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Not a happy BUNNY
〜続・ふしぎなあなのあるいす〜
ステッキとシルクハットを手にしたバニー達が舞台上に現れると、同僚はしたり顔で太一を振り向いた。
いかにも凛々しい表情なのに、鼻の下が伸びているのが実に惜しい。
「お前は前回、実に残念なことをしたというのが分かっただろう。むはは、どうだ、あのふくよかな肢体。俺イチオシの子だ。ちなみにあっちの細っこいのは部長のお気に入り」
その言葉を聞いて、太一は痛むように頭を押さえた。
「部長まで……」
「お前はどの子が好みよ? スイート・マイ・ワイフだけは渡さんがな」
「貴方の嫁じゃないでしょうに」
「なあなあ、どの子どの子?」
「そうですねえ……」
子供のようにせっつく同僚の態度に、太一は真面目くさってステージを見つめた。典型的なバニーの衣装に包まれた踊り子達は、誰も彼も華やかな笑顔が眩しい。安っぽいライトに勝る光源のように見える。
太一は同僚と同様の、とろけた表情になるのを理性で抑えながらステージ上を観察した。全員美人だ。ハズレがない。
真剣に悩む太一に、痺れを切らした同僚が顔を顰めた。
「煮え切らんやつめ。なんだ、俺のワイフが可愛くないとでも言うのか」
「さっき駄目だと言ったのは貴方じゃないですか」
「よし、ならば舞台裏に突撃だ」
「怒られますよ」
「だいじょーブイ」
同僚は真顔でピースサインを作ると、親指で舞台裏を指しながら言った。
「バニー体験があるから」
「は?」
それのどこが大丈夫なのか――そう言いかけた太一を無理やり立たせると、同僚は満面の笑みで背中を突き飛ばした。
「よーし、行ってこい!」
■□■
「えー、やだあ。お兄さん女装趣味ー?」
舞台裏に控えていたバニー達に興味津々の目で見つめられた太一は、居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
「ち、違いますよ」
「でもお兄さんちょっと可愛いー。お化粧すると映えるかも? 来て来て」
強引に腕を引かれ、よろけながら中に入った太一は、抵抗をする間もなく服を剥がれた。もちろん、女性ものの艶やかな下着を強制着用させるために下着を脱がされかけたときは、さすがに抵抗し、自分で着替えた。着替えながら、なぜ自分はこんなことをしているにかと胸の内で泣いた。認めるのは癪だが、確かに女装をすることは多い。だが誰が好き好んで自分から、女装なぞしたいというのだろう。
胸の内だけでなく、現実にも若干視界を滲ませながらコスチュームを着た太一の横に、二人のバニーが何かを手に持って立った。
「お胸も詰めちゃいましょ」
そう言うなり、一瞬で服と体の間に異物を入れられた。恐る恐る視線を落としてみれば確かに、『お胸』が詰められている。
声にならない叫びをあげた太一の耳の奥で、クスクスと笑う声が聞こえた。
純粋に面白がっているその声にぎょっと体を固めた一瞬、バニーが数人がかりで太一の顔に素早く化粧を施す。目のぱっちりした顔、唇のぷっくりとした顔、鼻筋の通った顔、そして谷間谷間谷間。
太一はどこに目をやるべきか悩み、結果固く目を瞑った。よくよく考えた結論だったはずなのに、自分が罪深いことをしている気がした。
終わりを告げられ目を開けると、目を大きく見開いたバニー達が視界に入った。
「あらま。思ってたより似合うわねえ」
「ちょっとマズイんじゃないの? お客さんが本気になっちゃいかねないわよ」
「ていうか本当に化粧だけの問題なわけ? 骨格からして女っぽいんだけど」
「失礼なこと言うんじゃないわよ。じゃ、ステージ始まるから。よろしく」
口々に騒ぎ立てる小鳥、もといウサギ達に閉口していた太一は、その一言で顔を引き攣らせて叫んだ。
「『よろしく』!?」
「そうよう、体験だもん」
わいわいと祭り上げられるような形でステージに躍り出た太一は、ちらりと客席を見た。先程自分を舞台裏に向かわせた同僚は、気持ちよさそうに眠っている。眠るなと自分に言ったはずの暴挙に、太一は憤りと安堵を同時に覚えた。この格好を見られて、明日以降どんな顔をすればいいというのか。
ステージの隅で小さくなっている太一をよそに、バニー達は何本か立つポールに足を絡ませ、舌を這わせ、淫靡な表情を見せる。一番近くのポールに掴まっていたバニーに目配せをされた太一は、慌てて首を振った――つもりが、なぜかそちらに向かって歩き出していた。
他のポールにもバニー達が数人ずつ、ポールやら他のバニーやらに体を密着させている。
太一はそれを見て、開き直るどころかますます逃げたくなっているというのに、体は舞台に適応したのか、もう一人のバニーと同じ動作で銀のポールを舐め上げた。
店全体が妖しげな雰囲気に包まれだすと、真ん中にいた一人のバニーがポールから離れ、リズミカルに体を揺らしながら蝶ネクタイをシュルリと外した。他のバニー達もポールの辺りに集まったまま、自分や相手の蝶ネクタイをほどいていく。
ちらりと太一が相方のバニーに目をやると、軽いウインクとリップ音を貰った。もうさすがに戻っていいらしい。
ほっと胸を撫で下ろした太一が、今度こそ自分の意志に従ってこっそりと舞台袖に隠れようとしていると、客席から声が上がった。
「おいおい、そこのウサちゃんはなんで引っ込むんだー?」
「脱ーげ、脱ーげ」
手拍子と共に始まったコールが、店全体に伝播した。
おろおろと立ちすくんでしまった太一に向かって、一人の男がステージをよじ登った。相方のバニーが慌ててそれを呼び止めた。
「ちょ、ちょっとお客さん! おさわり禁止だってば!」
「うっせえ!」
筋肉質の手が胸元に伸ばされ、音をたてて服が破かれる――ぼとりと、『お胸』が落ちた。
「……男?」
甲高い悲鳴を上げて、太一は男に張り手を食らわせた。
■□■
帰り道、破れていないスーツに身を包んだ太一は、この世の終わりを見たような顔をしていた。
「うっうっ、もうお嫁がとれないぃぃ」
「はは、別にとれなくても問題ないじゃん。自分が化粧すれば」
「いいわけないでしょう!!」
同僚は馬耳東風というていで快活に笑うと、別れを告げて自宅に向かった。
呆れと絶望感で溜息をついた太一の耳の奥で、またクスクスと笑う声が聞こえた。太一は眉を吊り上げ、自分以外誰もいない帰路でぶつぶつと不平を垂れた。
「まったく……誰のせいだと思ってるんです。自分だけ楽しんじゃって」
笑う声は一瞬きりでもう聞こえなかったが、声の主が反省するはずのないこと、それは彼自身がよく知っていた。
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