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<東京怪談ノベル(シングル)>


摩天楼のバベル〜非道なるものに裁きを〜2

不敵な笑みをたたえる琴美に部下の一人が怒りに我を忘れ、腰のホルスターに手を伸ばす。
だが、それよりも先に黒銀の鋭い刃が拳銃を弾き飛ばすと同時に漆黒の膝が側頭部に一撃を与え、愚かな部下を床の住人へと変えた。
「ほう……やるじゃないか。お嬢ちゃん」
「あら、そんなことをおっしゃってよろしいのかしら?」
ジワリと嫌な汗をかきながらも余裕を見せる部隊長を琴美は人差し指を唇に当てて微笑んだ。
部隊長を守り、琴美の前に立ちはだかる部下たちもその圧倒的な迫力に後ずさる。
ゆるりと一歩踏み込んでくるたびに感じる底知れぬ恐怖は一向に消えてくれない。
たかが女一人、と笑い飛ばしてしまえばいいのだろうが、本能がそれを拒絶していた。
「私もゆっくりとしている時間がありませんの。早めに片付けさせていただきます」
顔面を蒼白にさせて後ずさるばかりの男たちに内心、かなり辟易しながら琴美がもう一歩踏み出した瞬間、背後にぞわりと何かを感じた。
ねっとりとした、だが極端なまでに純然化した殺気が破壊されたドアの奥から数発の銃弾という実態を持って琴美に向かって打ち放たれる。

ひどく乾いた音とはじけ飛ぶ鮮血が空を染めあげ、数本の黒髪が舞い落ちる。
視界の先にいたのは苦々し気な表情を浮かべ、未だ細い硝煙をあげる銃口を向けるダークグリーンのスウェットを纏った男。
とっさに身をかがめ、その攻撃をかわすと頭上をかすめていく銃弾とすれ違いながら琴美は素早く床を蹴って、乱入してきた相手の懐へ飛び込む。
一瞬にして己が領域に踏み込んできた琴美に男は迷うことなく銃を振り落すもむなしく空をきる。
攻撃が届く寸前で琴美は足を踏みとどまり、ほんの少しだけ後退してやり過ごすと勢いを殺すことなく思い切り体をひねらせながら、がら空きになった男の右わき腹に回し蹴りを食らわせた。
元々ブーツで固められ、攻撃力が上げられているだけでなく、十分すぎる加速が加わったその一撃は大の男を吹っ飛ばせるだけの破壊力があった。

細身の琴美にあっけなく薙ぎ払われて、男が密閉性の高められた分厚いコンクリートの壁にめり込むのを目の当たりにした部下たちは左側の壁にあるもう一つのドアから我先にと殺到するも―それはかなわなかった。
「この馬鹿どもが!!」
恥も外聞もなく逃げ出す部下たちに憎悪の怒号を浴びせ、部隊長はデスクの引き出しに隠していたスイッチを乱暴に押す。
低いモーター音が響き、一瞬にして床が二つに割れる。
悲鳴を上げて落下していく部下たちを冷やかに見下す部隊長を琴美は小さく肩をすくませた。
「さすがは傭兵上がりの実行部隊隊長様ですね。部下をこうもあっさり切り捨てるなんて」
実験もですけど、おもしろくないですわと微笑む琴美の目は冷たき氷の刃のごとく輝きを帯びていた。
そんな琴美を部隊長は鼻で笑い飛ばしつつ背に隠した銃を引き抜くと、その銃口を向ける。
「使えないやつには興味などない。さっさと始末するに限る」
「ずいぶんな物言いですわね」
それが当然とばかりに傲然と言い放つ部隊長の姿に吐き気を覚える。
己以外に存在価値などなく、保身のためならば冷酷に切り捨てていくありがちな―三流以下の悪党。
静かに間合いを計りながら琴美は袖の中からクナイを出して手にする。
窓から銀の光が降り注ぐ中、一発の銃声が轟く。
銃口から打たれた銃弾はまっすぐに琴美をとらえたのを目にし、勝利を確信した部隊長は満面の笑みをたたえ―そのまま凍りつく。
毛筋ほどの怯えも見せず、琴美は銃弾を余裕で避けると迷うことなくクナイをふるう。
閃光のような鋭き刃が胸先寸前を切り裂きながら、琴美のクナイが冷徹に部隊長を追い詰めていく。
「お……女ごときに!!」
一方的に追い込められていく恥辱に顔を染め上げながら、部隊長はかろうじて数発の弾丸を琴美に撃つ。
だが黒い絹布を思わせるグローブに包まれた繊手が優雅に舞い、握り絞められたクナイが全て叩き落とす。
舌打ちしながら弾丸の切れたカートリッジを銃から抜き、手早く入れ替えようとするも、即座に間合いをつめてきた琴美の柔らかさと熱を帯びた細い足が容赦なく繰り出され、あっけなく天井近くに蹴り飛ばされた。
半円を描いて琴美のはるか背後の床にカートリッジが軽い音を立てて落ちる。
わずかに気をそらして、駆け抜ければ届きそうな距離。
だが目の前に立ちはだかる蠱惑な微笑をたたえる琴美に部隊長は心底恐怖を感じた。
命を奪うことを生業としてきた傭兵上がりの部隊長にとって己以外はすべて狩られる対象であり、逃げ惑う獲物でしかなかった。
それが今はどうだ?
目の前にいる細身の―けれども豊かな身体つきをした若い女に恐怖を覚え、逃げ回るのがやっとなど信じたくはない。
「くっそおおおおおおおっ!!」
銃を投げ捨て、隠していたナイフで切りつけてくる部隊長の手首を琴美は拳ではじき、その腹に数発拳を撃つ。
苦悶の声をあげ、たたらを踏む部隊長を尽かさずクナイで切り裂く。
はじけ飛ぶ赤い飛沫。
たまらず足をつき、ギリッと歯をかみしめた部隊長ののど元に黒銀に輝く刃が突き付けられる。
「勝負ありですわ。観念なさい」
いたずらっ子のように笑う琴美に部隊長は悲鳴をあげ、恥も外聞もなく―こけつまどろびながら逃げ出した。

まさに三流な行動にもう怒りを通り越して呆れ果てた琴美はだらしのない悲鳴と罵声を叫んで這いつくばる部隊長の奥襟を軽くつかむ。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!た……助けてくれぇぇぇぇっ」
訂正―三流以下の所業である。
軽く額を利き手で抑えつつも、部隊長をとらえる左手に込められた力がわずかに増す。
今までさんざん罪もない善良な人々を力で脅し、その命を奪うと知りながら己の繁栄と安寧しか考えない愚か者に時間を割くのは最大の浪費。
口元に壮絶な―酷薄ともいう笑みを乗せ、琴美は部隊長を締め上げる。
「ひゃ…ひゃのむっ!!みのがひてふれぇぇぇぇ」
「そうやって助けを求めた人たちを人体実験に送り込んだのは貴方たちでしょう?」
言うが早いか琴美は力いっぱい部隊長の体を高く放り投げつける。
そう高くはない天井に激突し、苦悶の表情を浮かべ―重力に従って落ちてくる部隊長に琴美はグローブに包んだ拳を固く握り絞め、全力で乱れ打つ。
殴られるたびに部隊長の体はひきつけを起こしたように大きく震える。
そして琴美の伸びやかな片足から放たれた一撃に鮮やかに吹っ飛ばされ、床の上を跳ねながら転がるとそのまま白目をむいて意識を手放した。

肩にかかった長い髪をかき揚げ、琴美は気絶した部隊長を一瞥すると高く踵を鳴らして闇に包まれた通路を軽やかに歩く。
報告通りであれば、このフロアには不自然な空間があり―それはビルの真下へと続く隠された通路。
歩みを緩めることなく突き進むと、突然、艶やかな灰色に染まった大理石の壁。
窓から差し込む月明かりを受け、ひんやりと輝く壁に琴美は迷うことなく触れ―狙い澄ませたように一部分を軽く押す。
がたりと大きな振動音が唸りをあげ、目の前の大理石が左右に開らかれ―飛び込んできた光景に琴美は大きくため息をこぼす。
淡いオレンジ色の照明を浴びてぎっしりと隙間なく壁の棚におさめられたバーズカ砲やサブマシンガン―大量殺戮を可能とする武器の数々。
それが一階どころか地下まで螺旋階段を描くように積み上げられていた。
「本当にろくでもない輩ですわね」
一つ一つ確かめるように棚を覗き込みながら、小さなプラスチックケースを置いていく。
人体実験を行っている研究フロアのはるか下にこれだけの武器庫。
産業スパイやライバル社どころか一国の軍隊を相手にすることを想定してだろうが、一企業が所有していいものではない。
いや、どんな企業であろうとあってはならないものだ。
さすがは非人道実験を繰り返してきた一団だろう。
「けれど、それもここまでですわ」
最下層から戻ると、感情のない淡々とした口調で琴美は豊満な懐から赤いグリップを取り出し―迷うことなくその先にある黒いボタンを押す。
ドンという衝撃音に続いて派手な爆発音が次々と下から立ち上がり、オレンジと朱に染まった業火が渦巻いた。
どこか遠くでアラートが鳴り響くのを聞きながら琴美は足元にまで迫った炎にグリップを投げ込むと、悠然と背を向けた。