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<東京怪談ノベル(シングル)>


●虫食いの月

 闇と言うには、あまりに不完全な黒の中を、銀色の月が照らしていた。
 まるで、食いちぎられたような間抜けな様に、思わず失笑を漏らす。
 自分の心のような虫食い、そのまま、月も落っこちてしまえ、と思った。

 ――港区の瀟洒なカフェ『かもめ水産』

 事実上、女子限定のお店であるこのカフェ。
 優しいエルフの女店長が、様々な事情を持った女性客を心温かい手料理で持て成す場所。
 故に、居心地がよく、訳ありの客も訪れやすい。
 その『訳あり』に当てはまるだろう三島・玲奈(7134)の尖った顎や、真一文字に結んだ唇を店内の照明が照らす。
 内部に踏み入った彼女のささくれ立った心が、この居心地良い空間にすら腹を立て、過敏になった心は些細な事で傷ついていく。
 今日、彼女の心を傷つけたのは『流行り』として話題になっている『男の娘』の事だった。
 女性にしか見えない姿を持つ、男の子や、女装する男の子。
 可愛い衣装に身を包んで、ちやほやされて――ふ、と視界に入るのは、見慣れた高校の制服だ。

「(何だっていうの?!男の娘が流行りと言うけど、あたしは女に生まれて機能不全の女)」

 男にも女にもなれはしない、何度、涙を流せば答えは見つかるのだろう。
 一体、自分は何なのか……誰に聞いても帰って来ない問いの答えは、闇の中に消える。
 泣きそうになって、目に力を入れて耐える、紫と黒の瞳が、優しい微笑みを称えるエルフの女店長を見、口を開いた。

「うるせ糞婆ー、言えよ!IO2からの養育費目当てなんだろ?ヅラの上から汚い手で撫でんじゃねぇよ」
 彼女の髪は、髪ではない、正確には鬘であり、それがまた彼女の心を暗くしていた。
 綺麗な髪は女の色気、何て言うけれど……求めても、得られない。
 誰を傷つけたいのか、誰を責めたらいいのか分からずに、当たり散らす。
 それでも「おかえり」と微笑んだままの女店長兼、母の笑みは崩れない。
 それが、無性に腹が立った。
 傷つきさえすれば、怒りさえすれば、見放してくれれば……此れ以上、期待せずに済むのに。
「エルフ女子、何なの此奴らキメぇ。永遠の若さ!美貌!結構ですねー。で男に媚びて何やるすか?確かガキは花が産むんだよね」
 ケラケラと喉の奥から吐き出すように、笑い声を作る。
 引き攣った表情は、棘に混じった言葉に隠れて気付かれる事は無く。
 挑発されたエルフの女子達は、目にあからさまな剣を浮かべて玲奈を見た。
「人間女子様。どうすか?限りあるから尊い命、老いも美?結構……子孫を遺すだけの人生ってどうすか?」
 本当、意味も無い命ですね、と言いきって、唇から落ちた言葉は。

 ――クダラナイ

 無限であれ、有限であれ約束されている者は、同種と言う仲間が存在する奴等は、何て楽なんだろう。
 悩み、そんなもの、あたしに比べれば些細なもの。
 あたしは、誰にも見向きもされなくて、嗤われるだけ――。

「ちょっと、こんなのと一括りにしないでよ!」
「キメぇって、何、あんたに言われたくないんだけど」
 飛び交う罵声と、そして傷つけ合う言葉、それを見て声を上げて笑った。

 ただただ、嬉しかった、まるでこの時だけは誰も彼もが孤独だ。
 お互い傷つけ合うしかなく、同種の結束も、慣れ合いも存在しない。

 心を開け、なんて甘い言葉は言われつくして、心の表面にすら到達できない。
 言われて、斬り捨て、そして省みず。
「心を開けと言うけど、あたしの正体みたら皆笑う。この世に居場所なんかないの」
 楽ですね――貴女も、貴女達も、楽ですか、いいですね。
 冴え冴えと冴えわたる銀色の月の下、神秘的な風貌に、幽かな悲しみとそれ以上の殺意を宿らせ、玲奈は嗤った。



 コトリ、テーブルに置かれた丸い縁の丼鉢から立ち上る湯気。
 繊細な出汁の香り、使い慣れた箸。
 すとん、と玲奈はその場に座り込み、途方に暮れた子供のように義母の顔を見上げる。
「互いに、相容れない違いを持たぬ存在は虚無に等しいの……理解しえなくていいし、居場所は作ればいいんだから」
 貴女も、貴女も、貴女も――全員が違う存在なんだから。
 全く同質の存在があるならば、何を持って己とするのだろうか。
 世間を渡って来た、母の言葉には温かみと厚みがあった、年若いエルフや人間達もその言葉に聞き入る。
「玲奈は、自分の身体に優越感を持ちなさい」
「……でも、あたしに居場所なんて」
「それを今から、探していくんじゃないかしら?」

 怒りの炎が、徐々に水を掛けられたかのように静かに収まっていく。
 過ぎ去ってしまえば、何時もの『良くある』客同士のいさかい――人生の様々な部分を斬り捨ててきた、このつわもののエルフの前では些末なのだ。
 少し、落ちついたお腹と心を抱いて、丸い縁を見ながら考える。
 他人丼、美味しかったな――と考えて、秋茄子と大根の漬物に箸を伸ばす。
「美味しかった?」
「うん」
 牛肉と卵でも、美味しいでしょう、と顔を覗きこむ母は、オーダーを受けて厨房へと引っ込んだ。
 違っているからそれでいい、とは直ぐには考えられない。
 それ程、玲奈は器用では無かったし、簡単に割り切れる程大人でも無かった。
 食後の紅茶を口にして、少し、考える。
 居場所を作ればいい、どうやって作ればいいんだろう……。
 そんな事、誰も教えてなんてくれない、どういう風に頑張ればいいのかもわからない。
 ふ、と視線が母と重なる。
『今からでも、遅くないの』
 音を立てず、口の動きだけで読み取った玲奈は、コクリ、頷いた。
 食器を洗う位なら、自分にも出来るだろうか――このカフェは、自分も癒してくれるだろうか。
 指先で丼鉢の縁を丸く描き、月を眺める。

 間抜けに見えた、暗い空と銀色の月。
 それでも今は、この不完全な月が綺麗だと、そう、思った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【7134 / 三島・玲奈 / 女性 / 16 / メイドサーバント:戦闘純文学者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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三島・玲奈様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

文章を頂き、玲奈様の繊細で傷つきやすい心を表すべく、奮闘させて頂きました。
恐れながらも、少しだけ変わった彼女が描けていますように。
そして、この季節のどんぶりは確かに美味しいです、我が家は肉無し他人丼ですけれども!

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。