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<東京怪談ノベル(シングル)>


子育ても大変だ
 煤や灰があたりに漂い、空気を染める。
 元の空気がすでにどんなものだったかもわからない。
 響き渡るのは怒声と泣き声。
 そこかしこから立ち上る煙が、親子の姿をゆらゆらとゆがませる。
 
 時は戦時。
 場所は東京。

 資材供出で山積した玩具を背に泣く子供。その子に非国民、と叱り、その腕に抱いた玩具を取り上げる親の姿。
 玩具の軍艦は鉄材に。セルロイドの人形は爆薬となる。
 お寺の鐘さえ戦争の材料になる時代。
 子供の玩具すら、容赦なかった。

 そこは狭い空間。
 土と様々な体臭が入り交じったにおいがあふれている。
 おびえた少女の腕には人形が抱かれ、同じような表情で小さく蹲っている少年の腕には、軍艦の玩具があった。
 姉である少女は弟である少年の肩を人形ごと抱き、恐怖に瞳を閉じた。
 地上では空襲をつげるサイレンが鳴り響き、ミサイルが投下される爆音が防空壕ごと揺らした。
「ここも危ない! 逃げた方がいい!!」
 誰かの叫び声に、騒然となる防空壕内。
 姉弟は大人の逃げる渦に巻き込まれ、もみくちゃに引き離される。
 それでも玩具を持っていない方の腕を懸命にのばし、手が触れあおうとした瞬間、光に包まれた。
 軍艦ごと焼かれる弟の姿。姉も人形とともに髪を焼かれ、本人も焦土と化した地面にたたきつけられた。

 時は進み、現代日本。
「ちょっと貴方にやって欲しい事があるの」
 いきなりやってきた少女は、藤田あやこに思い切り上から目線に話しかける。
 少女の名前は鍵屋智子。年齢は14歳とかなり若いが、天才科学者である。
 夫二人に先立たれ、それでも割り切った独身生活を謳歌しているあやこに、鍵屋は特命を言いつける。
「子守?」
 聞き返したあやこに、鍵屋は大きく頷く。
「ただの子守ではないのよ」
 とはじめる。
 なんでも拉致少女の脳髄が移植された軍艦だと言う。IO2が虚無の境界から押収したもの。
 あやこはどん引きしたものの、引き受けることにした。

 羽田、開かずの格納庫。
 あやこの目の前には、翼を広げた巨大な軍艦の姿。
 ミニスカOL姿で見上げながら、機体を愛おしそうに撫で、優しく語りかける。
「お母さんよ〜」
「帰れ糞ババア」
 大音量で拒まれ、あやこは耳を塞いで苦笑する。
 軍艦の子守ってどうすればいいのかな、と思案しながら機体を見つめる。
「…まさか、蝶のデザインを描いたら怒られるよね…」
 ブティックモスカジの創業者でもあるあやこは、機体に描かれた蝶の模様を想像して一瞬うっとりとした。

 結局、子守をしたのだかわからないまま、あやこは港区にある、カフェ・かもめ水産の女店主に戻り、大皿を抱く。
「育児って大変ねぇ…。ま、いっか!」
 あやこは暇そうに大皿の縁を指で辿り、マイペースな面持ちで呟いた。
 店内の片隅に、セーラー服姿で丸坊主の少女が座っていた。その手には錆び付いた古い軍艦の玩具が握られている。少女は魂の抜けた人形の様にぼーっと座っていて、周囲には鬼火や赤子のような人影があった。
 あやこはその少女を見つめながら、鍵屋の顔を思い浮かべた。
「あの子がその戦艦? の端末? へ〜」
 あやこの話に、常連客のエルフは頷く。
「心が閉じたままなのが気がかりで…」
 嘆くあやこに、エルフは首を少し傾げてあやこの少し後ろに視線を向ける。
「因業だね…土地つーか家系? 凄く根深いね」
 視線を戻し、慣れた手つきで占う。
「業なの?」
 戸惑うあやこに、エルフは少女を霊視し始める。
 すると、姉弟の霊が現れた。その手には軍艦と人形の玩具が。
「受容してあげて…」
 エルフに促され、あやこは微笑む。
「お母…さん?」
 呟く少女に、あやこは大きく頷いて、両手を広げた。
 少女は転がるようにあやこの腕の中に飛び込み、初めて表情をあらわにして、泣いた。
 瞬間、少女の背後が光に包まれ、すっかり様相が綺麗になった姉弟が、光の中にとけるようにゆっくりと消えた。
「成仏…したみたいね」
 エルフの女客は、カードを小さく弾いた。

「おか〜さん、あのスカート欲しい〜」
 少女があやこの手を引いて、マネキンに着せられたスカートをつかむ。
「わぉ」
 あやこは値札を見て怯む。
 が、くるっと少女に向き直り、にっこりと微笑む。
「おか〜さん、頑張って稼ぐからねっ」
「うん、おか〜さん頑張って☆ わたしもお手伝いするねっ」
 母は強し。
 少女の髪が綺麗に生え揃う頃には、ウィッグをはずして、沢山お洒落して出かけよう。
 あやこは少女の笑顔に心の中で誓った。