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本日は晴天なり
「見たことも聞いたこともない、変な町。そんなところに、あたしたちは三人そろって迷い込んでしまったってワケ。――オーライ」
三島・玲奈(みしま・れいな)は、目の前の二人の顔を交互に見た。同い年くらいの少年、羽月・悠斗(はづき・ゆうと)と、おそらく年上だろう落ち着いた雰囲気の青年、物部・真言(ものべ・まこと)。二人とも、今ここで会ったばかりだ。
「どんな旅行でも企画するさすらいの客船・玲奈ちゃんが、こちらのツアーご案内致しましょう♪」
玲奈がそう言うと、ふたりは揃って目を丸くした。初対面なのにまるで兄弟のような反応だ、なんて思いながら、玲奈は首を傾げた。
「ええと……」
悠斗は戸惑い、眉をひそめたまま固まっている。何と言うべきか、言葉を探しあぐねているようだった。
「確か、お前も迷い込んだのだろう? 見知らぬ土地では、案内も何もないんじゃないか」
そんな悠斗を見かねて、真言が玲奈に向かって口を開く。やや呆れた口調だったが、玲奈はさして気にした風もなく、ふむ、と納得した。
「んー、まあ一理ありますねえ。んじゃ、とりあえず、ここに住んでる人を探しますか」
玲奈の言葉に、二人が頷く。そして、三人は歩き始めた。
町を進む内に、自然が全くないことに気付いた。統率のとれたビル街なのだろうとはじめは思ったが、何か違和感がある。あまりにも、無機質なのだ。何処からか機械の音は聞こえてくるし、それはきっと人が響かせているのだろうが――『生』の気配が、希薄なのだ。果たして、生きている人間がいるのかと、疑わしくなるような。
「あれ? お客さんでしょうか?」
だが、そんな不安は懸念であったらしい。ひょっこりと顔を覗かせたプラチナ・アクアの少年は、三人を見てやわらかく笑った。
「マゼイツにいらっしゃるなんて、珍しいですね。僕はイーヴァ・シュプールといいます。お客さんなら、宜しければ一度ルラー様と会って頂けますか?」
イーヴァに案内され、三人は町の中央にそびえ立つ施設へと連れられた。
「なるほど。三人それぞれ迷い込んだ、と」
そう言った、長い銀髪の男性――ルラーの紅の瞳が、三人を捉える。どこかふんわりした雰囲気のイーヴァとは対照的に、やや得体の知れない印象だった。
「長居をさせる訳にはいかないが。せっかくだ、案内してやるといい」
言いながら、イーヴァに目を遣る。イーヴァは、合点したように頷いた。
「そういうことなので、僕でよければご案内します。ええと、何処から行きましょうか……」
「観光ね! それなら、武器が見たいわ」
玲奈がぱっと目を輝かせ、身を乗り出す。
「ここって『機械の町』って呼ばれているんでしょう。聞いたことがあるわ。何か、ここ特有のものとかあれば見てみたいんですけど」
イーヴァはやや困った顔で、窺うような視線をルラーに向けた。助けを求めるその視線に答えてか、ルラーが口を開く。
「ほう、ここを知っていたか」
「母も来たことがありまして。その節はどうも、母がお世話になりました」
ぺこり、と頭を下げる。ルラーがやや目を細めた。
「残念ながら、武器を見せる訳にはいかないが」
言いながら、少し考えるような素振り。それから、ルラーはイーヴァへと目を遣った。
「だが、一部の工場の見学なら構うまい。イーヴァ」
「あ……はい」
イーヴァは一瞬きょとんとして、間もなく納得したように頷く。そして、話のバトンを受け継ぐように、口を開いた。
「マコトさんやユウトさんは、何かご希望ありますか?」
尋ねられ、真言と悠斗はそれぞれ考える。さほど間をあけず、真言が答えた。
「俺も、観光が出来るなら嬉しい」
「……僕も」
控えめに、悠斗が続く。イーヴァは皆の顔を一度ずつ確認するように見て、大きく頷いた。
「わかりました。それでは、行きましょう」
行ってきます、と言ってルラーと別れ、三人は部屋を出た。ルラーは残り、施設で用事を済ませるらしい。忙しい方ですから、とイーヴァが補足した。
廊下を歩きながら、開いたままの扉の中を何の気なしに覗いてみる。中には白いベッドが数台あり、薬品らしき瓶の入った棚も並んでいる。扉の脇にあるプレートに書かれた文字は読めないが、おそらく医務室だろう。
「人があまりいないな。もし手が足りていないなら、手伝うが」
真言がそう申し出る。と、イーヴァは笑顔で首を横に振った。
「ああ、大丈夫です。基本的に、機械が診ますので。それをチェックする人が数名いれば問題ありません」
「じゃあそこにいるのは、医師というより技師に近いのね」
「そうかもしれませんね」
口を挟んだ玲奈に、イーヴァが頷く。中では、カプセルのような機械で身体をチェックし、機械が病状と処方箋を出し、それに基づいて棚から薬を出しているようだった。これならば、確かに常駐する人間は少ない数で問題ないのだろう。
「マコトさんはお医者さんなんですか?」
イーヴァの問い掛けに、真言が頷く。
「いや。だが、癒しの祝詞を使うことは出来るから」
「ノリト? 呪文みたいなものでしょうか」
「まあ、そうだな」
機械の町に、神道はない。だが、言葉を以て力を成すという意味では、呪文と祝詞も近いと言えなくもないだろう。
「いいな……」
小さな呟きに、皆が思わず目を瞬いた。声を発した小柄な身体へと、視線が集まる。
「悠斗?」
口数の少ない彼の、言葉。注目されて少し戸惑いながら、悠斗は続けた。
「僕は……呪う言葉しか、使えませんから」
言葉を選びながら、ゆっくりと。取るに足らないような台詞でも時に呪いとなると知っているからこそ、慎重に紡がれる彼の言葉。だからこそ、耳を傾けてしまう。
「何言ってるのよ。呪いだって時には救いとなるわ」
玲奈が腰を屈め、悠斗の目を真直ぐ見据えた。頭の回転が速く、快活な玲奈の言葉。悠斗はやや気後れしつつ、彼女の目を見つめ返す。
「言葉の受け取り方は、人によって違うものだ。ある人にとっては救いとなった祝詞でも、それが毒となる人もいるだろう。呪いだって同じだ。万人に同じように効果をもたらす言葉なんて、存在しない」
そして諭すような、真言の言葉。口調や態度はぶっきらぼうだが、声音はとても穏やかだった。
二人の言葉を受けて、悠斗がやや俯く。一見無表情だが、僅かながらに頬が赤くなっていた。
「……ごめんなさい」
「いや、謝る必要はない」
「そういう時は、ありがとうって言えばいーの」
彼のその表情に嬉しさがあることを理解し、玲奈が微笑む。真言も、苦笑するように目を細めた。
「悠斗君もだけど、真言さんもおとなしいんだもの。ふたりとも、したいこととかもっと素直に言えばいいのに」
「俺は別に、本当に観光で充分だけどな」
腰に手を当てる玲奈に、真言は雑に頭を掻きながらそう言った。
「強いて言うなら、イーヴァのお勧めの場所とかないのか?」
「僕の……そうですね。僕は、港が好きです。船が海に出て行くのを見ると、何だかわくわくするんです」
「ああ、何となくわかるな」
「本当ですか? 嬉しいです」
そう言って、本当に嬉しそうに笑う。
「工場街を抜けると港に出ますから、後でご案内しますね」
イーヴァの言葉に、真言は頷いた。と、傍らの悠斗が、おずおずと片手を挙げる。
「もし、呪いを解く方法を調べられるところとか……あれば、少し気になります」
「呪い、ですか。難しいかもしれませんね……データベースの閲覧は、たぶん許可がおりないでしょうし……すみません」
「あれば、と思っただけだから……大丈夫です」
すまなそうに眉を下げるイーヴァに、淡々と悠斗が返す。気にした風は感じられないが、悠斗からの珍しい申し出を叶えられないのが申し訳なく、ごめんなさい、とイーヴァはもう一度謝った。
そうこうする内に施設の外に出て、工場街へと向かった。工場が広く立ち並ぶ中、適当な道に入る。機械のパーツを作っているところが集まっているのか、外から中の様子を窺っただけでは、物が小さく何の工場なのか判別し難い。
「何というか、徹底して娯楽施設が無いな」
真言が小さく呟いた。工場街を歩いて少し経ったが、行けども工場だけしかない。分かれ道から他の道をざっと見てみても、現在歩いている道と大差ないのだろうとわかる。
「すみません。普段、観光に来る方もいらっしゃらないので」
「遊ぶトコがないから来ないんじゃないの?」
玲奈は不満そうに口を尖らせ、眉を寄せる。
「武器とかアクセサリーとか、ここならではのモノ作りたいー。母が来た時は何か作った、って聞いたのに」
「ごめんなさい。場所をお貸しすることは出来るかもしれませんが、そういう教室みたいなものはなくて」
「場所と道具借りるだけでもいいんだけどっ」
物足りない、とばかりに腕を広げて思いきり伸びをする。が、小さく息を吐くと、悪戯っぽい表情で片目を瞑ってみせた。
「……まあ、またのお楽しみにしておくわ。半分機械のあたしはともかく、二人は武器にもアクセサリーにもあまり興味なさそうだものね」
「俺は、別に……」
「いーんですいーんです、せっかくだし皆で楽しみましょ」
言いかけた真言を遮り、玲奈が笑う。そして、視線を辺りへと巡らせた。
「実際、見て回るだけでも面白いしねっ」
玲奈は食い入るように工場の中を見ている。もしや、見て技術を盗んでいるのでは――そんな懸念がイーヴァの頭をよぎったが、敢えて苦笑するに留めた。見て構わないとルラーも言っていたのだから、これも問題ない範囲だろう――おそらく。
「お、そろそろ港か?」
真言が前方を指さす。建物の並びが切れ、暗い色の水平線が見えてきた。流石に港では忙しなく人が動いているようで、今まであまり感じられなかった活気が見て取れる。
「そうですね。食べるところもあるので、少し休憩しましょうか。ルラー様も呼びますね」
「いいわね! ここの名物ってどんなの? アツアツ銑鉄とか、どろりグリス掛け定食とか?」
「え? うーん、それは……」
「なーんて、んなわけないよね」
言い淀むイーヴァに、玲奈はそう言って軽く笑い飛ばす。イーヴァは、何ともいえない表情で苦笑した。
「……うそ」
運ばれてきた食べ物に、玲奈は瞬きを繰り返す。傍らには、満足げに口の端を上げるルラー。
店で注文を待つ間、遅れて到着したルラーが席に着くと同時に運ばれてきたもの。石鍋に煮えたぎる銑鉄。鉄板に乗った、グリスのようなソースのかかったハンバーグ。
玲奈はまじまじとそれらを見つめる。と、安堵して大きく息を吐いた。そして、ルラーを軽く睨みつける。
「あー……もう、焦った! マジとは思わないけど、万が一を考えちゃいますって」
「そのようなものを所望していたとイーヴァから聞いてな。少しお楽しみ頂こうかと、私が頼んだ」
「最っ高のおもてなし、ありがとうございまーす」
石鍋は、牛肉のブロックを煮込んだものだった。溶鉱炉に見立てられたそれは、充分に熱されたスープ。ハンバーグにかかったソースは、舐めてみるとほんのりと甘酸っぱい。色はやや違うが、大根おろしにも似た味だった。
「今日は晴天だな」
棒読みの礼も意に介さず、ルラーは注文したコーヒーに口をつけた。窓の外の空を眺めてから、玲奈がじろりと振り返る。
「どんより曇ってますけど」
「マゼイツの空はいつもこうだ。ならば、天候を述べることに意味はほぼない。気持ちが清々しく晴れていたなら、その日は晴天といえるだろう」
そういうものだろうか、と眉をひそめる。話題を逸らして誤魔化しているような気もしなくはない。だがとりあえず玲奈は再び、窓の外へと視線を移して。
「じゃ、今日の機械の町はすごく晴れてた、って母に自慢します♪」
ルラーへと振り向くと、にこりと爽やかに笑った。
それはそれは、晴れた日の太陽を思わせる顔で。
なるほど確かに、笑顔が集まれば晴天に相応する眩しさなのかもしれなかった。
《了》
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■ 登場人物
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PC
【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16歳 / メイドサーバント:戦闘純文学者】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】
【8514 / 羽月・悠斗 / 男性 / 16歳 / 呪い師】
クリエーターNPC
【 NPC4928 / イーヴァ・シュプール / 男性 / 13歳 / 管理者】
【 NPC4929 / ルラー・ヴィスガル / 男性 / 36歳 / 管理者】
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■ ライター通信 ■
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三島・玲奈様
ご発注ありがとうございました! シチュノベに続いてのご依頼、嬉しかったです。
あまりあちこち行けずに申し訳ありませんが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
このたびは、ご依頼いただき本当にありがとうございました!
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