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【はぴば!娘よ?!】
民族性ゆえか、時代が変わろうともその実直さは普遍であった。おかげで世界各国の投資資金は日本へと預けられた。ここ東京怪談銀行本店の地下霊金庫には換金可能な金塊がぎっしりと積まれていた。
都内某所。
「地上のセキュリティを破るのは100%無理」
いかにも手下面したもっさりした男が、右手を顔面でぶんぶんと振り回し、大事な事なので二回言いました的に同じ言葉を繰り返した。
だがそれに対し、エリート然とした美丈夫が、
「銀行を狙っていると思われなければいいのですよ。細工は流々仕上げはごろうじろ……と言いたいところですが、資金が、肝心の資金が足らないのですよ」
途中までは良い事を言っていたが、最後が良くなかった。
「ダメじゃないっすか」
手下が言う。
「ふふふ。そう思うでしょう? お金が足らないのならクライアントを探せばいいのです!」
美丈夫――盗賊団の頭目は机上にリストを投げた。書類の束の一番上の一箇所に、大きく赤マルがあった。そこに書かれている名が、クライアントになる人間なのだろう。
「藤田・あやこ。金は腐るほど持っている女ですよ。今も贅沢放蕩三昧の毎日を送っています。この女に資金を出していただきます。なに、彼女の庇護欲をそそる様な神託でも送り込めば、ころり、です。そうして得た金で映画ロケを装って地下金庫まで堂々とトンネルを掘るというわけです。ね? 素晴らしい案でしょう」
手下は派手に両手を打ち鳴らしながら、さすが頭目はエリートだ、と訳のわからない賛美を連ねた。
そもそも、そんな金持ちならば神託の内容をちょいと工夫すれば、何もそんな手の込んだ細工でもって銀行を襲わなくても済むじゃないかと思うのだが。頭目の頭のキレ具合に少々の不安を残しつつ、それは実行されたのだった。
その夜、最高級のホテルのスウィートの、キングサイズベッドですやすやと眠るあやこの夢に、悪神が現れた。
だが美麗なその姿からは悪であるとは想像がつかず、あやこは言われるままに“福祉”の言葉に踊らされたのだった。
むしろ途中からはあやこの方が乗り気になりだした。映画のロケならばハリウッド並は言うに及ばずだとか、ダイナマイトでは迫力に欠けるからC4を使った方がリアリティが増すだとか――。制作会社スタッフを装っていた盗賊団は、少し怖くなったりもしたが、後に引けぬが男である。
いっそ、近場のビルをひとつ買い取って、爆破しちゃおうという所にまで話が進み、しかもあやこは本当に買い取ったのである。
なんだか盗賊団が思っていた以上のスケールの大きな話になり、若干腰が引けはしたものの敢行したのだった。
ところが世の中うまく作られているようで、いくら金に物を言わせたところで一般人がC4なんて爆薬を購入したのだから、当たり前だが警察へ通報される。そうとは知らないあやこ達盗賊団。――資金提供のみならず現場にまでしゃしゃり出てきたあやこは、今ではすっかり美丈夫盗目の存在を食っていた。
「このボタンを押せばあのビルは木っ端微塵ね」
早く粉々に散るビルが見たいのか、あやこの声が嬉々として震えている。
いっそ全部をぶち撒けて、あやこに指揮を執らせたほうが早いのではないか、という考えがちらりと頭を掠めたが、
「ええ、そうです。カメラはあのビルとあのビル――それから、今飛んでる……飛行機にも搭載されていますから、迫力満点の映像が撮れますよ」
「いっそヒロインは私が演った方がよくないかしら? それとも、これがクランクアップの最初のシーンなら、いっそ銀行強盗の映画に脚本を書き換えてもいいんじゃない?」
「や……あの」
頭目はぎくりぎくりとしながらも、
「脚本は最後まで出来上がっているので、それは無理ですよ。ですが、映画のクレジットにはあやこ嬢の名前はしっかり出させていただきますからね――ええ、ええ、メイキングシーンなんていうのも流しながら、そこにあやこ嬢を」
真の目的に気づかれて欲しくないがために、あれやこれやと適当な事を言い続けている。だが、そのくらいはして当たり前かな、と頭目が思うのも無理はない。たかが映画の1シーンを撮るだけなのに、眼前を爆音で飛行しているのは、F−35ライトニングB型で、運用そのものはずっと先の戦闘機だからだ。
いったいどうやったらあんなモノを引っ張り出せるのか。頭目は、その端麗な顔を微苦笑で歪めた。
周囲にはあやこが私財を投じて集めたスタッフが、ボランティアとして奔走している。彼女はテントのひとつの下で、爆破ボタンを胸をときめかせながら握っていた。
その足元では別ロケ班がトンネルを掘り進めていて、爆破と同時に貫通する予定である。トランシーバーからは手下の声で、「あと少しです、頭目あわわっ、監督!」という間抜けな叫び声が飛び込んできた。
頭目の手があやこの肩へ置かれ、
「さあ、今で」
と言い掛けたところへ、耳障りなサイレンがけたたましくビル街に響いた。警察である。
「チッ」
舌打ちをしてトンズラしようと駆け出した頭目の手を、あやこがすかさず握り締めた。しまった、警察に引き渡されると思ったのも束の間、
「私よ。今すぐ、ここへ着陸なさい」
頭上を飛行していた戦闘機は周囲の風を巻き込みながら、逃げ惑う撮影スタッフの真ん中へ着陸した。
「おーっほっほっほ!」
追い詰められているはずの盗賊団であったが、パトカーから飛び出してくる警官達を尻目に、F−35へと乗り込み――もちろんすし詰め状態で――あやこ共々脱出を図ったのだった。
すでに巻き込まれている感は、盗賊団の方である気がし始めた頭目は、自分の膝の上でありながらも、ゆったりと寛いでいるあやこへ訊ねた。
「これからどうするのです?」
「空港へ行ってくれる?」
どこかのパーティー会場へ向かうタクシーの中かしらと勘違いしてしまうノリだった。
戦闘機は手近な空港へ着陸し、そこであやこは飛行機をハイジャックした。横には涙目で銃を構える頭目の美しい顔があった。すでに彼は引き返せないところにいた。気の毒すぎるが、彼女をクライアントにした時点で気づくべきだった。
逃避行としゃれ込むはずの飛行機には、すでにテロリストによって爆弾が仕掛けられていた。いろんな意味で、詰み、状態のあやこ達だったが、テロリストすら恫喝して仲間へ引き入れると、次はNASAへと移動した。もはや頭目の思惑とはかけ離れた事になっている。
シャトルを強奪し、月へと宇宙飛行だ。
だが、不運にもシャトルは隕石との衝突で月へ不時着する。
「まあ、見て。やっぱり地球は青いのね」
「え? ああ、そうですね」
月面にパラソルを差し込み、腰に手を当て高笑いするあやこと、そんな彼女を敬うように舞い踊るテロリスト達なのであった。
――――。
「という次第で大活躍した子だぞ」
父さんは太っ腹さあ、と腹の出た中年親父が娘へとミイラの人形を差し出した。古代人の着せ替えミイラを欲しがった娘への、精一杯の贈り物なのだが……。
「それ今考えた設定でしょ」
娘にはすべてが見通せるらしい。
だが父親には古代人もミイラも手に入れられないのだ。
「嘘つき」
娘は両目にいっぱい涙を溜めて、父親の努力をなじった。
「す、すまん」
愛娘の涙に弱い父親の手には、干からびたあやこが高笑いスタイルで握られていのだった。
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