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<東京怪談ノベル(シングル)>


ご主人様とメイド様

 東京の下町、1本路地を入ったところにあるここは草間興信所。
 怪奇探偵と異名を馳せた草間興信所の扉には、現在『所長、急病の為休業中』の文字が掲げられていた。
 そう。所長の草間武彦は現在全身捻挫の為、全治2週間の休養。ベッドに横たわっていた。
 その傍らには草間を全身捻挫にした張本人・黒冥月(ヘイ・ミンユェ)がメイド姿で付き添っている。
 …まぁ、実際先に悪さをしたのは草間なので、冥月が悪いわけではないのだが。

「今日はその服な」
 メイド・冥月の朝は草間のこの一言から始まる。
 冥月がクローゼットから1着1着取り出して見せたコスプレ服に、草間がGOサインを出す。
 そしてそれを冥月が着用する…という流れだ。
「こ、これはスカート短すぎないか?」
 そんな感じで少しでも冥月が不満を漏らそうものなら草間はシレッとこういうのだ。
「あぁ、足が痛いなぁ。誰のせいでこうなったのかなぁ?」
「…」
 草間にそういわれると返す言葉もない冥月。
 すごすごと別室に移って着替え始める。
 こんな趣味を武彦が持っていたなんて…。
 このまま付き合っていっていいのだろうか?
 冥月の中で悪魔が囁く。
 いや、あいつは『探偵たるものどこにでも溶け込めるようにしなければいけない』と言っていた。
 きっと私を試しているんだ。
 今度は天使が囁く。
 どちらにしても結論はひとつしかない。
 女たるもの、男に恥をかかせるなんてとんでもないことだ。
 どんな趣味を武彦が持っていても、私は受け止めてみせる!

 とはいえ、草間のご主人様ぷりは日を追っていくごとに酷くなっていく。
「食い物持ってきて」や「飲み物持ってきて」は当然のこと。
「スポーツ新聞が読みたいな、ちょっと買ってきてくれ」
「駅前のたこ焼き屋に1日10セットしかない幻のたこ焼きがあるんだよなぁ。食いたいなぁ」
「そういや、冥月のポニーテール見てみたい」
 もう怪我のこととかまるで別事のような頼みごとをしてくる。
 そんな草間の横暴ぶりだったが、冥月はにこやかに笑顔でこう返す。
「わかりました、ご主人様」
 メイドの鏡である。
 どこにメイドに出しても恥ずかしくない。
 心の片隅に草間が治るまで…と思いつつも、やっぱり草間に甘い自分がいる。
 それは嬉しくもあり、恥ずかしくもあり…ちょっと反抗したい気分でもあった。
「よし。飯にしよう。今日の飯はなんだ?」
 草間はいつも唐突に言い出す。
「今日は白身魚のあんかけに豚しゃぶサラダ、大根の味噌汁に五穀米ご飯とチーズケーキでございます」
 だが手馴れてきた冥月に隙はない。
 スッと退席すると、ササッと戻ってきて早々に草間の前に配膳する。
「おぉ。流石だな。じゃ…あーん」
 口を開けて待つ草間に、エサ…もといご飯を与えるのも慣れた手つきである。
 もぐもぐと食べる草間は隙だらけで、とても敏腕の探偵には見えない。
 ふと見ると、草間の口の端にご飯粒が付いている。
 冥月は悪戯心が沸き起こった。
「ご主人様、動かないで」
 顔を近づけてご飯粒を舌で掬い取る。
 この間のお返しだ…と、思ったが至近距離に草間の顔を見た瞬間、冥月の顔は赤く染まった。
「…? どうした?」
 草間は平然とそう聞いた。
 ダメだ…私にはできない…何でこいつはこんなに平気そうにしているんだ!?
「なんでも…ない…です…うぅ」
 ダメージを与えるつもりが、なぜかダメージを受けてしまった冥月だった。

 そんなこんなで1週間とちょっと過ぎた。
 しかし、草間はまだ痛いというので、引き続き献身的看護を続ける冥月。
 今日の衣装は和装メイドである。
「今日は…そうだな。体でも拭いてもらおうか」
 草間はそういうと着ていたパジャマをするりと脱いだ。
「わ、私が!?」
「他に誰がやるんだよ?」
「…わ、わかりました」
 洗面器に適温のお湯を張りタオルを浸して一緒に持ってきた。
 草間の前に座って体を拭き始めた。
 引き締まった胸板…私…この胸に抱かれて…。
 あの時のことがリアルに頭の中によみがえってきた。
 思わず手を止めてしまった冥月に、草間が何かを感づいたようだった。
「なに思い出してんだ?」
「!? お、思い出してなんか…!」
 図星だった冥月はおもわずオロオロ。
 そんな冥月の態度を楽しむように、草間さらに言葉を続ける。
「俺とあの時の続きがしたいとか思ってる?」
「…わ、私はそんなことは…!」
「いいから言ってみろよ。ちゃんと言えたらご主人様が願いをかなえてやらないこともないぜ?」
 全てを見透かしたような茶色の瞳で、草間は冥月を覗き込む。
 意地悪! 意地悪!
 …でも、この目で見つめられたら私…ダメだ…。
「お願い…いじめないで…」
「ん? 俺はいじめてないぜ? できなきゃ別にいいんだぜ」
 プイッとそっぽを向く草間に、冥月は思わず抱きついた。
「お、お願いです。抱きしめてください…ご主人様」
「…」
 草間は何も言わず、冥月を強く強く抱きしめた。
 冥月は恥ずかしくて、最初なにが起きているのかわからなかった。
 だが…次第に事態が飲み込めてきた。

「武彦、いつから痛みがなくなったの?」

「え?」
 冥月から体を離した草間の顔色が一瞬にして青くなった。
 知らず知らずのうちに右手のコブシを握り締め、冥月の中で何かが切れた。
「よくも騙したわね!!」
 ストレート一発、草間の顔面にクリーンヒット!!
「あがっ!! ま、まて、誤解だ!」
「誤解? …よくもなぁ色々させてくれたわね。悪いのは私だから我慢してきたけど、度を越してると思うの。只で済むとは思ってないわよね? 今迄の奉仕に見合う分、私を楽しませるか喜ばせるかしなさい!」
 そうまくし立てた冥月はベッドに足を組んで座った。
 怒りはそうそう収まらない。
「…そうね。メイドならぬ執事にでもなって私に仕えてもらおうかしら」
「お、俺が!? おまえに!?」
「そうよ。何か文句あるの?」
 ムスッとした顔の冥月に、草間は少し考えて「わかった」と言った。
「え?」
 まさかそんな展開になると思ってなかった冥月は思わず驚嘆の声を出した。
「で? 何をすればいいですか? お嬢様」
 うやうやしく跪いた草間は、頭を垂れてまるで他人行儀にそういう。
「ま、待って! ちょっと…やだ…」
 慌てたのは冥月で、この状態にどう対応していいのかわからない。
 そんなつもりで言ったんじゃないのに…どうしてこんなことになるの?
 頭の中は真っ白でどうしたらいいか…。

「待って! やっぱりなし! いつもの武彦に戻って!!」

 半泣きになりながら、冥月は叫んだ。
 こんなのちっとも楽しくない。嬉しくない。
「…悪かったよ。だから泣くな」
 草間が冥月を優しく抱きしめた。
 その声はいつもの草間で、冥月は安心した。
「…ねぇ、1つだけお願いしていい?」
 冥月はそういうと、ギュッと草間の後ろに回した手に力を込めた。

「もう少しだけ、このままでいて」