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<東京怪談ノベル(シングル)>


屁王の鼻輪とラピンチの蟹光線だ玲奈

 ここ御ヘランスは鼻の都プリ。
 今この街は華やかな空気に包まれていた。
 稀代の嗅覚でガス田を発見し続け財を築いた屁王の王宮で、三代目屁王主催の晩餐会が開かれるのである。
 しかしそこにある巨大な影が迫っていることを、誰も予想だにしなかった…。

 豪奢なドレスを身に纏い、納豆・ドリアン・くさやなど一流にして世界中の臭い料理が並ぶ。
 その中からあえてブルーチーズを選んだ貴婦人は、にんにくのたっぷり入ったペペロンチーノを食べる紳士と談笑する。
 その横を足早にすり抜けていく、これまた豪奢な服を纏った男は舞台に駆け上がると大きな声を張り上げた。
「レディース、アーンドジェントルメーン! 今宵は屁王様も大変楽しみにしておられる! 皆の者、今宵はゆるりと過ごすがよい!」
 そういうがいなや、盛大なオーケストラの音色と共に階段より現れた偉大なる屁王。
 その鼻には王者の証である屁王の鼻輪が燦然とライトを浴びている。
「屁王様だ! おぉ、鼻輪が一段と今日は光り輝いている!」
 どよめく群集に一人一人手を振り返し、満足げな表情を浮かべる屁王は歩みを止めることは無い。
 だがしかし、突如会場にガラスの雨が降った。

「ラピンチ!」
 空に浮かんだ大きな影からいく人ものやくざが、口々に「ラピンチ」と叫びながら窓から侵入してくる。
 …なぜか逆立ちをしながら。
「盗賊ラピンチ団だ! 巨蟹型飛行船だ!!」
 誰かがそういうと、会場は瞬く間に混沌の渦と化す。
 逃げ惑う客達の中を猛然と走る人影。
 いち早く逃げ出そうとした屁王の前に、堂々たる風貌のラピンチ団ボスが現れた。
「屁王の鼻輪はいただく! ラピンチ!」
 おー!と声高々にやくざたちは宣言し、ボスは屁王の鼻輪をむしりとった。
「よ、世の繊細な鼻が〜!! うっ臭っ!」
 あまりの出来事に屁王はお倒れになられた。
 駆け寄った大臣がオロオロとしながら怒鳴った。
「えぇい! 仏壇三法師はどうした! 王の危機…いや、国家の危機じゃ!! あれが無いと新規ガス田の発見もできぬ…国家財政が傾くぞよ!!」
「はははは!! 取り返したくば空の果てまで追ってくるがいい! ラピンチ!」
 高笑いで颯爽と飛行船に乗り込むボス。
 何の抵抗もできずなかった王国騎士団に見送られた巨蟹型飛行船の中では、内職部隊がせっせと造花のバラを作っていた。
 このバラ、ヘランスの式典で使われる外注品である。
「ボースの為ならエーンやコーラ! 2万里だってなんのこーりゃ!」
 ボスは掴み取った屁王の鼻輪を握り締め、決意を新たにした。
「母ちゃん、俺、きっと会いに行くから! ラピンチ!」
 その決意は部下の心に深く染み渡り、感動の涙をそそるのだった…。


 そんなことがあったなどとは露知らず、三島玲奈(みしまれいな)はプリのカフェでドリアンジュースを堪能していた。
「プリにきたら、これよね〜」
 玲奈がご機嫌でジュースを飲んでいると、通りからこんな声が聞こえてきた。
「えー、勇者志望の方いませんカー? いたら返事してくださーイ」
 ピンときた。玲奈は思わず振り返って首を傾けた。
「…やだ、イケメン」
 段々と近づいてくる人物に玲奈はターゲットロックオンした。
 なぜか小脇に仏壇型爆弾を抱えたイケメン三人組。
「おにーさんたちは、いったい…」
「私達、仏壇三法師デス!」
 そう名乗ってシャキーンとポーズを決めた3人。どうやら隊長、副長、参謀らしい。
「実は…ごにょごにょ…というわけでして、お嬢さん、勇者になっていただけませんカ?」
「えー? しょ、しょうがないなぁ」
 イケメンに真正面から誘われたら断りきれない。だって、乙女だもん。

「なにぃ!? 追っ手が来ただとぉ! ラピンチ!」
 ラピンチ団のボスはまさか追っ手が来るとは思っていなかった。
 目的地は屁王の鼻輪が指し示す謎のプー大陸。
 …その実、国民は来月こそ本気出すと言いつつ、体力を寝だめして過ごしているだけの国なのだが。
 その目的地を知られるわけにはいかない。母ちゃんに危険が迫っちまうから。
「全員内職やめー! 配置につけ! ラピンチ!」
 ボスは機首を反転させて、完全攻撃態勢へと移行した。

「玲奈号、敵はっけーん☆ ついでに敵にも発見されたー!」
 玲奈と仏壇三法師を乗せた玲奈号にくるりと機首を反転させたラピンチ団から、最初の攻撃が加えられた。
 船の目から蟹光線発射! しかし玲奈も眼光で反撃で相殺。
 くっ。なかなかやるわね。こうなったら次よ!
 しかし、蟹光線がくるかと思いきやラピンチ団は何故かボーリングの玉を撃ち放った。
 玲奈号はあわてて巨大ピンで…打ったあ!!
 おぉっと! ホームランだぁ!!
「おのれ…我が部下ども渾身のボーリング弾を跳ね返すとは…あの船やるな! だがしかし!! ラピンチ!」
 ボスが大きく合図をすると、総員は捕まれるところに捕まった。
 巨蟹型飛行船は逆立ちして脚を旋回させて襲って来た!
 これは怖い。まさにカニのモンスターだ!
「…チンピラのくせに強すぎ! なによこいつら!!」
 悔しい! このままではやられてしまうかもしれない…。
 何か手は?
 ハッと玲奈は閃めいた。
「そうだ! くせぇ者には仁王よ」
「…ホワット?」
「あのね、昔、仁王様の家に曲者が…」
「オー、イェス。皆まで言わずとも了解デス」
 仏壇三法師は突然円陣を組み、なにやら呪文を唱え始めた。
 これは、期待できるかもしれない…!
「いでヨ! ニオウ!!!」
 ぴちゃん。空中に現れたのは洋式バスタブから足を高々と突き出して入浴中の王様。
 そして、ぱちんとウィンクしてこう言った。

 「煮王デッス!」

「えーーーーーーーーー!?」
 その場の全員ずっこけた。全プリがこけた。
「今がチャンスデース!」
 今がその時と三法師隊長が仏壇型爆弾を射出した。
 ひゅるひゅると蛇行しながら飛んでいった仏壇は、危うげながらも巨蟹型飛行船に叩きこまれた。
 ちゅど〜ん!
 夜空に飛行船の残骸が舞い踊る。
 ラピンチ団はまさに字の如く空中分解し、華々しく散っていく。
「あ、いけない。鼻輪回収しないと…」
 玲奈号がサッと回収すると、ラピンチ団のボスが叫んだ。
「ちっくしょー!! おまえのかーちゃん、でーべーそー!! ラピーンチー!!」
 ボスの虚しい叫びが空に消えていく。
「玲奈、ありがとうデス。あなたのおかげで国が救われまシタ」
 サムズアップして親指の腹を見せながら、白い歯をきらりとさせて仏壇三法師はにこやかに笑った。
 玲奈もキランと歯を見せて笑った。

 こうして、玲奈は国を騒がせたラピンチ団から屁王の鼻輪を取り返したのだった。