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<東京怪談ノベル(シングル)>


最後の相続


「イヤアアアア、絶対に嫌よおおおお!!!」
「落ち着けって!!」

総ヒノキ造りの豪奢な日本家屋。
女の奇声に合わせて獅子落としがカポーンと小気味よい音を立てる。

長崎県。
政界や軍事すら操る資産家の邸宅……だったのは昔の話で、不況の折り、事業は悪化の一途を辿り家は傾き、破産寸前。
しかも、この家の当主であった父親が早世し、その莫大な相続税が娘の…今、奇声を上げている女に圧し掛かっていた。
相続を破棄し、この家を売り払えばいい事なのかもしれないが、そうは簡単には問屋がおろさない。

「出家なんて嫌ああああ!!」
「いい加減、諦めろよ。正直、金のないお前には魅力なんてないし、他の男が相手をするとは思えないから、尼寺に行くならちょうどいいじゃん。俺との婚約も破棄ってことで」
「そんなの絶対嫌アアアっ!!!」

屋敷を売り払えば女は母方の実家で寺を継がねばならなかった。尼になるのである。

「そうよ! お爺ちゃんが昔言ってたわ! この家の屋敷の地下には、先祖代々の埋蔵金が眠ってるって!」
「そんなものあるわけないだろ、大人しく諦めて……」
「うるさーい!!」
「お、おい!!」

女は男の制止を振り切ると、屋敷の地下倉庫に籠城した。

「おい、出て来いよ!」

倉庫へ通じる扉の前で、男が中の女へ必死に呼びかける。

「なんで私が尼になんかならないといけないのよ! 尼って言ったら坊主よ、坊主! ツルっぱげになれって言うの!?」
女は腰まである艶やかな黒髪を振り乱しながら鬼の形相で扉の隙間から男を睨んだ。

「だからって、こんな所に籠ったってしょうがないだろ!!」「嫌よ! 尼僧になるぐらいなら私…世界と心中するわ。ふふふ……地下にはね、埋蔵金以外にも世界を滅ぼす兵器が隠されているの。強力な磁場を発生させて、世界中に地震を起こさせる究極の地球物理学兵器がね!!」
「な、なんだってーーー!?」

ドガーン!!!

「ぎゃあああ!!」

男が驚愕の表情を見せたその時、派手な音を立てて地下倉庫の鉄扉が謎の光線で粉砕した。
驚いた男が振り向けば、眩い後光が差し、足元にはスモークが立ち込め、派手な音楽と共に、一人の少女が仁王立ちで立っていた。

「あ、貴方は?」

粉砕した扉から恐る恐る女が尋ねる。

「私は三島玲奈」

凛とした声で少女は答えると、颯爽と中へと入っていく。
それから少し遅れて、学生服に身を包んだ少女が後に続く。
「どんな旅行でも案内する流離の客船玲奈が、このツアーをご案内しましょう!!」


◆◇


――数時間前。

「埋蔵金の眠る旧家の地下ですって?」

インターネット喫茶。
ゴーストネットOFFの掲示板で話題になっているのだと話す雫に、玲奈は目を輝かせた。

「そう。長崎県にある旧家の屋敷の地下に、埋蔵金が埋まってるんだってさ」
「埋蔵金! すごいわ!!」
「うーん。掲示板が盛り上がるのは嬉しいんだけど、本当だったとしても埋蔵金なんて誰かが既に発掘済みなんじゃない?」

そっけなく答える雫に、玲奈は頬を膨らませ反論する。

「雫ちゃんってば夢がない! 埋蔵金は絶対あるわ。私、意地でも掘ってやるもん! 賭けたっていいわ!」
「いいわよ、じゃあ賭けましょう。もし本当に埋蔵金があったら、丸坊主になって項からソーメン流しするわ!」
「約束だからね、雫ちゃん!」

かくして二人は噂の真相を確かめるため、件の旧家に向かったのだった。


◆◇


屋敷の地下倉庫の奥。
玲奈の能力により、分厚い床の底に地下へ続く廊下が隠されていた事を発見し、四人は地下へと足を進めた。

しかしそこはまさに迷宮だった。
視界は悪く、道は上下左右アリの巣のように入り組み、入る者を拒むかのような作りになっている。
さらに……。

「ひいいいいい!!」

床にあるでっぱりに躓いた婚約者の男の鼻先を、地面から突き出た槍が掠める。

そう、この地下は至る所に罠が張り巡らされ、侵入者を全力で殺しに掛かっているのだ。
しかし、そこは我らが玲奈。

「落し穴ぐらい想定済みよ」

地面に突如穿たれた落とし穴を華麗に飛び越え、余裕の表情を見せる。
しかしすかさず、鋭い牙を持った蝙蝠の群れが玲奈に襲いかかる!

「甘いわ!」

向かってくる蝙蝠を軽くいなすと、玲奈はひたすらに迷宮を進んでいった。
進めば進むほど、罠は数と狡猾さを増して来る。
しかしそれは、この迷宮の奥に埋蔵金があるという事を如実に語っているようでもあった。

「埋蔵金はある! 待ってなさいよ!」

迷宮の深部へ足を進めるほど、今度は罠だけでなく毒蜘蛛や毒蛇、人魂や鬼火、餓鬼など魑魅魍魎が跋扈する魔窟へとその姿を変えていく。

「何で天狗が……龍まで?」

百鬼夜行の様相を呈し始めた迷宮。
洞窟内は人外のもので大賑わいだ。

シュタタッ!

「な、なにっ!?」

突然、虚空から何かが玲奈に向かって投げられ、玲奈はとっさに身を翻した。

「手裏剣…!?」

玲奈が退いたその地面には、深々と手裏剣が刺さっていた。
「娘、ここから立ち去れい!」
「に、忍者ですって…?」

ついには忍者まで現れた。
忍者の横では赤い鼻を揺らしながら天狗が大きな扇を煽ぎ、餓鬼が大きな腹をさするその隣で、油すましがすました顔で佇み、龍の咆哮で狭い洞窟内に雷鳴が轟いた。

「あーもーやかましーーーい!!」

玲奈の左目から破壊光線が飛び出し、周囲の者共を一掃する。

「き、貴様、何奴だ!? さては、貴様も物の怪のたぐ……ぎゃあああ!!

俊敏な動作でその光線から危うく逃れた忍者が何か叫ぶが、セリフを言い終わる前に、玲奈が繰り出した霊剣・天狼によって剣の錆となった。

物の怪どもを一掃したその先、玲奈の目に宝箱のようなものが映った。

「宝箱よ! きっとあれが埋蔵金よ!!」
「うそ! 本当にあったの!?」

目を輝かせる玲奈と女。驚く雫と婚約者の男。
四人は、宝箱の前に集まった。

「じゃ……開けるわよ」

周囲が固唾を呑んで見守る中、玲奈がそっと宝箱を開けた。
「……へ?」

しかし宝箱の中には、古ぼけた手紙と炭状の物体が一つ入っているだけだった。

「なにこれ、埋蔵金は!?」

目を疑う玲奈を横目に、女は手紙を取り出すと、そこに書かれている文章を読み出した。

『余はくゎすてゑら為る南蛮の至宝を全財産を投じ子孫に遺すなり』

「………」

一瞬の沈黙。

「まさか……カステラの隠匿にこの迷宮を……?」

雫がぽつりと言葉を漏らす。
箱の中の炭状の物体は、かつてのカステラの一欠片……。


◆◇


水晶のように綺麗に磨かれた玲奈の頭部が、太陽の光をキラリと反射する。

結局、埋蔵金などありはしなかった。
それを知った女は発狂し、例の地震を起こさせる究極の地球物理学兵器を使おうとしたが、玲奈が責任を取り、住職のバイトをして相続税を稼ぐという事で、何とか地球滅亡は阻止された。

朝日が爽やかな境内。
ソーメン流しが出来るほど、なだらかな稜線を描いた項がどこか眩しい。

坊主になった上に、他人の金銭の尻拭いをさせられるなんてまさに踏んだり蹴ったりである。
しかしこれも修行。
そう思い、今日も修行に励むのだ。

ああ、ソーメン……いや、アーメン。