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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.5 ■勇太の想い■

 あの研究施設での事件から三日が過ぎた。その間、武彦から勇太への連絡は特になく、勇太は随分と久しぶりに普通の日常に戻った様な気すらしていた。退屈で、なんだか窮屈な日々。そんな折、勇太は武彦に呼び出され、武彦のマンションから程近いファミレスに顔を出していた。
「よう、坊主」
 喫煙席で相変わらずの薄茶色のサングラスをかけて煙草を吸っている武彦が、歩いてきた勇太へと声をかけた。
「こんな所に呼び出すなんて、随分珍しいね」そう言いながら勇太は武彦と向かい合う様に座り込んだ。「どうしたのさ?」
「まぁ、そう急ぐな。話しは食い終わってからでも出来るだろ?」そう言うと武彦はメニューを勇太に手渡した。「好きなモン頼んで良いぞ。俺の奢りだ」
「じゃあハンバーグ&えびフライセット!」咄嗟に勇太の口を突いて出た本音に、一瞬の間が生まれた。気まずくなってしまった勇太は赤面して俯いた。「…やっぱハンバーグだけで良いや…」
「…フッ、何遠慮なんてしてやがるんだ、坊主」武彦が小さく笑って店員を呼び出す。「ハンバーグ&えびフライセットと、ホットコーヒーを」
「あ、じゃあデザートにチョコパフェ…」おずおずと勇太が呟く。
「…まぁ良い。それもついでに頼む」武彦が呆れ気味にそう言うと、店員が笑顔でメニューを受け取って下がった。
 勇太は相変わらず赤面したまま武彦の顔をチラっと見た。
「あ、ありがとう」
「素直に礼を言うなんて珍しいな。熱でもあるのか?」
「なっ、そんなんじゃねぇよ!」思わず勇太が大きな声を出す。店内から視線が集中し、勇太は気まずそうにまた俯いた。「…っていうか、どういう風の吹き回しさ?」
「なぁに、まぁ俺からのお祝いって所だな」
「…?」
 武彦はそれ以上話そうとはしなかった。煙草を吸いながら外を見ている。食事を待ちながら、勇太は考えていた。先日の研究所の一件での圧倒的な武彦の強さ。そして、自分の能力を知りながらもただの中学生として扱ってくれる存在。叔父以外に、そんな人間を勇太は知らなかった。だからこそ、ついついメニューを見て本音が出てしまった。普段なら「いらない」の一点張りだが、武彦だけは勇太の中で何処となく近しい存在にすら感じていた。
 食事を済ませている最中も、武彦は勇太を見て時折笑っていた。
「坊主、もうちょっと落ち着いて食えよな。食い物はお前と違ってテレポートでひょいひょい消えたりしねぇぞ」
「ぼ…ぼんばぼ――」
「――ちゃんと飲み込んでから話せ」
「…ぷはっ、そんな事思ってないよ!」
 こんなやり取りをしながらも、勇太は何だか嬉しかった。きっと、勇太にとって武彦は兄の様な存在だった。それに気付きはしなくても、勇太は徐々に心の距離を縮めつつあった。
 デザートのチョコパフェをつつき始めた所で、武彦は煙草に火を点けた。食事をしている間はヘビースモーカーな武彦も煙草を遠慮していた様だ。勇太はそんな事に気付く事もなかったが。
「さて、と。食いながらで良いから聞け」
「ん?」満面の笑みでチョコパフェをつついていた勇太の顔がまともな表情に戻った。
「“IO2”からの正式な通達が届いた。今回の依頼に関する報酬と、お前へと下った判定だ」
「…どう、なったの?」
「能力や人間性、それに精神的な部分。そこに対しては俺からの報告が裁量の基準になる。先ずは警戒人物という名目は脱した、といった所だな。今後、“IO2”がお前の命を狙うって事はまずないだろう」
「良かったぁぁ…。アンタみたいな奴らに狙われてたら、落ち着いて眠れもしないよ…」勇太は溜息混じりにそう言ってまたチョコパフェをつつく。
「定期的な観察は今後も続くだろうが、とりあえず俺の保護観察状態は解かれる。つまり、もう俺に無理やり付き合わされる心配はないって事だな」武彦の言葉に、勇太の手が止まった。それに気付かず、武彦は言葉を続けた。「今回の事件の捜査も協力しなくて良い。今後は“IO2”が動く」
「…そっか、そうだよね…。俺、もうアンタに付き合わなくて良いんだ、ね」そう言いながら、勇太は俯いた。
「まぁ、そういう事だ。ご苦労だったな」
 勇太のショックは、とてつもなく大きかった。心が打ち解けようとしていた矢先に、武彦から告げられた捜査終了の報せ。それは、今後お互いに関わり合う事がなくなるという事。自分の能力を知り、それでも普通に接してくれる武彦という兄の様な存在。解け始めた勇太の凍った心が、解け始めたが為に痛みを覚える。そして湧き上がる、悲しみが勇太の目頭を徐々に熱くする。
「…大丈夫だよ、慣れっこだから…」不意に勇太が呟く。
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」勇太が顔を上げると、笑顔を見せた。「はぁ、やっと自由だぁー。もう、いい加減やめてよね、俺の邪魔するのさ。おかげで授業中だって睡眠不足だし、何回怒られたか解らないぐらいだよ」
「悪かったな」


       ――「嫌だ。まだ、アンタと一緒にいたい…」
                そんな事、言えるハズもない…。




「じゃあ、ごちそーさまー」笑顔で手を振って、勇太は武彦に背を向けた。表情が一瞬で暗く沈んだ事に、武彦が気付く筈はない。気付かれない様に、背を向けたのだから。
 不意に、勇太の目頭が再び熱くなる。肩が震えそうになるが、武彦はまだこちらを見ているかもしれない。そんな事を思いながら、勇太は駆け出した。少しでも早く、武彦から離れた所へ行きたかった。そうすれば、こんな悲しみからも逃れられる。そう思っていた。


 ――勇太が無口で無愛想な生活へと戻るまでに、そこまで時間はかからなかった。それでも大きな変化はあった。
「あの女の子、確か俺と同い年ぐらいだった…。何で“虚無の境界”なんかにいたんだ…」
 勇太の疑問は強く勇太の気持ちを揺らした。唐突に勇太の目の前に現れた鬼鮫。そして、武彦。“虚無の境界”と“IO2”。今まで自分だけが持っていると思って生きてきた、超常の能力。それが、知らなかった世界では当たり前の様に存在し、暗躍している現実。


「…もっと、知りたい…」


 勇太の中に必然的に生まれた興味。勇太はたった一人でも、この事件を調べると決意した。



 ――勇太がテレポートを使って訪れたのは、先日の研究施設だった。先日の騒動によって封鎖状態になっている。確かに物理的には侵入は不可能になっているが、テレポートを使う勇太には造作もなく入る事が出来る。もしかしたら、何か事件の情報があるかもしれない。そんな気持ちから、勇太は施設の中へとテレポートによって侵入した。
 先日にあの能力者の少女と戦った場所へと勇太は足を運んだ。
「あら、A001じゃない」不意に背後から声をかけられ、勇太が振り返る。
「お前、この前の…!」
 考えてみれば、至極当然の事だった。空間を操る少女。彼女にとってもまた、物理的な封鎖など意味を成さない。勇太はすぐにでも戦える様に気を張り詰めて少女を睨んだ。
「何しにきたの?わざわざ私に殺されにきたの?A001」
「そんな訳ねぇだろ!それに、俺にはちゃんとした“工藤 勇太”って名前がある!」
「名前…。そんなモノは私だって持ってるわ。“柴村 百合”っていう名前が」クスっと笑いながら相変わらずの挑発的な喋り方を百合は続けた。「で、工藤 勇太。何しにここに来たの?」
「関係ないだろ!そういうお前こそこんな所で何をしてたんだ?それに、俺を殺すんじゃなかったのか?」
「…今の私は何の命令も受けてない。だから、殺してあげたいとも思わないわ」
「…?」少女の言葉に勇太は違和感を覚える。「どういう意味だ?」
「命令があれば、私は相手が誰であろうと救ってあげる」百合の言葉の意味が、勇太には解らなかった。そんな勇太には構わずに百合は言葉を続けた。「人を救うには、人は一度死ぬしかない。“あの人”が教えてくれた真実…。だから私は“殺してあげる”の」
「…何を言ってるんだ…?そんなの間違って――」
「――なら、キミはこの世界が正しいと、そう言い切れる?」百合が挑発する様に相変わらず勇太を見て小さく笑っている。
「え…」
「言える筈ない。だって、キミは何も知らないもの。ただ、今在る物を守ろうとしているだけ…」
 勇太は目を背けた。一度は世界を憎み、世間を恨んだ事もある。だからこそ、百合の言葉が勇太の心を揺らす。そんな勇太の素振りを百合は見逃さなかった。ゆっくりと勇太に歩み寄った。
「…おいでよ、君も。世界は狂っているの。キミにも、見せてあげる。教えてあげるよ…?」
 百合が手を差し出す。いざとなれば、テレポートで逃げる事も可能だ。勇太のその慢心が、判断を鈍らせる。


      ――勇太は手を差し伸べる百合を見つめ、決心した。


                              Episode.5 Fin