|
希亡のハレム
「折角、彼氏が出来たのに」
トンネルを歩きながら、ぶつぶつと三島・玲奈は呟いた。その隣を歩いていた、瀬名・雫が「まあまあ」と嗜める。
「一応、一瞬でもできたじゃない」
玲奈は「そうだけど」と答える。
始まりは、ネット喫茶だった。
ドローンズ目撃者は確実に恋人を得る、という噂で持ちきりだったネット喫茶にて玲奈は半信半疑でいた。だが、実際にドローンズを目撃した所、すぐに彼氏が出来た。
一瞬だけ。
できた彼氏は、あっという間にドローンズに横取りされてしまったのである。
「同じ時期に、IO2から討伐命令が下ったんだよね。だからそれもあって、正体は分かったけど」
「風力発電所だっけ?」
雫の問いに、玲奈は頷く。
狼と狐と狸の合成キメラ、ころり族。彼らが風力発電所を襲撃し、風車を茸風の傘に交換していたのだ。
「分かりやすいよね、茸」
雫はいい、ぷっと吹き出す。
深刻な状況ではあるものの、茸と言う形は妙に笑いを誘う。
「ドローンズが茸だって事を、自分から言ってるようなものだしね。それにしても」
玲奈は辺りを見回す。
一時は反対派が茸栽培場への転用案を唱えた事もある、トンネル。その無念に、ころり族特性発電機から生じる力が注がれ、異空間となってしまっている。
「だんだん茸、増えてるよね」
「そういえばそうだね。見たことも無いような、カラフルな茸もいる」
玲奈の言葉に、雫は頷く。
少しずつだが、歩を進めれば進めるほど、茸が増えていっている。異空間が深まっている証拠といわんばかりに。
「あ」
ぴた、と雫は足を止めた。駅に着いたのだ。
「何、ここ」
玲奈は呟き、ぐるりと辺りを見回す。
カラフルな茸が密生している。所狭しと生えている茸は、一見メルヘンな世界をかもし出している。
しかし、辺りを取り巻く空気は重く、暗い。
メルヘンとは程遠いその圧迫感は、逆に気持ち悪さを増大させるだけだ。
「だれ」
声がした。鈴を転がしたような、可愛らしい女の声だ。
「それは、こちらの台詞よ。あなたこそ、誰?」
玲奈が慎重に尋ねると、女は「女か」とだけ言い、ゆるりと姿を現す。
「ちょっ……玲奈ちゃん」
女の周りに気付いた雫が、声を上げる。
「なっ……!」
女の周りには、少年達がいた。玲奈と一瞬だけ恋人同士になった彼もいる。
彼らは一様に光のない目をし、うっとりとした表情を浮かべてそこにいる。ただ、そこにいるだけ。
「なんで、こんな事を」
眉間に皺を寄せながら問う玲奈に、女は静かに言い放つ。
「だって、世界は、終わる」
「え?」
「世界は、終わるの。終わるなら、ここで綺麗なものに囲まれて、迎えたい」
女は微笑む。
静かに、綺麗に、微笑む。
「こんな薄暗い所で迎えてどうするのよ。さっさと明るい場所に出たらいいじゃない」
「どうして?」
「どうしてって……」
問われ、玲奈は言葉に詰まる。
そしてふと目に入ったカラフルな茸を見、口を開く。
「そう、花。花とか咲いてないじゃない。こんな、薄暗い所じゃ花一本咲いてない」
「でも、茸は咲いてる」
ふふふ、と女は笑う。
「茸、綺麗でしょう? こういう隧道でも、茸は咲くわ。女も、同じじゃないのかしら」
「女も同じって……私は、日の光があるほうがいいわ」
「あら、どうして?」
「どうしてって」
「……いいえ、好きにしたらいいの。あなたは好きに咲いたらいい。私は、ここで咲くわ」
「だから、そうじゃなくて!」
苛々する玲奈に、雫が「玲奈ちゃん」と声をかける。
「あの人たち、茸に酔ってるのかな?」
「茸に?」
玲奈は雫に言われ、少年達を見る。
なるほど、彼らの周りにある茸たちから、胞子のようなものが出ている。だからこそ、うっとりとした表情を浮かべているのだろう。
「ドローンズを使って拉致した彼らを、あなたはどうする気なの? 好きにしたらいいというあなたが、個々に閉じ込めてるんじゃない」
「ここは、希亡のハレムよ」
「は?」
「閉じたハレム。私は、ここでこの子達と一緒に、世界と心中するの」
「ハレムだから、閉じ込めても可笑しくないってこと?」
「そうよ。世界が白日の下で咲けと強要するなんて、おかしいわ」
女は笑う。にこやかに、笑う。
「私、そうね、恋してるの。世界と、この子達と、恋をしているの」
閉じたハレムで。希亡のハレムで。
「こ、恋は多彩じゃないの? あなたが一人、決めていいことじゃない!」
雫は喚く。
「奔放は虚しいわ。一緒に居たいと思って、当然でしょう」
「そうだけど」
ぐ、と雫は言葉に詰まる。
「で、でも。陽を望む彼氏や子孫がいたら、束縛なんてできないでしょ?」
「それこそ、飼い馴らされた女の奴隷根性だわ」
ぐぐぐ、と玲奈は言葉を喪う。
「話にならない。あなたたちも一緒に、このハレムで滅亡を迎えたいの?」
ふふ、と女が笑う。
(滅亡?)
何を言っているんだろう、と玲奈は思う。
(世界が、滅亡なんて)
ふわり、ふわり、と頭が回る。
頭が上手く動かない。
手が、足が、力が入らない。
「……効いてきたようね」
女の声が聞こえた。
茸の毒だ。少年達を酔わせ、閉じ込めておく、茸の胞子。
(私は……私の……)
玲奈は、がくんとその場に膝を着く。
「……ひらく」
その呟きを最後に、その場に倒れこんでしまった。
白い空間が、ある。
ふわふわとした白い雲が、広がっている。
目の前に、長い長い梯子、竜飛階梯が現れた。
はるか雲海へ伸びる長大な梯子の先には現実世界があり、この世を記述する者がいるのだという。
「世界を、滅ぼしたい」
ころり族の願望が、聞こえた気がした。現世を滅ぼし、別世界の外敵をぎゃふんといわせたい。
それが、ころり族の願望。
「解放されたい」
誰かの声が聞こえる。
胸を押さえる。どくん、どくん、と心臓が動いている。
「……解放、されたい」
ぐるぐると回る言葉に、玲奈は何度も息を吐き出す。
奔放なる解放欲。
訪れる死の欲働。
(これが、私の深層?)
馬鹿な、と思う。
それと同時に、そうか、とも思う。
恐らくはそのどちらも。どちらも玲奈の思い。あるいは、そのどちらも違う。
(悪夢だ)
悪夢ならば、夢。夢ならば、醒める。
醒めるはず。だって、これは夢。悪夢。夢の種類。
「……早く、醒めろ」
唸るように言う。
何処までも広い世界で、白い世界で、梯子があって、現実世界があって。
どうか届きますようにと、または届きませんようにと、玲奈は今一度言う。
「私の悪夢よ、早く、醒めろ……!」
これが、夢、ならば。
祈るように、願うように、笑うように、玲奈は口にするのだった。
<希亡きハレムにて・了>
|
|
|