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- 謎解きはティータイムの前に -
波止場で潮風にスカートを揺らす藤田あやこ(7061)。
なびく髪を押さえながら、片手を水平に薙いだ。
ブォン、と無機質に震える音が聞こえ、宙に数字の羅列と円や棒、折れ線のグラフが表示される。投資の情報だ。
いちいちネットを開くのがめんどうだというあやこの思いつきから、投資情報を魔法で表示させることを可能とした。
宙に浮いた文字を指で操作し、今日の日課を終えた。
巷で話題のカフェがある。
港区日の出駅前にある、「かもめ水産」。
ドレスコードのスカート限定という、倉庫街には場違いな小洒落た店だ。
「ごめんね、スカートじゃないお客様はお断りしてるの」
そういって店主のあやこが客を見送った。
今日も噂を聞きつけたパンツルックの女性客がやってきていた。クチコミで広がったのか、最近はこういう対応も少なくない。
客の中にはさらに不釣り合いな主婦や学生のような女子がちらほら見える。
ニートにしては小綺麗な格好をしていたが、皆スカートを着用しているのは共通していた。
この店がスカート着用を義務づけるのは理由がある。
エルフは太腿に翼の動力源を持ち、排熱の都合上スカートが普段着となる。
ジーンズなど穿こうものなら、いざというときに店を守れないし、もしそのまま力を行使すると下腹部に熱が溜まってとんでもないことになる。
お洒落でたまに惹かれることもあるが、スカートがあやこの日常だった。
あやこの衣服の繊維は一種の集積回路で、歩行時に太腿熱源の力で特殊な器具なしに魔法を実現することも可能だった。
店の内装は青と銀の2色がメインカラーで使われている。
可愛い鴎の絵とフィンランド語でKALASTUS LOKKIのロゴ。調度は北欧風でガラス張り。桟橋を見渡す陽光たっぷりのテラス。中央のカウンターに最新鋭のレンジ、IH、液晶画面まで完備。オーダーが通れば女店主が「クッキングコロシアムバトルキッチンシンクインゴー!」の掛声と共にウキウキ調理を始めるノリのよさ。
全ての要素とギャップが人気の秘密なのだろうか。
少し店が落ち着いた頃、ためらいがちにエルフの常連客があやこに話しかけた。
「あやこさん……、あのね」
「どうしたの?」
あやこはお客の悩み相談もうけている。今回は都内在住、若き家主の悩み。
彼女によると、最近になって入居者との諍(いさか)いが絶えず疲労困憊しているという。
やれホールが汚いだの、近所のカラスをどうにかしろだの、何かにつけていちゃもんをつけてくるそうだ。
「今まではそんなことはなかったの。みんな良い人達ばかりだったわ。毎朝の掃除も手伝ってくれるような人達がどうして急に……」
家賃収入で投資用物件を次々買い替える迄は平和だったという。
「住民の方はいつ頃からそうなったのかしら?」
「2ヶ月くらい前かしら……。それから人が変わったようになったの」
「家賃を増額したとか、そういうことはしてないのよね?」
「もちろんしてないわ!」
「そうね……」
コロコロと表情の忙しい相談者を見てさっきの言葉を思い出していた。
「そういえば、投資用物件を買い替えたのはいつ頃かしら?」
「え?確か2ヶ月前くらいだけど……」
やはり、とあやこには思い当たる節があった。
「それはきっと、セリオラの仕業ね」
「セリオラ……?」
「鰤の下級精霊よ。人の出世欲が主食でたまに副作用としてその人や周りの人に悪影響がでることもあるの」
「でも私、どうすれば……」
「大丈夫よ、私に任せて」
暗い顔でうつむく彼女に優しく微笑んだ。そして、
「クッキングコロシアムバトルキッチン、シンクインゴー!」
明るく店の掛声を叫んで、調理を始めた。
あやこの切り替えの早さについていけずぽかんとしていた女性客の前に、大きめの皿に乗った鰤の塩焼きが出される。
「え、私頼んで……」
うろたえる女性の口元に人差し指をあて、片目をつむってウィンクをした。
「出陣前に腹ごしらえよ。ちょっと作り過ぎちゃったから一緒に食べましょ」
「……はい!」
港区の上空を音もなく滑空する機影が一つ。
レーダーに映りにくく超音速で飛べる次世代戦闘機。あやこが投資の利益で買ったものだった。
あやこは若い家主の言ってた物件を、夜の帳(とばり)から眺めていた。
ここは店からも近い。店から羽田の専用格納庫まで伸びる鉄道も見てとれた。
遮るビルなどない上空は風が強く、あやこのスカートも踊るように揺れる。
前方より薄い影が見えた。セリオラだ。
奴らは毎回寝床としている場所からここまで、わざわざエサを喰らいに来るのだ。
数は4,5匹といったところか、これなら討伐は容易だろう。
「あやこさん!」
先ほどの家主の女性客が合図をすると、あやこと女性の二人は翼を広げて外に飛び出した。
16カラットエメラルドの指輪、純金の腕輪に真珠を贅沢にこしらえたネックレス。
身体を宝珠で着飾っていた。
セリオラが追ってくるのを確認し、あやこはとある場所へと誘導する。
あらかじめ魔法で定置網を張っていたのだ。
ビル群の間を抜けると、あやこは振り返り指を鳴らした。
すると先ほどまで何も無かったビルの隙間に、まばゆく光を放つ格子状の網が現れた。
見事にセリオラが全部ひっかかってくれた。
暴れて抜け出そうとするが、暴れるほどに網が絡みついて動けなくなる。
「やった!あやこさん!」
そういって若い家主はあやこに飛び込んだ。
「これで事件解決ね。さ、帰りましょ。こないだ仕入れたオススメの紅茶をご馳走するわ」
夜空で冷えた身体を労い、二人はかもめ水産へ戻った。
常連客の悩みを聞くのも、あやこの楽しみの一つなのだ。
明日はどんな一日になるのだろうか。
それを考えるだけでも日々が楽しみで仕方がない。
その紅茶はお砂糖無しでも甘い香りを漂わせていた。
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