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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


“忘却の手鏡”
「おや、こいつは…―」
 不思議な品の中で、一つの鏡が光を放っていた。派手な装飾によって縁を飾られた由緒ある手鏡として蓮の元へと辿り着いた物。
「…“忘却の手鏡”。所有者の過去を視る事が出来る神秘の鏡…。この子も役目を終えようとしている」蓮は縁を撫でながらそう呟いた。「最期の過去は、誰を映し出そうとしているんだろうね…」
 ここ、アンティークショップ・レンへと廻り着く物はこうした不思議な現象を生み出す物は珍しくない。
「この子に残された時間は少ないみたいだね…」蓮はそう呟きながらある人物の顔を思い出していた。

 蓮の思い付きは大胆な物だった。先日、偶然店を訪れた一人の来客者。特に何を手にする訳でもなく帰ったが、蓮にとっては印象の強い客だった。容姿などが特殊な訳ではないが、頭に浮かんだ人物。蓮はクスっと笑い、“忘却の手鏡”を手に取った。
「“思い付き”というのもまた、一つの廻り合わせ…」

 蓮はそう呟き、手鏡をある場所へと送った。いつもの“ツテ”を使い、何処とも誰とも知らぬ、ただ偶然に訪れた“ある人物”へと…――。
 蓮から添えられたメッセージカードはたった一言。

       『gift to you』

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         ――「いや…、死なないで…!」



 炎に包まれる教会の中でレイチェルは涙を零しながら神父を抱きかかえてそう言った。既に神父服は血に染まり、神父の目は輝きを失っている。



         ――「死なないで、マスター!」







     ――こんな世界に、生きる価値なんてあるのだろうか?


 貿易が盛んなこの街は捨てられた子供がスリを繰り返していた。孤児に性別や年齢なんて関係ない。兄弟で支え合う子。たった一人で生きている子。だが、街の人々は誰も孤児を救おうとはしない。孤児にとって、世界はあまりに不公平で醜かった。


     ――いっそ、生きる事をやめてしまえば良いとすら思う。


「このガキ!こっちへ来い!」
「うぅ!」腕を引っ張られ、レイチェルは無理やり路地裏へと連れて行かれた。「やめろ!離せ!」
「盗みを繰り返しやがって!オラァ!」店主はレイチェルを殴り、倒れこんだ所で腹を蹴った。
「ぐぁ…!うああぁぁ!」威嚇する様にレイチェルが店主へと叫びながら睨み付けた。
「女、か。ちょっとは磨けば良くなりそうな面してるじゃねぇか…」
「うあぁ!!」レイチェルが必死に抵抗しようとするが、ロクな物を食べずに育った少女の力など、男に勝てるハズもない。暴れようとしてもあっさりと捕まる。
「俺が飼ってやろうか?ん?かわいがってやるぞ?」中年の店主がレイチェルの顔を覗き込む。


        ――もう良い…。生きる事に疲れた…。
         レイチェルの抵抗はピタっと制止した。


         ――「聞き分けが良いじゃねぇか」


        ――どうしてあたしは生まれた…?
            何の為にあたしは生きてきた…?



         ――「そこまでにしておきなさい」


 不意に聞こえてきた第三者の声。涙をボロボロと零したレイチェルは見向きもしなかった。
「その少女が盗んだお金は私が払いましょう。少女を解放するのです」
「そういう問題じゃねぇ!」男がレイチェルを投げ捨てる様に手を離し、声をかけてきた男に歩み寄る。「神父か。邪魔するんじゃねぇ!」
「私利私欲の為に、迷える子を利用するのは人として間違っています。早くお店に戻る方が身の為ですよ」
「なんだ?やるってのか?」
「いえ、無人のお店を放っているせいで、どんどん盗まれていますよ」ニッコリと穏やか笑って青年はそう言った。振り返り、自分の店を店主が見つめると、青年の言う通り孤児達が次々と品物を持って走っていく姿が見える。
「しまった…!コラァ!ガキ共ぉ!」店主は走りながら叫んで店へと戻っていった。
「やれやれ、節操のない…」神父は羽織っていたコートをレイチェルにかけた。レイチェルは絶望したままの表情でゆっくりと振り返った。
「…放っておいて…」ボロボロと涙を零し、乾いた涙の筋がついている。
「死にたい、と。本気でそう思っているのですか?」
「生きる事なんて、もう疲れたもの…。死んだって誰も悲しんだりしないわ…」
「それは違いますね」
「え…?」
「今逢った私が、悲しみます」若い神父はそう言って微笑む。
「…あ…」乾いたハズの涙が再び頬をつたう。
「もし良ければ、私のいる修道院へ来てはいかがです?」そう言って、若い神父は手を差し伸べた。





 ――七年が経った。
「――レイチェル…、朝ですよ」
「ふあ…?」
 朝陽が窓から差し込む中、神父がレイチェルに声をかけた。レイチェルはベッドから起き上がり、周囲を見回す。
「…おはようございます、神父様…」
「まったく、アナタは放っておくといつまで経っても起きませんね」穏やかに微笑みながら神父がレイチェルの頭を撫でる。「さぁ、朝の礼拝をしに行きましょう」
「…んん、ふぁい…」寝惚けたままレイチェルは目をこすり、フラフラとした足取りで立ち上がって着替え始める。
「レイチェル、私がここにいるのですが…」
「ふぇ…?」寝惚けたまま服を脱ごうとした所でレイチェルの動きが止まる。「…で、出て行って下さい!」
「やれやれ、まるで私が今戸を開けてしまった様な言い分ですね…。私は礼拝堂に先に行ってますよ」困った様に笑いながらレイチェルは部屋を出て行った。
 レイチェルは恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらいそいそと着替えた。


 ここは山の中にある小さな村。レイチェルはこの村で見習いシスターとして日々を過ごしている。栄えている海に面する街とは対照的に、この村は静かでとても平和な村だ。そして村の最北端、切り立った崖の近くに修道院はある。村の人々が朝の礼拝に足を運ぶ光景は、レイチェルにとっては見慣れた光景である。
「あら、レイチェル。今日も可愛いわね」
「ありがと、おば様」
 すれ違い様に声をかけてくれた村人に、レイチェルはそう言って鼻歌混じりの礼拝堂へと向かって歩いていた。
「シスター・レイチェル。朝の礼拝に遅れるとは何事です?」礼拝堂の扉を開けようとした所で、司祭がレイチェルに声をかけた。「まったく、教育係のあの神父は何をしているのだ…」
「申し訳ありません、司祭様…」
「まぁ良いでしょう」ツカツカと足音を立てながら司祭は礼拝堂の中へと足を運んだ。レイチェルはそんな司祭の背中に向かって舌を出してベーっと悪態をついた。
「コラコラ、そんな事をするものじゃありませんよ。司祭様もまた、最近村で流行りだした病気でピリピリしているのでしょう。怒らないであげてください」後ろから神父が声をかけた。
「病気?」レイチェルがさっと振り返って尋ねる。「どんな病気なのですか?」
「感染者は徐々に血の気を失い、理性を失う。やがては親族や友人すらも襲い、ゾンビの様に醜く変化してしまう病気。私も耳を疑いましたが、既に発症して亡くなった方は何人もいる様です」
「そんな病気があるのですか…?」神父は普段から冗談でレイチェルをからかう様な事はしなかった。そんな神父の言葉だからこそ、信じられる様な病気。
「礼拝で人々の心に祝福と安寧をもたらせる為にも、私達が怯えてはなりません。しっかりと務めを果たしましょう、レイチェル」
「はいっ」


 通称、“ヴァンパイアウィルス”は徐々に感染の手を広げていた。感染者の体液が身体に侵入した者は次々と発症し、人から人へ広がっていく。感染して自分までもゾンビの様になりたくないという想いから自殺を選ぶ人々もいた。

 レイチェルもまた、発症を起こす前兆を見せていた。

 礼拝に来ていた村人の一人が突然発症を起こし、近くにいた子供を襲おうとした。レイチェルがその異変に気付き、子供を身を挺して庇った結果、レイチェルは今発症の第一段階である高熱にみまわれ、寝込んでいた。
「レイチェル、気分はいかがです?」神父が寝込んでいるレイチェルの元へと見舞いに来た。
「神父…様…」息も絶え絶えに、高熱で身体は言う事も効かなくなったレイチェルは顔だけをなんとか神父に向けて呟いた。
「無理をしてはいけません。さぁ、水を持ってきました。少しは飲んだ方が良い…」そう言って神父はベッド脇にある椅子に腰掛け、レイチェルに水を少しずつ飲ませた。
「ありがとう…ございます…」
「気分はいかがです?何かして欲しい事はありますか?」
「神父様…」レイチェルは手をゆっくりと差し出した。「どうか…、私を殺して下さい…」
「…っ!何を言っているのです…」
「もう、時間の問題です…。発症した者は…人を襲います…」
「確かにそうですが…――」
「――憶えていますか…?」レイチェルが言葉を遮る「孤児だった私を、救ってくれたあの日…。あの日から、私は幸せでした…」
「レイチェル…」
「名前を与えてくれて…、食事を、知識を与えてくれた…。こんな終わり方、したくない…。けど、アナタを襲う様な事があったら、私は…!」頬を大粒の涙が零れる。
「アナタはあの日、死にたいと願いました…。今でも、そう思っているのですか?」
「あたし…生きたい…!」涙がどんどんと溢れていく。「アナタと一緒に…、生きたい…」
「解りました。私がいずれ、アナタを眠らせるその時まで、アナタを死なせません…」そう言って神父は手元にあった果物を切る為のナイフで指を切り、ベッドの周りに血で文字を書き始めた。
 レイチェルは知っていた。禁術となった永久の契約。以前、そういった物が存在する事を、神父自身から聞いた事がある。永遠に死ねなくても、神父である彼と一緒ならそれでも良い。レイチェルはそう想いながら目を閉じた。
「私がマスターとして、アナタと共に生きましょう」
「はい…」



  ――こうして、レイチェルは神父のサーヴァントとして契約を交わした。




「チッ、不完全なゾンビ共しか生まれないとはな…」
「やはり、アナタがこの凶事の首謀者でしたか、司祭様」
 礼拝堂の奥にある司祭の私室。司祭に神父が問い詰めた。
「…やはりお前は頭が回る」そう言って司祭はゆっくりと振り返って神父へと冷笑を浮かべた。
「どうやら実験はここで幕を引くしかない様だな」そう言って司祭は胸元へ手を入れた。
「何故こんな惨い事件を――!」
「莫大な報酬の為、だよ」銃声が鳴り響く。神父の胸を銃弾が撃ち抜き、神父は力なくその場に倒れた。「目撃者は消す。悪く思うな」
 司祭はそう言って手元を照らしていた蝋燭で紙を燃やし、カーテンへと火を点け、部屋を去った。






――「死なないで、マスター!」
「…レイ…チェル…。すいません…。約束を、守れませんでした…」
「ダメ、喋らないで…!」レイチェルが神父を抱き締めた。
「…生きて、世界を見るのです…」レイチェルの髪を撫でて神父は今にも消え入りそうな声でそう言った。
「いや…!マスターがいないのに…、生きるなんて…!」レイチェルの言葉は空を切っていた。神父の手がダラリと垂れる。「…マスター…?…マスター…!」



         ――あなたと一緒に生きたかった。

         ――あなたと共に、死にたかった。




――――。




「マスター…」ギュッと手鏡を握り締めながら、レイチェルは呟いた。




「きっとあなたを、探し出してみせる…。あたしの最期の我儘、聞いてね…」



      ――「あなたの手で、どうかあたしを眠らせて…」


                                 Fin




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:8519 / レイチェル・ナイト / 女性 / 17歳 / 職業:ヴァンパイアハンター】


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■         ライター通信          ■
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依頼参加有難うございます。白神 怜司です。
過去設定を強く出すという形になる今回の“忘却の手鏡”でしたが、
いかがでしたでしょうか?


気に入って頂ければ幸いです。


今後もまた、機会がありましたら是非よろしくお願い致します。

白神 怜司