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<東京怪談ノベル(シングル)>


- 雲のまにまに -

 ふう、と一つ溜息。
 カウンターに肘付き空いた手でESPカードをくるくると弄ぶ。
「暇ねぇ……」
 藤田あやこは気だるそうに呟いた。
 まだ日差しの高い時間。
 港区日の出駅前にマリン風の瀟洒(しょうしゃ)なレストランがあった。
 そこはあやこの経営する「かもめ水産」。
 一般的にドレスコードの店は敷居が高く、位の高い人間達が集まる。かもめ水産もそういった場だった。
 特に昼間は掃除を終わらせたらやることがない。
 もう何度目かになる溜息をつき、そのまま無為な時間を過ごすのだった。
 扉の開く音が聞こえ、緩慢な動作であやこはそちらを見た。
「昼は相変わらずね」
 店内に懐かしい顔が覗き込む。エルフの常連客の一人だった。
「あら、最近見てなかったけどどうしたの?」
 ぱぁっと顔を明るくさせ、あやこは彼女に近づいていく。
「ちょっと海外旅行にいってたの。これお土産よ」
 礼を言って凝った装飾の袋を受け取る。中には年代物のワインなど欧州の品が入っていた。
 常連客が思いだしたように言う。
「ねぇあやこ。今日は行くのよね」
「もちろん!」
 そういって笑ったあやこの顔は子供のようだった。

 日差しが満開の天窓とトロピカルな内装。外は寒風吹き荒ぶ厳しい寒さだが、この部屋は天窓からの陽光で過ごしやすい環境だった。
 日が沈むにつれ、気温が下がるとあやこ達は次第に元気になっていった。特性によるものか、はたまた彼女らの性格によるものか。
 常連客が尋ねた。
「今日のサバトは?」
「お空なの。星が綺麗よ」
「飛んでくの?私最近、飛ぶのに体重きつくってぇ」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「ちゃんとハネがあるわ」
「流石あやこよねー」
 うんうん、と頷く常連客。
 あやこについてきてといわれ、二人は化粧室脇の古びた階段を下りた。降りた先には、コオロギが鳴く草生した広大な空間があった。
 まるで駅のホームのようになっており、目の前の線路に2列の鬼火が灯る。鬼火の間に幽霊列車が入線してきた。
 運転手はいない。乗客もいない。特に気にすることもなく、二人は列車に乗り込む。
 列車の中でも他愛もない会話は続く。
「羽田に駐機場買ったんだぁ」
「あやこ御大尽〜」

 羽田空港の外れ。
 滅多に人の寄りつかない場所にそこはあった。
 通称、開かずの格納庫。幽霊列車の停車場がある。
 その先には巨大な翼を広げた船があり、足下に純白の個人用ビジネス機が駐機してある。
「うわぁ大きな船。あやこ稼いでるわね」
「あれは娘よ」
「娘ぇ?」
 翼を見上げて驚く客。これをみると娘の方が稼いでそうだった。
「何者よあんたの夫」
「養女なのよ。夫は…」
 目を伏せて涙ぐむあやこ。
 その様子から察し、少しバツの悪そうに客は謝った。
「そっか…ごめん」
「ハネはこっちよ」
 あやこはなるべく明るく言い、純白のハネへと乗り込んだ。

 空の旅は快適そのものだった。思ったより中は広く、飛行機というよりは部屋の一室にいる感覚だった。
 ハネは厚い雲の中を進み、次第に周囲を雲に囲まれた、開けた場所へ出た。
 雲海のエルフ達の夜会。
 世界各地から航空機が集まり、その翼に腰掛ける美女達。名のある富豪の令嬢や、貴族なども見かける。
 彼女たち自身も飛べるので、飛行機は空の舞台として役割を果たしていた。
「ねぇあやこさん、お話聞かせて」
 彼女たちの目的のひとつは、あやこと話をすることでもあった。
「えぇ、喜んで」
 世界中から集まったエルフ達の女子会。
 あやこはバスケットから暖かい飲み物と軽食を友人達に振る舞った。
 皆とひとしきり挨拶を終えて、あやこはこう切り出した。
「そうね、あれは晴海の鰹節センターでのことだったわ」
「か、鰹節センター…?」
 頷いて続ける。
「鰹の亡霊がいたの。もう暴れて暴れて一般人じゃ手をつけられなかった。それも群れをなしてやってきたから、建物に体当たりしたりして大変な騒ぎだったの」
「へ、へぇ〜」
 あやこの話を聞いて想像してみるが、どうにもシュールな絵柄しか浮かばない。
「警官も銃も全く歯が立たないし、そこで私に白羽の矢が立ったわ」
「まってました!」
 一人が囃し立てた。
 アッサムティーの香りが空に流れる。
 にこりと微笑み、あやこは話す。
「鰹の数が多かったから最初は圧倒されちゃってたわ。空を飛ぶ鰹なんてみたことある?ものすごいスピードで泳いでいくのよ!」
 次第に話に熱が籠もる。
「でも私は大弓で確実に仕留めていったわ。駆けつけた仲間達とも協力して明け方には全部片付けた。さすがにみんなヘトヘトだったわね」
 対象があの鰹だからだろうか、あんまりシリアスな想像は出来なかった一同だが、あやこを讃えて賛辞の言葉を投げかけた。
「すごいわ、私だったら卒倒しちゃいそう」
「あやこさんの射る姿、見てみたい!」
「他にはどんなエピソードがあるの?」
 秋の夜長に香る紅茶。雲に包まれた穏やかな空間。
 女子会の夜は長い。
 彼女たちはそれぞれの土産話に花を咲かせるのだった。