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<東京怪談ノベル(シングル)>


   かもめ水産の優雅な一日

「……ふぁ」
 藤田・あやこは大皿を手にしたまま、小さくあくびを噛み殺した。
 ここは港区は日の出駅近くにあるカフェ『かもめ水産』。彼女はこの店のオーナーだ。北欧風の調度で揃えられたこのカフェには、どこか浮世離れした感じの客が、時折ふらりと立ち寄ってはこの店自慢のトーストを食べにくる。ただし店に入れるのは女性限定――ドレスコードはスカート限定なのだ。男性はもちろん、女性でもズボンを着用しているようならば、彼女は毅然とした態度で入店をお断わり願う。
 もちろん彼女自身もスカート着用だ。膝よりわずかに短いスカートから伸びる足はほっそりとしていて、彼女の美しさを引き立たせている。そんなドレスコードを指定したのも、あやこ自身。何でもこの店は『絶対女子圏』なのだそうで、女の子たちがほっと一息つける空間が欲しいというわけなのだろう。
 まあ、ちょっと変わったこのカフェ、当然といえば当然だがそれほど流行っているわけではない。それでも寒い時期には足を運んでくる女性たちが増える。ただし彼女たちの耳はわずかに尖っている――エルフの女性たちなのだ。トーストがメインメニューなのも、彼女の
「エルフが寝起きに食べたいものって、紅茶にトーストよねー。違うかしら?」
 という発想からだったりする。彼女自身も、そんな女性たちのご同類だからなのだろう。このカフェも、彼女のそんな発想を現実にしたもの。若くして女性投資家となったあやこからすれば、このくらいゆったりした時間が過ごせるのも楽しいのだ。

「ハーイ店長、お久しぶりー」
 その日も暇を持て余したエルフの若い娘がひょっこり顔を出す。カジュアルなスカートスタイルで、店は彼女を快く招き入れた。
「あら、今日はどうしたの?」
 あやこは艶然と微笑んで、水を運ぶ。このエルフもまた、カフェ『かもめ水産』の常連客だ。オーダーを受けてから、厨房に足を運ぶ前に、そうやって声をかけられた。
「んー? いや店長、聞いてよぉ」
 おしゃべりが好きそうなエルフの娘は、客が自分のみなのをわかってか、あやこに気さくな言葉をかけてきた。あやこもまた、そんな客の話を聞くのが好きである。この店を経営している一つの原動力となっているくらいにだ。
 お互い、自分の素性を細かく言うことはない。ただ、おしゃべり好きな若い娘たちが集まって、きゃあきゃあと会話を交わす――それだけ。
 まあ、その中でも特に周囲の受けがいいのはやっぱり古今東西を問わず恋の話。今日の娘も、そんな話題を切り出してきた。
「彼氏がね、今度お台場でディナーしないか、って」
 娘の声は弾んでいる。髪をかきあげる仕草が可愛らしい、大人と子どもの間のような雰囲気を残したエルフの娘だ。恋人がいて当然だろうなと、あやこもうなずける。
「あら、羨ましい。彼氏さんもこんだけ可愛らしい彼女持てるって、幸せ者よねぇ」
 あやこがそう言うと、娘はちょっと照れくさそうに微笑んだ。
「そんなことないですよぉ。店長だって、ステキじゃないですか」
 客の言葉に、
「あら、そうかしら?」
 そう言ってふふっと微笑む。
 けれど、その心のなかは複雑だ。
 あやこはすでに二度、夫を喪っている。いまはニューヨークで籍を入れた相方がいるのだが――問題はその相手にある。
 相手は、あやこの亡夫が提供者となって角膜移植を受けた、女性だ。
 この婚姻関係じたいは非合法でないのあやこ自身もはわかっているのだが、なにぶん女二人の世帯となるわけで、複雑でないほうが難しいといえるだろう。女性と女性というだけでも、普通の婚姻とはかなり異なってしまう。
 そしてさらに彼女を悩ませているのは、パートナーの瞳に映るあやこの姿だ。それはパートナーのみのものか、それとも亡き夫が瞳の奥に宿していた彼女の面影までも見えてしまうのだろうか。
 そんなことを考えてもきりがないのは十分承知のうえだが、それでも考えてしまうのは、女の性だろう。
 愛されたい、愛したい――けれど、それをはっきりとした言葉と態度で示すには、まだ彼女自身も納得しきっていないのだ。
 でもそれは、胸の奥にしまい込んで。その心は、この場にふさわしくないから。

「……でも、いいプレゼントとか、思い浮かばないんですよねー。せっかくだから、なにかあげたいんだけど」
 いじらしいエルフ娘の、かわいらしい悩み。
「そうねぇ……じゃ、うちのブランドから、何か見繕ってみる?」
 あやこが財をなしたのは、彼女のデザインした蛾をモチーフにした男性向けのミリタリーブランド『モスカジ』のおかげだ。あやこはせっかくだからと最新コレクションのカタログを持ってきて娘に披露する。
「わあ、これとかいいなぁ」
 一目で気に入ったのだろう、ちょっとハードなデザインのウォレットを指さしてうれしそうに楽しそうに微笑む。その笑顔を見るのが嬉しくて、この店にいるということもある。
 そこへこの店のもう一人の女主人――天王寺・綾が元気よくカフェの扉を開けた。
「なんや、今日もこんな感じかいな」
 関西弁が耳に心地よい。颯爽とした感じのミニスカート姿は、彼女の性格をよく表しているとも言えた。
「あら、綾。今日は講義があったんじゃ?」
「それが突然休講になってなぁ、それなら思うて顔出しに来たんよ」
 綾はあやこの問いかけにそう応じ、それから客席を見た。
「お客さん、ご注文はお決まりで?」
 そういえば話に夢中になるあまり、おたがい注文のことを忘れていた。
「あ、あたしが店長にちょっとわがまま言ってたから」
 エルフの娘はそう言うと、よろしくとばかりにあやこを解放する。あやこも微笑むと、
「それじゃあ、クッキングコロシアムバトルキッチンシンクインゴー!」
 と、この店独特の掛け声をかけて、最新鋭のシステムキッチンに向かった。
(さて、彼女にはトーストと紅茶に、なにかつけてあげようか。タコさんウィンナーとか、喜んでくれるかしら?)
 そう思いつつ調理を始めるあやこは、今日もカフェ『かもめ水産』で、のんびりと優雅に一日を過ごしていくのであった。