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<東京怪談ノベル(シングル)>


摩天楼のバベル〜非道なるものに裁きを〜3


銀に輝く月光の元、鮮烈な橙と朱の巨大なる蛇がモノリスのごときビルに巻きつき、締め上げ、その灼熱の舌を伸ばして嘗め尽くす。
ときおり爆発を起こして黒煙が次々と立ち上らせながら、熱に耐え切れず、砂上に作られた楼閣のごとく崩れ落ちる。
その姿はかつて己の力に溺れて無謀にも天に挑んだ果てに言葉を乱された者たちが半ばまで築きあげ―崩壊したバベルの塔そのもの。
いや、優良な製薬企業という仮面の裏に悪逆極まりない人体実験を行う殺戮者の顔をのぞかせた犯罪者たちによって奪われた人々の怨嗟か。
それとも天に背く行為を続けてきた者たちにふさわしき末路なのか。
と、埒もないことを考えて琴美は小さく苦笑した。
すでに非常警報を聞きつけ、高らかにサイレンを響かせた消防隊や野次馬たちが殺到し始めている。
その雑踏に身をまぎれさせ、琴美は止むことのない炎をあげて燃え続けるビルから静かに立ち去った。
―任務完了ですわ
胸の奥で琴美は小さくつぶやく。
明日には騒ぎを聞きつけたマスコミたちの手によって、この一大惨事はセンセーショナルに掻き立て上げるだろう。
と、同時に警察の手によってこの巨大製薬企業に隠された裏の顔―非道なる人体実験や拉致誘拐部隊といった暗部が暴き立てられる予定になっている。
全てはシナリオ通り―だが琴美が単独潜入し、敵部隊を殲滅しなければこの作戦は成り立たなかった。
一見、無謀なシナリオだろうが、水嶋琴美という人間の実力を持ってすらば造作もない任務である。
けれども、彼女の実力を知らない警察上層部の一部はこの作戦の成功性を疑問視していた。
女らしい身体に異相とも呼べる独特の戦闘服を纏った実行隊員である琴美を目にした途端、彼らは一斉に抗議と疑問、不満の声をあげた。
―たった一人だと?それで成功するなど絶対にありえん!!
―蔑視するわけではないが、こんな年若い女性隊員に任せていいのか?もっと腕の立つ男性隊員もいるだろう?
―いくら腕の立つ特殊部隊の精鋭とはいえ、もう少し増員した方がいいのではないか?
さんざんに疑う輩を黙らせた―全幅の信頼を寄せる上官は憎むべき敵殲滅の報告に厳しい眼差しを自然と緩められ、直立不動で立つ琴美を見上げた。


「さすがだな、水嶋。予定よりもかなり早い任務完了―警察のお偉方も絶句していたよ」
顎をはずさんばかりに驚愕した警察官僚の顔を思い出し、ソファーに身を沈めて楽しげに笑う上官を眺めながら、ダークブルーに染め上った膝上まで短いタイトスカートスーツに着替えた琴美は興味がないと言いたげな表情を浮かべ、嘆息する。
「それはよかったですわ」
「なんだ、どうかしたのか?」
不満そうな琴美を何かを感じ取り、怪訝そうな表情を浮かべて上官が問いかける。
無言で問いかける視線にふうとため息をこぼし、琴美は引き締まった腰に片手をあてるとつまらなそうに口を開いた。
「相手が弱すぎますわ。傭兵上がりの実行部隊というには大した実力もありませんし、部隊長は三流以下」
ほんの少し手合せしただけで腰を抜かして逃げるなんて情けないことこと上ありませんわ、と辛辣に切って捨てる琴美に上司は呆気にとられーついには吹き出した。
「それはつまらなかったな、水嶋。だが――よくやった。現時点を持って任務終了、次回も期待している」
「ええ、本当に楽な任務でしたわ」
くっくっと肩を震わせて笑う上官を怪訝に思いながらも、言い捨てた琴美が敬礼をし、退出すると執務室は爆笑に包まれた。
発信源はもちろん上官その人。
華麗かつ優雅な美貌がありながら、凄腕も凄腕な超一流の戦闘センスを持つ琴美が相手では企業の手下になりさがった傭兵上がりなど敵ではないことなど分かり切っていた。
半分の丈しかない着物をジャケットのように着込み、黒のミニスカートに編み上げロングブーツとグローブという戦闘員とは大きくかけ離れたいでたちをした美しき妙齢の女性に叩きのめされる部隊の姿を想像し、上官の爆笑はしばらく収まることはなかった。


長い通路まで響き渡る上官の笑いに琴美は若干頭痛を覚えながらも気を引き締める。
非合法な薬を使った非道な人体実験の被験体というふざけた理由で一般市民を暴力という手段で誘拐し―多くの命を奪ったことは決して許されない。
だからこそ自分が選ばれたのだろうが、こんなにも楽勝そのものでは腕が泣くというものだ。
しかし、いつもこんな任務ばかりではない。
表向きに存在しない自衛隊特殊部隊に下される任務は人間だけでなく人であらざる者―例えば、魑魅魍魎といった魔性の生き物―を相手にした過酷極めるものも多々ある。
それらを夢想すると琴美の胸は自然と高鳴った。
「さぁ、次回の任務はもっと楽しめそうなものかしら?」
あどけない幼子と成長しきった妖艶な乙女を同居させたような微笑みを浮かべながら、漆黒の長い髪をなびかせて琴美は淡い蛍光に照らされる通路を進むのだった。

FIN