそうだ。

 どうすれば良いか尋ねた所、何故かここ草間興信所を訪ねる様に言われたそうだ。


「何故そこで俺の名前が挙がるんだ…」武彦が愚痴りながら携帯電話を手にした。


 とりあえず、道連れにしてやる、とでも言わんばかりに、
 
 武彦はある人物へと電話をかけた。



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「―でも、私もさすがに医学については勉強なんてしてませんよ…?」

 道連れに呼び出された相手は“深沢 美香”だった。事情を聞かされ協力を要請されるが、正直な所、美香も自信がある訳ではなかった。確かに人助けをする事は、二つ返事で了承をした。それも、前回の廃工場の一件の様に、明らかにリスクを背負う必要がないから、という美香の安直な発想によるもの。ただ、解決出来るかと尋ねられれば美香にとっては不安材料が多いのは確かであった。


「前回と同様に、今回もまた調査が前提だ」武彦が紫煙を吐きながら美香へとそう言った。「解決の可否はそれから判断すれば良い」
「でも、それなら何で私に…?草間さんのネットワークなら色々な人がいるんじゃ…」
「環境と年齢と性別。ある意味、お前が一番依頼人の少女に近いと判断したからだ」
「え…?」
「裕福な家庭に生まれ育った女の子で、年齢は十四歳。もしも精神的な苦痛が原因に因るものなら、お前が一番気持ちを理解出来るだろうからな」
「それで私を頼ってくれたんですか…。しょうがないなぁ、草間さんったら〜」
 照れ隠しにもならない照れ隠しを満面の笑顔で施す美香に、武彦は言えなかった。


「(…まさか、一番上の着信履歴が偶然お前だったから、なんて言えねぇよなぁ…)」



 ――武彦の言う通り、少女の家は豪邸だった。美香が住んでいた実家と比べればどの家も霞んでしまうだろうが、この家なら比較対象としては充分過ぎる。美香の実家と同等な家の広さをしている事は、門の外からでも窺い知る事は容易に出来た。
 依頼人である少女の母に案内されるまま、美香と武彦は豪邸の中を歩いていた。あまり見慣れない環境、見慣れない造りの洋館に武彦はキョロキョロと周りを見回していたが、美香はさほど驚く事もなさそうに歩いて行く。武彦は生活してきた環境のレベルの違いを、平然と歩く美香の横顔に感じていた。


「こちらが、娘の部屋になります」
 依頼人の母に案内されるまま、室内に入った美香は少女の表情を見て言葉を失った。無表情。それ以前に、ここに自分達が入って来た事すら気にも留めない様に少女は外を見つめて椅子に座り込んでいる。背筋に悪寒が走る。美香が少女を見つめて一番最初に感じた感情は、恐怖にも似た物だった。
「私は自室で仕事を片付けなくてはなりませんので、失礼させて頂きます。煙草は灰皿を置いておきましたのでご自由にどうぞ」
「…え?」美香は驚きを隠せなかった。自分の娘であるにも関わらず、仕事を理由に母は逃げる様に部屋を去った。
「えぇ。何かあれば、報せに行きます」武彦が何事もないかの様に立ち振る舞う。依頼人が部屋を去ると、深く溜息を吐いた。
「酷いです…。自分の子供なのに、見放すなんて…」美香の拳に力が込められた。
「それは違うな」武彦が煙草に火を点けた。「自分の子供だからこそ、苦しんでいる姿を目の当たりにしながら何も出来ない事が悔しい…。そういう感覚を持つ人もいる」
「でもそれは…!」
「そう、確かに逃げる事には変わらない。が、ただ無関心な訳ではない。接し方が解らなくて混乱しているんだろう。じゃなきゃ、何件もの病院をまわり、俺の所に辿り着く事はないだろうからな」
「あ…、そうですよね…」握り締めた拳の力を抜き、美香はそう言って少女に近寄った。
「さて、どうやら完全に意識はないみたいだが、どうしたものか…」武彦が呟く。「心に悪魔が棲んでいる、と言われたそうだが…」
「幽霊に憑かれているって事ですか?」
「いや、その線はほぼないだろう。もしも幽霊なら、心霊現象の専門家とやらが除霊を行う方向を勧める筈だ。神社や寺に頼むのが妥当な筈だからな」
「なのに、草間さんを紹介した…。つまり、『霊的な事象ではなく、もっと不可思議な事』が起きている…?」
「あぁ。俺は御免だが、そういう類の仕事を何件か解決してきているからな。多少は名も知られてきたのかもしれないな…」武彦はそう言って考え始めた。「とにかく、何か思い付く事はないか?」
「そんな事言われても、オカルト系は草間さんに会ってから勉強した程度で、妖怪や妖魔・神話といった類はそこまで詳しくないですよ〜…」美香は不安そうに少女を見つめた。
「知識に関してなら、お前は断然俺より理解がある。言い伝えでも、可能性のある物から試していく」
「んー…」美香は目を閉じて考え込み始めた。「日本の妖怪に、心を閉ざさせる妖怪なんていなかったと思います…。心に付け入って食らおうとする妖怪は多いハズですけど…」
「となると、本人からの証言が取れない以上、手詰まりは変わらないか…」
 二人の間に沈黙が流れる。ふと美香の視界に勉強机が目に付いた。美香は机の引き出しを開け、中を探る事にした。
「盗みでも働くのか?」
「違いますーっ!」美香は振り返る事もなく引き出しを見る。「もし、草間さんが言った様に、私と似た環境なら、この子も何処かにストレスや愚痴の捌け口を作っているんじゃないかなって…。私も中学生の頃は日記とか書いてたんです」
「成程。だが、見るならそこのパソコンじゃないか?ブログとかならそっちの方が可能性は高いと思うぞ」
「学校の友達とか、周りに本当に知られたくない事はブログには載せないと思います…。ありました!」美香が一冊のメモ帳を見つけ、武彦に見せた。「もしも妖魔や妖怪、悪夢をブログに書けば、周りの友達から変な子だと思われてしまうかもしれません…。思春期の女の子にとって、それは極力避けたいハズです」
「女ならではの発想だな…」武彦が小さく笑う。発想力や頭の回転。いつ見ても美香の頭の良さは武彦の予想を上回り、驚かされる。
「草間さん、見て下さい」美香があるページを武彦に見せた。

『九月十二日
 今日も夢を取られた。気味の悪いお面をした誰か。
 いつも夢を奪っていく。』

「夢を取られた…?どういう事だ?」

『九月十三日
 お面の人が言った。もうすぐ私は救われる。
 お父さんもお母さんも関係ない場所に行ける。』

『九月十四日
 約束の日。言われた通り、
 電気を消し、鏡にコップの水で円を描く。
 今からやってみる。』

 どうやら日記はそこで終わっている様だ。パラパラとページをめくってみるが、それらしい事やその後の事は一切書かれていない。
「どうやら、これが儀式の様だな」
「雲外鏡…」美香が呟く。
「知っているのか?」
「はい。旧暦八月の十五夜、月明かりの下で水盆に張った水で鏡に絵を描く事で、妖怪を棲ませるという書がありました。儀式の内容は雲外鏡の一説と全く一緒ですが、“夢を取られた”部分が解りません…。これではまるで、誰かによって雲外鏡をわざと召喚する様に導いているみたいです…」
「つまり、誰かが少女に妖魔を召喚させる為に、夢へと押し入った。そういう事か?」
「はい。意図されているとしか…あ――」何かを思い出した様に美香が気付く。
「――あぁ、俺もそれが気になってな」武彦が言葉を続けた。「廃工場での一件だ」
「裏での意図…。冥府の番人を利用しようとしている何者かと、あの不思議な魔族の人…。今回も何か繋がりがあるんでしょうか…?」
「断定は出来ないが、やはり裏で何かを起こそうとしている連中がいるって事は間違いないかもしれないな」
「…草間さん、この日記に書かれた儀式、やってみませんか?」不意に意を決した表情の美香はそう言って武彦を見つめた。
「お前、これがどんなに危険な事か――」
「―解ってるからこそ、そう言っているんです!」美香が言葉を遮る。「このままじゃ、私達はいつまでも後手へとまわってしまいます…。この事件がもしも一連の事件となるのなら、踏み込むしかないと思います」
「ったく、頑固な奴だな…」武彦が諦めた様にふと笑った。「正直に言えば、この子を巻き込みたくないんだろ?」
「はい…。この子を救ってあげたいんです」
「…満月の夜、妖魔との戦いになる可能性。今日、このままお前と俺だけで片付けるのは無理だろう。こっちの事は俺が他の奴を連れて片付ける。それで良いな?」
「はい。この子を私の手で救いたいですけど、私は妖魔には手も出せませんから…」寂しそうに笑う美香。
「お前がいなければ、対処も出来ずに今日が徒労で終わったかもしれない」武彦はそう言って美香の頭を叩いた。「あとは任せろ」
「草間さん…、似合わないですよ、そんな気障な感じ」
「うるせぇよ」
 美香は武彦の優しさが嬉しかった。それを茶化して笑ってはみるものの、悔しかった。善人で在りたい。人助けをしたいと願うのに、無力な自分。目の前で苦しんでいる少女を救えず、本当なら泣いてしまいたかった。それすらも、武彦に見透かされている様な気がしていた。




「――と言う訳で、お前の読み通りの妖魔による仕業だった訳だ」
 それから数日後、美香は草間興信所に呼び出され、依頼の経過を聞かされていた。
「じゃあ、女の子も助かったんですか?」
「あぁ。意識も回復して、もう学校にも通い始めたらしいぞ」
「良かった…」美香はほっとして溜息を吐いた。
「これ、今回の報酬だ」封筒に入った金を武彦は美香に渡そうと手を伸ばすが、美香が手を出さずに封筒を見つめていた。「どうした?」
「私、たいして役に立てたと思えません…。実際少女を救ったのは草間さんですし、私なんかが受け取れる立場じゃないと思います…」
「そんな事気にしてるのか?」武彦が呆れた様に笑った。
「そんな事って―!」
「―お前の知識や経験がなければ、原因の特定すら出来ずにいたかもしれない。それが出来たからこそ、あの子を救えた。これはお前の成果だ」
「草間さん…」
「まっ、要らないって言うなら俺の小遣いに…―」
「―せっかくなので頂いておきます!」
「あぁ、受け取っておけ」

 確実に動いている陰謀を突き止める事は出来ずにいる。その現状に満足は出来なくても、美香は笑っていた。ただ毎日を一生懸命に生きながら…――


                        Fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6855 / 深沢 美香 / 性別:女 / 年齢:20歳 / 職業:泡姫】



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■         ライター通信          ■
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いつもご依頼頂き、有難う御座います。白神 怜司です。

医学には知識も乏しく、付け焼刃のオカルト知識で対抗するという
深沢 美香さんでしたが、やはり頭は回る様です(笑)
心情などを書くには楽しい子なので、私も少々遊び心を出しながら
書かせて頂いております。

気に入って頂けると幸いです。

それでは、またお逢い出来る日を楽しみにしております。

白神 怜司