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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.3 ■虚栄の代償■

 ―翌日。
 放課後になり、勇太は明らかに不機嫌そうな顔をしたまま武彦の家のドアの前に立っていた。
「おーい、いるのかー?」ドアをドンドンと叩きながら勇太は声をかけた。「いないなら帰るぞー。バカ探偵ー」
「…お前は何がしたいんだ?」
 不意に横から声をかけられ勇太が振り返ると、煙草を咥え、手にはコンビニの袋をぶら下げた武彦が立っていた。
「何がって…!?」勇太が肩を震わせながら武彦を睨みつける。「アンタのせいで学校で寝て、先生にバレて怒られたんだよ!どうしてくれんだ!」
「…はぁ…」憤りをあらわにする勇太を横目に武彦はドアの鍵を開けて扉を開いた。「人ん家の前で叫んでると思えば…。そんな程度の事でいちいち目くじら立てるな、正直やかましいぞ」
「なっ、人の話聞いてんのか―」
「―そもそも、だ」武彦が勇太を睨む様に見降ろす。「たかが二十キロ圏内の家を探るのに明け方までかかりやがるお前が原因だ。便利な能力も使う人間次第。馬鹿と鋏は使いようとは言うが、お前は鋏程も使えないって事だな」
「あ、あんなにテレポートを連続で使ったの初めてだったから、疲れたんだよ…!」
「なんだ、初日で泣き言か?」
「くっ…、今に見てろよ…!」
 そんなやり取りの中、二人は武彦の家の中へと入って行った。

 二人は早速近隣住所のマップを開き、それぞれにボールペンで記入を始めた。武彦が用意した被害対象者の住む家をチェックしてあるマップには文字の羅列が次々に並んでいく。
「しかし、こうして見ると気の遠い作業になりそうだな…」武彦が呟いた。「二十キロ程度でへばってる様じゃ、調査だけでどれだけの時間がかかる事になるのやら…」武彦の言葉が勇太に次々に突き刺さる。
「だ…だいたい!何でこんなチェックしてるのさ!犯人を捜すのが先決じゃないのかよ!?」
「…はぁ…」勇太の言葉に、武彦は呆れた様に溜息を吐いた。「なら聞くが、お前は犯人が単独か複数か、そして犯行の方法。その全てが解っているのか?」
「それは…」勇太が口ごもる。「捕まえて全部聞き出せば良いだろ?」
「ならもしも、複数の集団による犯行だったとして、一人が帰らない事を知り、誘拐されて未だ生きている子供が殺されたとしても“仕方ない”と片付けられるのか?」
「…!」
「お前の考えは浅すぎる。無駄にリスクを背負うだけだ」淡々とそう言うと、武彦は煙草を灰皿へと押し付けた。
「…じゃあ、夜中に異変が起こる事にさえ気付けば良いんだよね?」
「そういう事になるが、範囲が広すぎる」
「…試したい事があるんだけど」
「試すのは構わないが、それが失敗だったらまた一人被害者が増えるかもしれないぞ?」
「失敗なんかしないね。俺が本気になれば、こんな事件、すぐに解決出来るさ」

 夜が訪れる。勇太が高を括った理由を武彦は何も聞かず、昨夜と同じ場所に訪れた。
「さて、見せてもらおうか、お前の本気とやらを」
「要は、異変が起きれば俺がテレポートで飛べば良いんだろ?簡単じゃんか」得意気に勇太はそう言った。「この街全部の音を聞いていれば、おかしな事があれば気付けるって事だよ」
 勇太が目を閉じて能力を開放する。
「ほう、テレパシーの応用って所か…」
 武彦が煙草を咥え、火を点けた。勇太は高見の見物をしている武彦の鼻をあかしてやるとでも言わんばかりに能力の範囲を一気に広げる。昼間に比べ、人通りの少ない夜中の街中は静まっている。勇太はそう確信していた。
 次々に声や物音が勇太の中へと流れ込んでいく。あまりの声の多さに勇太は頭が割れそうな程の痛みを感じていた。
「く…ぐあぁぁ…!」
「おい、大丈夫か、坊主」
「へ…平気さ…!こんなのどうって事…!」
 強がってはみるものの、あまりに多い音の集合体を勇太自身が全く処理出来ていない。声や音が混ざりあい、聞こえてくるものは酷いノイズにしか聞こえない。意識すら遠くなりかけた所で、ノイズの波を寸断する様に突如勇太の頭の音が途切れた。

       『―さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう』

「うっ…!」勇太がその場に崩れる。酷い音と能力の使い過ぎによる反動で身体が言う事を聞かない。息も切れ、言葉すら出て来ない。「…西…十キロぐらいの…家。誰かが…」
「何か見えたのか?」
「女の子…が…」勇太はその場に倒れ込んだ。


 
「――う…ん…」
「目が覚めたみたいだな」
 勇太が目を覚ましたのは、武彦の部屋のベッドの上だった。
「…犯人は?」
「逃げられた。俺が駆け付けた時には、少女が行方不明になったと家族が気付き、警察を呼んでいた」武彦が椅子から立ち上がり、勇太の胸倉を掴み、引っ張りあげた。「良いか、坊主。今回の失踪は、昨日と同じ調査を繰り返してさえいれば未然に防げたかもしれない物だ。お前がくだらない意地やプライドで高を括った結果が、子供一人をみすみす犯人に渡す結果を導いたんだ!」武彦が掴んでいた勇太の胸倉を手放した。勇太は何も言えず、俯いている。
「…ごめん…」
「ごめんで済む問題だとでも――!」
「―…ごめん…」不意に勇太の俯いた顔から涙が零れていく姿に武彦は気付いた。「…俺のせいで…」
「…チッ」バツが悪そうに武彦が頭をポリポリと掻く。「明日、犯人の痕跡を調べられる様にIO2に手配した。俺が行くから、お前は家に帰って大人しく待ってろ」

 勇太にとって、武彦に責められる事も仕方ないとすら思っていた。ただ自分の慢心が、武彦の言った通り被害者を生み出す結果になってしまった事。それが、何よりも悔しかった。もしも武彦の言う通りに動いていれば、少女が攫われる前に自分が現場に行けたかもしれない。そう思うと、余計に自分に腹が立った。


「――何しに来た?」
 翌日、武彦が少女の家を調べに行こうと外に出ると、勇太が家の前に立っていた。
「俺も連れて行ってくれ」
「無駄だ。昨日の一件でお前は未だ力が戻ってない筈だ」武彦が勇太の横をすり抜けて歩き出す。
「力は確かに充分には戻ってない…。けど、あの子が攫われたのは俺のせいだ!俺はあの子を助けたいんだ!」
「助けたければ、俺の邪魔をするな」不意に武彦が立ち止まり、勇太へと振り返る。「汚名を晴らしたい気持ちは解るが、今は一刻も早く犯人の情報を手に入れる必要がある。お前が来た所で、足手まといにしかならない」
「…頼む…!」勇太は深く頭を下げた。
「…何の真似だ?」
「俺は、どうしてもあの子を助けたい…!IO2とか、虚無の境界とか、俺の観察結果なんて関係ない…!」
 勇太の言葉に、武彦は黙ったまま勇太を見つめていた。小さく笑った武彦の表情を、勇太は見る事もなく、ただずっと頭を下げていた。
「何が出来る?」
「…え?」勇太が顔をあげた。
「現場にいって、何をするつもりだと聞いているんだ。内容如何では、連れて行かない事もない」
「…サイコメトリーする…」
「サイコメトリー…。触れた対象の物体や人の過去を覗く能力か…」武彦は呟いた。
「知ってるのか?」
「あぁ、そういう能力もある、とだけな。まぁ良い。時間が惜しい。さっさと行くぞ」
「…あ、あぁ!」



 ――少女の家の前。さながらマフィアの様な男がスーツ姿で門の前に立っていた。
「お待ちしておりました、ディテクター」
「あぁ。こいつは今回の観察対象になっているガキだ。このまま中に連れて行くぞ」
「はい。どうぞお通り下さい」
 武彦と男のやり取り。勇太はそんなやり取りを見て不思議に感じていた。
 武彦の言う通り、中立の立場であるならば、本来武彦はIO2はほぼ対等か、或いは外の人間と判断され、見下す様な扱いを受ける筈だ。にも関わらず、IO2の人間が敬語を使って話しをしている。さらには、あの鬼鮫。鬼鮫程の男が、武彦を相手に勇太を譲った。勇太の中に疑問が生まれる。

「ボーっとしてる場合か?」
 不意に武彦について行きながら考え事に耽っていた勇太に武彦が声をかけた。
「あ…、うん。ごめん」
「…素直に謝られるのも違和感だな。ここが少女のいた部屋だそうだ」
 武彦の後をついて歩いた勇太は、家の中にある階段を昇り、二階の奥にある一室へとやって来ていた。
「…多分、犯人はこの部屋にいた筈なんだ。あの時、声がした」
「声?」
「うん、『―さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう』。昨日、女の声がそう言ってた」
「女、か…。犯人は女なのか…?」武彦はそう言って顎に手を当てた。「とにかく、サイコメトリーしてみてくれ」
「うん、やってみる…」そう言って勇太は少女が使っているだろうベッドに手を伸ばした。「(…何か手掛かりがあるハズだ…!)」
 人の為、誰かの幸せを願って振るう力。勇太は不意に、研究施設にいた頃を思い出しながら手を触れた。あの頃、母を想いながら力を使っていたあの頃の温かい気持ちを蘇らせていた。



 ――昨夜の光景に繋がった。低学年生ぐらいの少女がベッドに横になっている。そこに、突然空間が捻じれる様に扉が開いた。
「(…これは、テレポートじゃない!?)」勇太はそんな事を思いながらその場所をただ見つめていた。
「―起きなさい。私を喚んだ仔…」眠っていた少女が不意に呟いた。「さぁ、おいで。君の夢を叶えてあげよう…」
「(…どういう事だ…?)」
 勇太は目を疑った。不意に空間が捻れ、開いた何処かへと繋がる扉。そして、少女は目を覚ました訳ではない。ただ自分でそう言って立ち上がり、扉の中へ入って行った。空間が再び捻れ、部屋は静寂を取り戻した。



「――それが、俺の見た光景…」
 勇太はありのままを武彦へと説明した。武彦は暫く目を閉じて話しを聞いて考え込んでいた。
「…どうやら、今回の事件は思っていたより大きいみたいだな…」
「え…?」
「空間を繋ぐ能力の持ち主。一人だけ、俺の知っているヤツがいる…」
「一体誰が…―」
「―虚無の境界」勇太の言葉を遮った武彦は、目を開け、勇太を見つめた。「そいつは、虚無の境界の人間だ」

 勇太の前に、再び虚無の境界が牙を剥こうとしていた…―。


                             Episode.3 Fin