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<東京怪談ノベル(シングル)>


胡蝶は花上で夢を見る
 三島・玲奈は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のIO2を除かなければならぬと決意した。
「毎度こんな状況に巻き込まれて、大人しくしていられるわけないでしょ!」
 此度も妖怪との戦いは熾烈を極め、なんとか敵を倒した玲奈。しかしご多分にもれず、いつもの衣装はボロボロで再び着られるような状態ではない。
「洋服代も馬鹿になんないのよ全く、ただでさえ重ね着しなきゃいけないから普通の人より割増だっていうのに」
 髪もところどころ焦げて、伸ばしては切り伸ばしては切り、これではいつになっても目標の長さに届かない。
「辞めてやる、今度こそ辞めてやるー!」
 絶叫しながら玲奈は駆けた。セリヌンティウスが待っている訳でもないが、とりあえずこのやるせなさをどこかにぶつけるしかなかった。

「そういう訳で雫、手伝いをお願い」
 いつになく真剣な表情の玲奈に、雫は神妙な面持ちで頷いた。
「わかった! あたしも玲奈さんと一緒にできるお仕事、探してみるねっ」
 そこは止めとけよという外野の声も今の雫には聞こえないだろう。だって面白いし。
 そして2人が向かったのは雫の行きつけのネットカフェ。ペア席へと腰を落ち着けると、雫は素早く求人情報を検索する。
「特殊技能が必要な職業は難しいし、……あ、これは?」
「なになに? マイクに向かって演技するだけの簡単なお仕事……顔出しOKの10代女性なら尚歓迎。なるほどこれならできそうね!」
 そして迷う間もなく応募した2人は、何の因果か見事に選考を通過し、ファンタジードラマ「絶閉の隧道」に出演する新人声優に抜擢されたのだった。

 糖京怪譚社の担当者が見守る中、都内某所のスタジオで収録は行われた。意気揚々と現場にやってきた玲奈と雫は、「おい本当に新人かよ」と担当者の度肝を抜く好演で着々とシーンを進めていた。
 2人に説明をする監督。続いて収録するシーンは、どうやら雫演じる見習い魔導師が、冒険者組合の公金を横領し、逃亡の果てに地下道へと逃げ込む場面のようだ。
「おのれ見習いの分際で、大金を持ち逃げしおってぇ」
「盗まれる方が悪いのよ! もう少し資金管理はしっかりやりなさいよね」
 初仕事とあって2人の演技にも力が入る――だが。
「ふー、お疲れ様でした……って、ええええ!?」
 収録を終えてブースから出ようとした玲奈。しかしその視界の先に広がっていたのは――
「えっ? なにこれ、どういうこと!?」
 先程までいたはずのスタジオではなく『演じていた舞台』の地下道にそっくりな、先が見えないほど深く続く迷宮、だった。

「雫の演技が真に迫りすぎて具現化しちゃったって所?」
 冷静に分析する玲奈だったが、全て自分のせいにされた玲奈は黙っていられない。涙目になりながら慌てたように出口を探す。いくら面白好きとは言ってもやはり一介の中学生だ。
「ちょっと、冗談でしょ、出口はどこぉぉぉ!」
 あてもなく走り回る2人。仕方なく光が差す方向へ向かっていくと、眼前に現れたのはなぜか病院だった。
「夢オチでもいいぐらいの唐突さね」
「でも、この格好のままじゃ怪しくない? 変装しよう」
 玲奈はどこからか2人分のナース服を取り出し、瞬く間に着替えを済ませた。白衣の天使へと変装した2人は、状況を確かめるために病院の中を偵察して回る。

 とある病室で玲奈は足を止めた。
「……なんだか訳ありの香りがする女子がいるわね」
 ぼそっと呟くと、雫も同じく頷いた。
 彼女達の視線の先にいるのは、病気か薬の副作用か――髪のない、車いすに腰掛けた少女の姿だ。なにやら携帯電話を用いてメールをしているようだが、玲奈が彼女を目に留めたのは、そんな理由ではなかった。
「あの子、耳が」
 そう――少女の耳は、玲奈と同じように尖っていたのだった。どういうことだと不審がる2人。少女の姿に関心を抱いた雫は、さらに院内を探索することにした。

 医者と思しき白衣の男が静かに語る。どうやら院内で開かれる医者の勉強会のようだった。
「ハイランダー症候群――彼女の病気は、他にほとんど症例のない難しい病気です」
 新人ナースに扮した雫は、彼の語る言葉をメモに書き写していた。
「外見の成長は思春期ほどで止まり、耳が尖って背骨が翼のように発達し――」
 訥々と語られる言葉に、逐一なるほどと頷く。病を発症した彼女の姿が玲奈のそれに酷似しているのは、病気ゆえのことだった。情報を得た雫は、玲奈に真相を伝えるべく勉強会の会場を後にした。

 一方、玲奈は院内学級の教室で、勉学に勤しむ少女の姿を見守っていた。
「あの子のために、何かお手伝いできないかな」
 情報収集を終え戻ってきた雫の前で、玲奈は呟く。2人は頷き合い、少女のリハビリを手伝うことを決意した。

「ごめんねーちょっと、この服脱いでもらえるかなー?」
 ナース姿のまま玲奈は少女の上着を脱がせようと、奮闘していた。
「え、でも……」
 耳の長い少女は戸惑いがちにまつ毛を震わせながら、わずかに抵抗を見せた。
「いいから! 女同士なんだし、恥ずかしがることないじゃないっ」
 バッサリと切り捨てて玲奈は少女の着衣をはぎ取った。彼女のセーラー服の下から現れたのは――なんと、玲奈にとってはひどく見なれたそれだった。
「お揃い……」
 ぼそっと呟く。少女は小首を傾げるが、玲奈は慌てて首を振った。
「なんでもない! そんなことよりこれキツくない? もう全部脱いじゃってよ! プールなんだし!」
 話を逸らそうとして、そんな提案をする。少女は迷いながらも小さく頷き、着衣を脱いでプールへ飛び込んだ。
「ねえお姉さん、一緒に泳ごうよ!」
 どうやらプールがお気に召したらしい少女は、笑顔で玲奈の手を引く。焦る玲奈だったが、彼女の力は思っていたより強かった。
「きゃあああああ!」
 ――落ちる。がくんと身体が揺れた瞬間、玲奈は思わず翼を開いてしまった。彼女の背に広がる翼を見つめ、少女は驚き硬直する。しまった、と思ったがもう遅い。もはや言い逃れのできる状況ではなかった。

 少女は目を輝かせて、玲奈に携帯を差し出した。
「これは、私が先週お願いした発注文! ほんとに来てくれるとは思わなかったなぁ」
 にこにこと笑みを浮かべる少女に対して、携帯を受け取った玲奈のほうは硬直した。
「何、発注文って――あたしが今日やってきたこと全部書いてある! どういうこと?」
 訳が分からず取り乱す玲奈。助けを求めるように雫を見るが、彼女もまた困ったように首を傾げるだけだ。

 はっと気づくと、2人の前では狐だか狼だか狸だか、判断しかねる謎の生き物が一心不乱にトンネルを掘っていた。
「今度は何!? ここはどこ? あなた達は……」
 玲奈の言葉に謎の生物は振り向き、口を開く。
「ワレワレハころり族。アノ地トソノ地ヲ繋グ道ヲツクル者」
「ど、どういうこと?」
 首を傾げる2人に、ころり族と名乗った者たちは告げる。
 このトンネルは、雫達の住む世界と『真実』の世界をつなぐ道――つまり雫達は、虚構の世界の人間なのだ、と。
「先刻君タチガ見タ少女ノ作文ハ、ドウヤラ君ノ行ク末ヲ決メル筋書キノヨウダヨ」
 玲奈は目を見開くが、彼らは構わず続けた。
「ワレワレノ存在モマタ、誰カニ創ラレタ物ニスギナイノカモシレヌ」
 寂しげな声色で彼らは語る。
 その言葉を信じるか否かは、玲奈と雫、ふたりの心に委ねられるのだった――。