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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 弱気の隙間に見た夢 +



『ごめんなさい……ごめんなさい……』


 女の人が四角い窓の外を見ながら謝っている。
 白い壁、白いカーテン、そして清潔なシーツが敷かれたベッド。その光景には見覚えがある。俺、工藤 勇太(くどう ゆうた)は自分の手を見下げ、ぐっと拳を作ってみた。その感覚はどこか朧で、俺はこれが『夢』である事を知る。何故なら目の前に居る女性の居る場所にはこの年になってから行った記憶がないからだ。


 しかし俺はその女性を――母だと認識する。
 間接的とはいえ俺が原因で病んでしまった女性は両手を前へと伸ばし、何かに救いの手を求めているかのようにまた同じ言葉を繰り返した。


『ごめんなさい……勇太』


 俺は唇を噛む。
 その感覚すら痛みのないただの行為だったけれど、母親の言葉を聞いて湧き上がる感情を制御する術は今持っていなかった。


 俺が覚えておりそして聞かされた話では、自分が五歳の頃に俺の能力――世間一般で言う『超能力』の研究の為に親から引き剥がされた事。
 その頃には何が原因かは分からないが父親は既に失踪していたらしい。母親は一般女性だったために子供を取り返す術を持っておらず、無力さに嘆いていたという。
 そして俺が七歳……つまり二年後に研究所が摘発され、モルモット同然の扱いを受けていた研究対象と言う名の子供達が解放された。子供の頃の記憶なんて薄っぺらいものだけど、確かに不愉快な扱いを受けていた事だけはこの心の中に刻まれている。そしてそれは親であった母親の心を『良心の呵責』という形で蝕み、彼女はその重さに耐え切れず最終的にはその系統の病院へと入院してしまった。


 その後、叔父に引き取られるも厄介者扱いされていた自分は全寮制の学校へと入れられ、今に至る。
 何かのきっかけで能力がばれると同級生やその親に怯えられ、転校を繰り返した。だがどの学校も絶対に『全寮制』であり、保護者がいるとはいえ紙面上の関係だという事を嫌でも思い知らされる。


 一人。
 いや、独り。
 いつだって俺は――ひとり、だった。


 ――目を覚ますと一瞬此処がどこなのか把握出来なくて混乱を起こす。
 だけど額に手を置き、自分が発熱した状態であることを確認すると、その流れで自分が今現在、草間興信所の一室にて寝かされている事を思い出した。
 ふと、頬をぬらす何か。
 それが汗ではなく涙であった事を察すると俺は慌てて手の甲で目を拭った。


 誰も傍にいない。
 物音一つ聞こえない沈黙の部屋の中で俺の心臓がざわめく。ここの所長である草間 武彦(くさま たけひこ)の姿が現在見えない事に対し、不安のようなものが湧き上がってきた為だ。


 そうだ。
 ひとりは慣れっこなんだ。
 これ以上人に頼ってはいけないんだ。
 人に頼りすぎると心が弱ってしまうから――。


 またしても溢れそうになった涙を拭う。
 それから一回ぴしゃりと両頬を叩いて意識をしっかりと奮い立たせると置いていた荷物を手に取り、制服を羽織り外へと出て行こうとする。
 しかし扉のノブに触れたその瞬間に空間は開かれてしまう。


「どこに行くんだ?」


 タイミング良くというか悪くというか草間さんが戻ってきてしまった。
 思わず目を見開いてまじまじと相手の様子を観察するも、そんな不審なことを長く続けらえるわけもなく、結局へらりとした笑顔を浮かべながら俺は自分の後頭部に右手を当てた。


「いや〜、大体熱下がったみたいなんでそろそろ帰ろうかと思ったんですよ」
「そんな顔が赤い状態でそんな見え見えの嘘を付かれてもな」
「本当ですってば、結構寝た気がしますし」
「まだお前が来てから一時間も経ってないんだが」
「え」


 俺はその言葉に慌てて壁に掛けられていた時計を見やる。
 確かに二つの針はこの事務所に来てからまだ一時間も時間を刻んでいない事を示していた。草間さんは俺の腕を掴むとそのまま部屋の中に引き戻しにかかる。当然ながら風邪が完治していない状態ではその力に抗う事は出来ず、ふらりとバランスを崩しかけるも室内へと足を動かすしかなかった。
 草間さんは俺をベッドへと戻させるように手に力を込める。どうやら帰してくれる気はないようで、俺はもはや諦めるしかなかった。


「桃缶見つからなかったから適当にスーパーで買ってきたが、文句言うなよ。白桃を買ってきたのに実は黄桃が良いとか」
「あ、じゃあそれでもう一回買い物に行くとかどうですかー?」
「とりあえずてきとーな理由をつけて俺を外に出て行かせようとすんのは止めろ。ほら食え」


 ベッドに縁に座った俺に差し出されたのは白桃の入った小皿。
 フォークまで用意され握らされてしまえば困ったように笑うしかない。食べろと無言と視線で伝えられる。それが通じないほど弱ってはいないから尚更困る。膝の上に小皿を置き、ため息を吐く。スプーンに白桃を突き刺せばそれはとてもやわらかく刺さった。


「甘……」
「ガキには充分だろ」
「子供にも好みがあるんですよ。これ缶詰でしょー、俺あの蜜っていうんすか。あの甘さが苦手で」
「文句言わず食え」
「うー」
「それ食ったら寝ろ。今度こそ大人しくな」


 一口、また一口と白桃を齧る。
 果肉が程よく溶けるように口の中に砕けて、それから喉を通るその甘さは本当は嫌いじゃない。草間さんが部屋にあったイスに腰掛け、俺の様子をマジマジと観察してくるので居心地が悪い。その視線から逃げるように小皿に入っていた白桃を早口で食べ終えるとまたベッドへと潜り込む。寝たふりをして、隙を見て逃げようという考えで、だ。
 しかし何故か草間さんは俺の顔を覗き込むようにベッドの脇に腰を下ろしてきた。ごつごつとしやや骨太の草間さんの手が俺へと伸びてくる。熱でも計るのかと大人しくそれの行き先を目線だけで追いかければ、その手はやがて俺の目じりをなぞった。


「泣いてたな」
「う」
「病気な時ほど気弱になるもんだ。さっさと寝て治して、べそべそ泣かずにすむようになれ」
「じゃあ、逆を言えば弱ってる時に優しくしないでくださいよ」
「弱っている時こそもっと人を頼れと言っている」
「……泣かせたいんですか」
「泣いても構わないとは思うがな」


 目じりに寄せていた指先が今度こそ額へと移動し、汗ばんでしまった額へと張り付いていた前髪をかきあげる。草間さんの表情は自分から見ても心配してくれるもので、ちくりと胸の奥が痛んだ。
 熱を出しても本当なら誰もいない部屋で寝なければいけない。
 いつだって独りで布団の中に包まって、ただ時間が過ぎる事だけを祈っていた。そんな過去を脳裏に貼り付けてしまうと、もう駄目だった。


「意地悪って、言われませ、ん?」
「別に」


 許可が出るとまるでダムが決壊したかのように涙が溢れ出してくる。大粒の涙が零れだしたのをきっかけに筋を描くそれは視界をぼやかせた。


「ほん、とはひとり、とか苦手、なんです、よね」
「そうか」
「風邪とかって、ほんとに、弱気にさせ、ると思い、ませんか」
「まあそうだろうな」
「あー、くそうっ。くやし、いじゃない、っすかー……」


 ぐしっと手の甲で涙を拭きながらぼろぼろと弱音を吐き出す。
 本当は誰かに傍にいて欲しい。いつだってそう願っていた。出来るなら『友人』と呼べる人に。出来るなら『家族』に。
 だけどそれすら叶わない環境に居たから願いを口に出す事すら出来なかった。そんな自分は結構不幸だったけど、それが『当たり前』過ぎて幸せの方が良く分からなかったのも真実。
 だから今草間さんが傍に居てくれる事が本当は嬉しくて、桃缶も実は好物だったりとかする事も言ってしまいたい。だけどそれは弱音とは違うから吐き出さない。


「ま、ガキの間くらいは甘やかされとくのも良いもんだ」


 当の草間さんは俺の事を変わらず子ども扱いするけれど部屋から出て行こうとはしない。
 やがて泣き疲れた事と、やっぱり病気であることが関係して俺が夢に落ちるまでずっと傍にいてくれた事を覚えている。


 朝になって目が覚めればまた一人だったけれど、部屋の壁越しに草間さんの気配を感じればなんだか無性にほっとした。体温計で熱を測り、平熱状態になった事を確認しつつ、念のためにと市販薬を飲まされれば草間さんが「もう弱音を吐いたり泣かないのか?」とやや意地悪そうに笑いながら口にする。口端を持ち上げてにやにやした明らかにからかいのものだったから、逆に俺も肩をやや竦めた。


「あれ、なんの事ですか。俺そんな事言ってましたっけ?」


 しれっと返す言葉。
 それでもその心の中では、弱った心をかいほうしてくれたこの人に対して感謝の念を抱いているのだった。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPCA001 / 草間・武彦(くさま・たけひこ) / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、三度目の続編有難うございました!
 今更ながら何か関係性のあるタイトルをつければ良かったと後悔中です(笑)
 さて、最後の「かいほう」はわざと平仮名にさせて頂きました。漢字を当て嵌めて意味が複数通るようにとの言葉遊びです。
 そういう部分も含めて楽しんで頂けたらと思います。
 ではでは!