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〜終焉の宴〜
白鳥瑞科(しらとり・みずか)は、自分が絶体絶命の危機に陥っていることをまだ理解できずにいた。
今まで完全無敗、組織でも随一の戦果を残す彼女である。
戦闘に自信しか持っていなかったのだから、それも当然だった。
汚い泥と血反吐にまみれた彼女の表情からは、まだ勝ちを信じる片鱗が垣間見える。
「あ…うう…」
喉から漏れるうめきを耳にしながらも、彼女はどこかに勝機を探し続けていた。
敵は激しい咆哮をあげながら、瑞科の豊かな黒髪をわしづかみにし、つり上げた。
「ひっ…きゃああっ…!」
足が宙に浮き、彼女はあまりの痛みに悲鳴をあげた。
無論、その悲鳴を敵が容認することはない。
彼女の感情にも台詞にも、敵は興味も関心もなく、そもそもそれらを感知できているかどうかが怪しかった。
「うぐっ!」
一瞬にして地面にたたきつけられ、肺の中の空気がすべて外に押し出された。
考えなしに加えられる暴力のせいで、瑞科の体力は急速に落ちている。
思考は半分霞がかったようになり、視界も砂のせいで白濁していた。
引き裂かれた服は既に原形をとどめず、きわどく肌を露出させ、その上、肌はひどい傷にまみれていた。
それでも彼女の清廉な美しさは損なわれない。
だがそのせいでよけいに、今彼女が置かれている状況と、敵の醜さが浮き彫りになるのだった。
また身体が引き上げられ、その時初めて、瑞科は恐怖を覚えた。
「痛っ、きゃあああっ、ぐぅっ」
またしても固い地面にたたきつけられ、背中を強打して、彼女はくぐもったうめきを吐き出した。
すぐにまた引き上げられるのを感じ、全身がびくっと震える。
「もう、やめ…きゃああああっ! あうっ!」
制止の声が口からほとばしり、瑞科は朦朧とする意識の中で自分の耳を疑った。
今自分は何を言ったのだろう。
敵に「やめて」と懇願しようとはしなかったか。
けれども、考えをまとめようとする前に三たび身体が宙に浮く。
気がそれていたせいで、次に地面が迫った時、彼女の本能はあり得ない言葉を口にしていた。
「いやっ、やめてっ…」
敵は容赦しなかった。
今度は腹部を地面に打ち付け、瑞科は濁った苦鳴をもらした。
可憐にして妖艶な、相反する雰囲気を持つ彼女が、その瞬間、めちゃくちゃにされるなよやかさを醸し出し、おそろしいまでの色香を漂わせた。
敵は振り上げてはたたきつける趣向に飽きたらしく、一度瑞科を放り投げた。
ぼろ布のように地面にぐったりと崩れ落ち、体力をほとんど失った瑞科は立ち上がることすらできない。
むきだしになった肩を上下に大きく揺らし、何度も苦しげに呼吸をくり返す。
わずかに上げた視線の先で、何かがきらめいた。
それが水面の光の反射だと気付いた直後、瑞科の右腕を、赤銅色のごつごつした腕がつかんだ。
「な、何を…」
恐怖に身体がすくむ。
こんなことは今までに一度も経験したことがなかった。
初めて知る敵への、そして己の未来への恐れが、彼女の声を震わせた。
身をよじって、引きずられるのを止めようとする。
「やめて…! やめてっ、くだ、さい…!!」
ずる、ずる、と地面にひざ下がこすれ、またしても傷が増えて行く。
敵に言葉など通じないのがわかっていても、彼女はいつもどおりのていねいな口調で訴えた。
「いっ…! ひぃっ…あ、うう…」
意味をなさないうめきが、暗い洞窟の中に響いた。
不意に身体が浮き、先ほどのきらめきの上へいとも簡単に放り投げられる。
派手な水音がし、彼女の身体はさらに泥水にまみれた。
水深はそんなに深くなかったから、彼女は顔を水から引き上げようとしたが、いきなり頭をつかまれ、水の中につっ込まれた。
「がはっ…?!」
空気を吸い損ね、瑞科は泥水を浴びた。
バタバタともがくが、敵の力は人外のものだ。
まったく頭から外れる様子もなく、瑞科は苦しげにもがき、泥水から逃れようとする。
しかし力はゆるまない。
苦し紛れに泥水を受け入れ、何度も力なく頭を振る。
「はあっ…!」
水から顔を引き抜かれ、瑞科は大きく息をした。
再び、その頭が泥水の中に沈む。
「ごぼっ、ごぼごぼごぼごぼ…っ」
吐き出された空気が、泡になって水面を波立たせる。
瑞科の細い腕が、空気を求めて宙をさまよった。
敵は何度も何度も、瑞科の頭を水から引き上げては戻す動作を繰り返す。
やがて、瑞科の抵抗がやんだ。
気を失ったのだ。
動かなくなった瑞科に、怪訝そうな視線を投げ、敵はもう一度彼女の腕をつかみ直す。
そしてそのまま、洞窟の奥へと引きずって行った。
組織側に戦果を報告できぬまま、瑞科の行方はぷつりと途絶えた。
〜END〜
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