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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.6 ■策略■

 勇太に向かって百合は変わらずに手を差し伸べていた。
「どうしたの?怖いの?」
「そんな事ない」勇太は意を決し、百合の手を掴んだ。「もう迷わない。全部知って、俺がお前も助けてやる!」
「そう、それは楽しみね…」
 百合はそう言ってクスっと笑いながら空間に扉を開けた。勇太は百合の後をついて空間に開かれた扉へと足を進める。

「(…何で俺が研究に協力させられてきたのか、能力を使った実験が何だったのか、解らない事だらけだったけど、突き止めてやる…!)」



――。



「―ここは…?」
「“虚無の境界”の東京支部。つまり、本拠地よ」百合がそう言って勇太の手を離した。
「ここが…」勇太は辺りを見回す。
 どうやらここも勇太が幼少期を過ごした研究施設と類似した造りをしている様だ。様々な機械が置かれている不思議な空間。まるで映画や漫画の世界の様だとすら勇太は感じている。
「ついて来て。迷子になるわよ」
「バ、バカにすんなよな!」
 勇太は百合に連れられるまま奥へと歩いていく。薄暗いせいか方向感覚がどうにも掴めない。最悪の場合、テレポートで寮に直接逃げれば良い。
「そういえば、“私を助ける”って言ってたけど、どういう意味かしら?」歩きながら百合が勇太へ尋ねた。
「お前も実験対象の被害者だろ?俺もそうだった。何も知らなくて、俺はただ母さんを助けたくて…」
「確かに、私も実験の対象者だったのは違いないわ」百合が淡々と言葉を続ける。「騙し討ちをするつもりもないから言っておくけど、私は自分から実験に立候補したのよ」
「立候補…?」
「そうよ。それで私は今の能力を得た。A001であるキミの脳から得た情報を基に、私は手を加えられた。嫌々実験に協力してきた訳じゃないわ」
「自分から…?一体何で…!」
「勘違いしない方が良いわよ」百合が振り返る。「さっきも言った通り、“あの人”が私に全てを与えてくれた。だからこそ、私は“あの人”と共に生きる。キミがどんな綺麗言を並べようと、私の意志が変わる事なんてない」
「でも…―!」
「―着いたわよ」百合が戸を開ける。
 勇太が目にしたのは、一人の女性が椅子に座ってこちらを見ている姿だった。女性は勇太を真っ直ぐに見つめて優しく微笑んだ。
「おかえりなさい、A001」
「誰だ、お前?」
「霧絵様に無礼な口をきくな」百合が銃を構えて勇太を睨む。「霧絵様。予定通り、A001を連れて来ました」百合が銃を降ろし、霧絵と呼ばれる女性に向かって跪く。
「霧絵様ぁ?」
「フフ、憶えてないわよね。アナタと会ったのは、アナタが研究所に連れられたあの日だもの、ね。私の名は“巫浄 霧絵”。“虚無の境界”の盟主よ」
 勇太は唖然としていた。武彦から聞いていた、“虚無の境界”というテロ集団。その頭目と呼べる相手が今こうして目の前に立っている。偽物かと思えるぐらい、その姿に威圧感も恐怖も感じない。疑問ばかりが勇太の頭の中を渦巻くが、それを整理している暇なんてなかった。
「アンタが、本当に“虚無の境界”のトップなのか?」
「えぇ、そうよ」否定する事もせず、霧絵は椅子に座ったまま答えた。「それで、一体アナタは何を知りたいと言うのかしら?」
「え…?」
「アナタの心が言っている。答えを見つけたい、と。私に会い、その真実の形を知ろうとしている」
「なら、何でアンタは俺を利用した!?実験に協力しろと、そう言っていた筈だ!」
「霧絵様にそんな口の聞き方をするなと―」
「―良いのよ、百合」銃を構えようとする百合を霧絵が制止する。「彼には聞く権利がある。我々の同胞として働く事になるのだから」
「同胞…?」勇太が聞き返すが、霧絵はクスクスと笑っていた。
「そうね、始まりはテレビ番組だったかしら…。アナタが超能力少年として一躍有名になった頃、世間はトリックを使って操作した、ただのインチキだと思っていたわ」霧絵が淡々と話を続ける。「でも、アナタの披露した特殊な力は、トリックとしての説明なんてつかないモノだったわ。そこで私は確信した。アナタの能力は先天的なモノだと」
「先天的なモノ…?」
「そう。この世界には、今二通りの能力者がいる。一つはアナタみたいに、先天的に目覚める能力を持った人。そしてもう一つは、そこにいる百合の様に、人為的に能力の開発に成功したタイプ。アナタは私と同じく、前者。先天的に手にした能力者」
「だったらどうだって言うんだ!だからって、テロ行為をして良いなんて考えにはならない筈だ!」
「アナタは知らないのよ。この世界がどういう形で今を形成し、この先どういう未来を創り上げていけば良いのか…。それを知らない者はあまりに多いわ」
「何を言っているんだ…」
「数多の宗教や文明が、世界の終わりを口にしている。つまり、人間はそういった先人達の築いた運命の手の平で踊らされているのと同じ。私達はそんな世界を歩かせられてきている。滅びが定められた運命ならば、それを乗り越えずして人間は次なる一歩を迎える事なんて出来ないのよ」そう言った所で、霧絵は立ち上がった。「アナタには協力してもらいたいのよ。我々が新たなる一歩を進むまでの、礎として」
「…断る、と言ったら?」
「誰かがやらなければ、終わらない。アナタを協力させる事が出来るのであれば、そうね…。今までに実験に使ってきた子を、解放してあげるわ」そう言って霧絵は百合を見つめた。百合は何も喋らずに頷き、空間の扉を開き、姿を消した。「勿論、断る様な事があれば、実験に協力させてきた小さな子供達はもっと危険な実験に協力させる。最悪、命を落とす様な実験かもしれないわね」
「きたねぇぞ!人質取りやがって!」
「これは交渉ではないのよ、A001」霧絵は変わらずに淡々と喋る。「ただ、幾つかのプロセスを省略して次の段階へ行ける。それだけの事よ」
「お待たせしました、霧絵様」霧絵が手を伸ばせば届く位置に空間を繋ぎ、百合は子供を三人程連れて現れた。
「なら、こうするだけだ!」勇太がテレポートをして子供達の目の前に姿を現し、子供達を救おうと手を取ったその瞬間、勇太の身体に電撃が流れる。「ぐっ、うあぁぁ!」
 唐突に身体を襲った電撃に、勇太はその場で倒れ込んだ。
「キミの能力と性格を考えれば、そうしようとする事なんて容易に予測出来る」百合が口を開く。「この子達は私と同じ。自らの意志でここにいる子達よ」
「…ぐっ…」言う事を聞かない身体で勇太は百合を睨み付けた。
「さぁ、本気を出しなさい。アナタの能力はそんな程度ではないわ」霧絵が勇太の頬に手を当てる。「実験段階だったあの頃より、基礎体力もついてきている筈よ」
「くっ、どういう事だ…!」
「忘れたのかしら?」霧絵が冷笑する。「アナタの能力は対“IO2”として殲滅能力を引き上げ、殺傷能力を強化した」
「テロの為に…?」
「そうよ」霧絵は百合が連れて来た子供の一人を手招きして呼んだ。「さぁ、この子の記憶を甦らせて、思い出させてあげましょう。人格も捨て、私の道具に戻りなさい、A001」
 霧絵の言葉を聞いて、子供が勇太の頭に触れた。瞬間、勇太の頭を強烈な痛みが襲った。
「ぐっ…!あああぁぁぁ!!」
「フフフ…」



        ―一人で意気込んで、その結果がこれ…なのか…?



            ―俺は、人殺しになるのか…?


              ―そんなの、嫌だ…!
        やっと叔父さん以外にも、認めてくれたのに…。


          ―でも、きっと怒られるんだろうな…


          ―それでも…、アンタなら、きっと…



           ―「草間…さん…!たすけ…て…」





 ―乾いた涙の跡を残したまま、勇太は起き上がった。その眼に、以前の様な光は宿っていなかった…―。






 ―勇太の最後のテレパシーは、あの男にしっかりと届いていた。


「…チッ、あのバカ…!」いつもの煙草を灰皿に押し付け、男は部屋を後に外へ走り出した――。


                           Episode.6 Fin