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第4夜 双樹の王子
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午後4時15分。
新聞部にはあちこちから投書が送り込まれていた。
「海棠さんは二重人格である」
「海棠先輩は昔彼女がいたらしいが別れたのがトラウマらしい」
「海棠さんの趣味はチェロであり、ピアノとはまた別に趣味で弾いている」
などなど、大量の投書が送られてきていた。
一応怪盗記事担当の小山連太は、これらを送ってきた生徒達の対応に追われていて目を白黒させているのを、工藤勇太は遠巻きになって見ていた。
「しっかし、海棠君の記事ねえ……」
学科は違うので接点が全くないものの学園では有名人であり、勇太もたまたま女の子達が彼に熱を上げているのを耳にした事がある。
成績優秀なのに素行が悪い。
必要最低限しか授業に出ないどころか学園に来る事も珍しいので、彼の事は謎だらけ。
それがミステリアスで素敵。などなど。
そして彼を象徴するのが、音楽科の双樹の王子と言う二つ名である。
自分から王子を名乗る人間などよほどのナルシスト以外でいないだろうから、これも彼のファンが付けた名前なんだろうが、どこから双樹なんて来たんだろう……。
ようやく生徒の相手が終わったらしい連太を捕まえて、勇太は訊いてみた。
「ねえねえ、小山君」
「んーっ、何すか?」
連太はあれだけ目を白黒させてた割には元気そうなので、そのまま勇太は思っていた疑問を口にしてみる。
「あのさあ、今回何で海棠君の特集する事になったの?」
「んー、まあ色々あったんですよ」
「色々? 何さ」
「いや、先輩って、いい人なのに何であんなにいつも辛そうなのかなって」
「辛そう?」
てっきり有名人だから特集記事組む事になったのかと思っていたが、どうも違うらしい。
勇太は首を傾げつつも「何で?」と訊くと勇太は答える。
「いやあ、海棠先輩とは知り合いなんすよ。まああっちが覚えているかは分かりませんけど」
「へえ……それは今初めて聞いた」
「いや、言いふらす事でもないっすから。
前に記事書いてた時、草稿を窓開けっ放しにして飛ばされちゃったんで。書き直そうにも、一晩かけて書いたものとそっくりそのまま同じものが書ける訳もなく、夕方まで探しましたけど見つからず、諦めかけてたら、黙って一緒に探してくれたんですよ。それこそ、生徒会に怒鳴られても無視して」
「なーるほど、それでかあ……」
「何と言うか、先輩の人物像が妄想の上で一人歩きしちゃっているから、それをどうにかしたいなあと思って企画したんですけどねえ……上手く行くといいんですが」
「ふーん。ならさ、俺がネタ拾ってきた場合もさ、怪盗の話ってもらえる?」
「先輩が? うーん……まあいいですよ」
「わー、じゃあちょっと行ってくる」
「はーい」
こうして、勇太はのんびりと新聞部部室から出て行った。
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午後4時45分。
既にうっすらと空が黄味がかってきた中、勇太はぶらりと足を運んだのは、噴水の前だった。前にここにオデット像があったと言うのは連太から聞いたが、今の噴水には何のオブジェもなく、ただ園芸部が育てた植物が精を出すばかりで人気もない。
初対面の人に根掘り葉掘り訊くのは趣味じゃないから、やっぱり俺流で行くかあ。
勇太はのんびりと、人気のない噴水に立った。
実は勇太には秘密がある。
いや、単に話す必要がないので話していなかっただけであり、秘密と言う程大したものではないのだが。
彼の手には、トランペットがあった。
彼は元々は吹奏楽部でトランペットを担当していた。
流石にプロ志望の音楽科程のものは吹けないし、中学からは転校が多かったせいで、正式な練習は減ったものの、今でも自主練習だけは続けている。
海棠は確かピアノをたしなんでいると聞いた。
なら一緒に弾けたらいいんじゃないかなと思ったのだ。彼は噂を信じるのならば、あまり人が多い場所は好きではないみたいなので、ここみたいに人気のない場所だったら会えるんじゃないかなとそう思ったのだ。
ずっと練習してたとは言えど、人に聴かせるために吹くのは久しぶりだなあ。
勇太は、トランペットに口を付けた。そして、腹筋を意識した後、流れ始めた。
流れる曲はアメイジング・グレイス。
素晴らしき神の恵みと言う意味の讃美歌であった。
人気のない噴水で奏でられるトランペットの旋律は、夕焼けの光の下で大きく伸びやかに広がった。
最後の音を大きく伸ばした所で、乾いた音が響いたので、思わず勇太は振り返った。
頭に芝を付けた男子生徒が1人、拍手をしていたのだ。芝をつけていると言う事はさっきまで芝生に転がって寝ていたのだろうか。
「いい曲だった」
ぼそぼそとした声だが、率直な感想が延べられ、勇太は思わず頬をかく。
「ありがとう。いやあ、人前であんまりトランペットとか吹かないから」
「…………」
「って言うか、もしかしてここで寝てた? ごめん……起こすつもりはなかったんだけど」
「いや、いい。もう夕方だし。ずっと寝てたから」
「ははは……もしかして、君が海棠君?」
「そうだけど」
真っ黒な髪に真っ黒な目。
背が高いのは少し羨ましく思える。
「そっかありがとう。俺は、工藤勇太。いやあ、ピアノ上手いって聞いてたから、独学の俺が褒められるなんて思ってなかったんだよねえ。好きな曲とかはある?」
「曲……「動物の謝肉祭」」
「んー?」
クラシックにはあまり興味がないので、馴染みのない言葉に少し困る。
海棠は真っ黒な目で勇太を見ていたが、やがて「そうか」と少しだけ呟き、ベンチの上に置いていた何かを出してきた。
ベンチの上にあったのは、チェロのケースだった。
そう言えば、チェロ弾くとか言うのは投書の中にもあったような気がする。
「こんな曲」
それだけぼそりと言うと、肩にチェロを乗せ、弓を引き始めた。
伸びた音は夕焼けのせいか、やけに哀愁が漂うように聴こえる。
アメイジング・グレイスが神への感謝の歌だとすれば、流れる今の曲は、まるで鎮魂歌のようだ。
最後に音が伸びた。
勇太はポカン、とした後、思わず手を叩き始めた。
「すごいよ! すごかった。このえっと……」
「「白鳥」」
「えっ?」
「「動物の謝肉祭」の中の1曲」
「そっか! すごかった!」
「…………」
勇太が興奮しているのを尻目に、海棠はパタンとチェロをケースに片付け始めた。
そしてケースを肩にかける。
そのまま、勇太を無視するかのように隣をすり抜けて行ってしまった。
って、あれ?
勇太は目をしばたたかせて、海棠の背中を見る。もしかして彼の気を悪くさせたんだろうか、それとも。
「変わってる人なのかなあ……?」
そう言えば連太は「いい人」と言っていたから、単純に人付き合いが苦手なだけなのかもしれないなあ。
勇太はそう納得し、そのままのんびりと新聞部へと引き換えして行った。
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午後5時35分。
「で」
連太は半眼で勇太を見ている。
勇太は「あはははははは」と笑って頭をかいている。
連太の手どころか、汗でも拭ったのか顔までインクで黒くなっている所を見ると、ずっと原稿と格闘していたらしい。対する勇太はいつもと同じさっぱりとした顔で、ただ1つ違うとすれば、思いっきりトランペットを吹いたために少し手が汗ばんでいる位だ。
「結局ふらつくだけふらついて、海棠先輩の情報得られなかったんですか!」
「いやー、はははははは、ごめーん」
「ごめんじゃなくって! ……ああ、もういいですよ。せめて原稿手伝って下さいよ。企画の分の仕分けだけで時間が食って食って……」
「うん、それなら!」
こうして手の汚れている連太に変わって原稿を触り始めた勇太だが。
何と言うか、海棠君も変わった人だったなあ。とっつきにくいとも違うし、人を避けてる? よく分かんないや。
ひとまず、彼のチェロを聴いた事は伏せる事にした。
<第4夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
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■ ライター通信 ■
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工藤勇太様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
大変遅くなって申し訳ありません。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也とコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。
第5夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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