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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.7 ■勇太と武彦■


―時は遡る。

 IO2の使いが武彦の元へと訪れたのは、少女の救出に成功した翌日の事だった。
「で、わざわざ何を聞きに来たってんだ?」煙草の紫煙と皮肉が入り混じった言葉を吐き出す。
「観察結果の報告を伺いに」スーツ姿の男は構わず淡々とそう言った。
「観察期間にはまだ時間がある筈だが?」
「状況が変わりました。貴方様の判断を聞きたいとの声が出ています」
「チッ、良からぬ情報だな」武彦が頭を掻きながら溜息を吐く。「素直なガキンチョって所だな。ま、虚無に堕ちる事はないと見て良いだろう」多少無茶をしがちだが、と呆れる様に笑いながら武彦は言った。
「解りました。貴方の意見は上に伝えます」
「って事は、観察期間は終了するのか?」
「いいえ。終了はしません。が、虚無が動き出しているという情報が流れ始めました。あの子を虚無と接触させない為にも、事件からは離れさせ、貴方も接触を中止して下さい」
「どういう事だ?俺は虚無に堕ちる可能性はない、と言った筈だが?」
「上層部の判断です。ディテクターの判断が悪ければ即抹殺。良ければ、虚無の飼い犬になる事を避ける為、事件から遠ざける様に、との事です」相変わらずの淡々とした口調で男はそう言った。
「…解った。御苦労だったな」
「いえ、失礼します」
 男が部屋を後にする。男が帰った後で武彦は溜息を吐いた。
「…やはり、“飼い犬”でいる以上、俺に決定権はない、か…」武彦は咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。「やっと笑顔を浮かべる“ただのガキンチョ”になれた所なんだけど、な…」




 ――ファミレスでの勇太との別れは武彦にとっても辛辣な想いだった。勇太が表情を曇らせた瞬間も、それを押し殺そうとする姿も、ディテクターと呼ばれる武彦にとって見抜けないモノではなかった。だからこそ、武彦は心を鬼にして淡々と別れを告げた。




 それから数日、勇太との連絡を取らないまま武彦は独自に“虚無の境界”を調べていた。時折ポケットから携帯電話を取り出してみるが、勇太からの連絡が来る事はなかった。強情な勇太の性格を考えればそれも武彦には解っていた。
「…ったく、あのガキ。勝手な事してなけりゃ良いがな…」
 武彦は気付いていた。工藤 勇太という少年は、真っ直ぐな心を持っている。特殊な環境に育ちながら、それでも人を信じる事。救いたいという気持ち。それらを持つには何か心の支えが必要だ。それはきっと、勇太の叔父と病の母という存在だろう。それ故に危険な部分もある。まだ目を離せる段階ではないのだという事は武彦が一番理解していた。
 マンションの自室に戻り、コートを脱ぎ捨てた武彦は床に寝そべって煙草を咥えていた。もしも“虚無の境界”が本格的に動き出し、何か大きな陰謀が動こうとしているのなら、或いは勇太にその矛先が向く可能性は否めない。柴村 百合という少女が勇太に向かって言った一言、“A001”というコードナンバー。アルファベットと数字から容易に想像出来る事。
「A001…。つまり、“何か”の計画が始まった最初の実験対象か…」
 武彦の胸がざわつく。その瞬間、武彦の頭を頭痛が襲う。



         ――「草間…さん…!たすけ…て…」


「…チッ、あのバカ…!」
 武彦がマンションを飛び出す。勇太からのテレパシーは確かに届いた。だが肝心の勇太の居場所は見当もつかない。そんな事を思った瞬間だった、武彦の携帯電話が鳴る。
「俺だ」
『ディテクター、召集です』電話越しの事務的な声の女は淡々とそう言った。『“虚無の境界”に関して動きが見られました。東京支部迄ご足労お願い致します』
「こんな時にか…。一体何事だ?」
『先日の観察対象者、工藤 勇太が虚無に堕ちたとの情報が入りました。そこに、巫浄 霧絵もいるとの情報が入りました』
「何だと!?」思わず武彦が声をあげる。「…解った。すぐに行く」
 武彦は電話を切り、急いで東京支部へと向かった。




 ――IO2、『International OccultCriminal Investigator Organization』東京支部。
 全世界に拠点を持つ“IO2”の東京支部。それは、日本におけるIO2の総本山と言っても過言ではない。特殊な能力者によって亜空間に建造されたそこには、それぞれの体内に埋め込まれた認証チップがなければ入れない。つまり、外界からの接触はほぼ不可能と言える。
 武彦がIO2の中を歩き、最深部へと足を進める。
『ディテクター…。お前がここに来るのは何年ぶりだ…』
 最深部の個室に入ると何者かの声が脳へと伝わってくる。恐らくは盗聴などを防ぐ為のテレパシー系の能力だろう。IO2はこうして指令を受けるのが常となっていた。
「無駄話に興味はない。さっさと用件を言え」
『やれやれ、相変わらずの狂犬よ…。まぁ良い。単刀直入に言おう。お前の観察対象であった工藤 勇太と言う少年が虚無に堕ちたという報告がNINJAの密偵より報告された。そこに虚無の盟主もおる』
「それは聞いている。俺への用件ってのは保護と盟主の逮捕か?」
『――抹殺せよ』
「何だと…?」武彦は耳を疑った。
『工藤 勇太は既に敵として盟主と共に動いておる。最早、能力者として保護する理由はない。盟主、そして敵対する者は全て抹殺せよ』
「馬鹿な…!俺は報告した筈だ!」
『狂犬とも呼ばれたお前が、そこまで肩入れするのも珍しいのう。だが、既にジーンキャリアがバスターズを連れて現場へ向かっておる。お前もすぐに言って援護をするのだ。現場へのGPSデータは既にお前の携帯に送らせてある』
「ジーンキャリア…?」
『鬼鮫と言ったかのう?』
「…っ!クソ…!」




「さぁ、始めようか…?」
 鬼鮫の鋭い眼光が柴村 百合を睨みつける。
「来たのね、IO2の犬風情が…」百合は不気味に小さく笑っている。「A001、アナタの力のお披露目には不足ない相手のハズよ」
「……」無機質な瞳の勇太が百合の目の前に現われた。
「チッ、あの時仕留めておくべきだったか…。まぁ良い」鬼鮫が刀を抜く。「今回ばかりはお前の抹殺も許可されている。誰も止めちゃくれねぇぞ」
「やれるもんなら、ね…。じゃ、後は頼んだわよ」百合はそう言って勇太を置いて空間を渡った。勇太は頷き、鬼鮫と共にいるバスターズを見つめた。
「バスターズ、あのガキは俺が殺る。あの娘を追え」鬼鮫の言葉にバスターズは姿を消して追走を始めた。「さぁ、かかってきな」
「…ハァ!」勇太は声をあげると念による槍状の武器を空気中に何本も作り上げた。勇太が手を振り下ろすと真っ直ぐ槍が鬼鮫へ目掛けて飛んで行く。
「無駄だ…!」鬼鮫が剣で槍を次々に叩き落した。槍を落とし終えた所で鬼鮫が勇太を睨み付ける。が、勇太は既にそこにいない。鬼鮫は勇太の次の行動を予測し、真横へと飛ぶと槍が鬼鮫の背後から飛んで来て鬼鮫のいた場所へと突き刺さる。勇太はまたすぐにテレポートをして鬼鮫との間合いを取った。
「…鬼…鮫」
「チッ、明らかに自我を失わされてやがる…。つまんねぇ戦い方だ!」鬼鮫が一瞬で勇太へと間合いを詰める。勇太はそれを避けようともせず、力を解放した。
「はぁぁぁ!!!」勇太の力が一気に爆発する。衝撃波は円状に広がり、鬼鮫の身体を吹き飛ばした。勇太はすぐに鬼鮫の目の前へと飛び、念の槍を手に鬼鮫を突き刺しにかかる。
「…っらぁ!!」鬼鮫がバランスを崩した状態にも関わらず、勇太の一撃を剣で弾き、空いていた左手で勇太の服を掴み、壁へと投げて叩き付けた。
「がっ…!」
「死ね!」鬼鮫が衝撃から態勢を建て直し、勇太へと飛び掛る。勇太はテレポートで間一髪の所を避ける。「…クククッ…。手ごたえのある奴は嫌いじゃねぇ…」
「はぁ…はぁ…」背中から地面へと叩き付けられたせいか息が不規則に乱れる。勇太は息を整えながら鬼鮫へと手を翳す。
「おせぇ!」鬼鮫がスピードをあげる。が、その瞬間に鬼鮫が足を止めて頭を抱えて立ち止まる。「ぐっ…、何をした…!」
「“精神汚染”…。お前を壊す…」
「くっ…、厄介な技を…!」鬼鮫が顔をしかめながら勇太を睨む。「…だが、これでどうだ…!」
「…っ!」精神汚染がかき消される。
「これが、俺がジーンキャリアたる所以だ…」鬼鮫の身体が変化している。筋肉が強化され、顔つきが変わっている。「化け物染みているが、本気を出させてもらおう」
 鬼鮫のスピードが爆発的に上がる。その速度は勇太の反応速度を上回っていた。勇太の側頭部へと衝撃が走る。勇太が自分の頭を蹴り飛ばされたと気付く事もなく、吹き飛ばされる。
「…ぐ…くっ…!」勇太が立ち上がり、虚ろになった目で鬼鮫を見つめる。
「ほう、よくも生きているものだ」鬼鮫が刀の切っ先を勇太に向ける。「普通の人間であれば、今の一撃で頭も砕けていたとは思うがな…。暴走した力が通常以上の力を引き出しているのか…」
「う…あぁぁ…!」突然勇太が頭を抱えてもがく。
「フン、力を制御出来ず、力に飲み込まれるか…。脆いな…」鬼鮫が鞘へ刀を収め、構える。「一瞬、一閃でお前の身体を両断してくれる」
「あ…あ…」
 鬼鮫が勇太へと襲い掛かったその瞬間、勇太が顔を上げる。
「………」勇太の身体から力が溢れ、鬼鮫を吹き飛ばす。勇太が立ち上がり、念の槍を空中に幾つも具現化し、次々に鬼鮫へと襲い掛かる。念の槍による雨の様な攻撃が止まると、大きな槍が空中に具現化される。軽く人を押し潰せるぐらいの大きさ。鬼鮫は連続した攻撃に態勢を立て直せず、勇太を睨み付けた。
「…クソ…が…!」
 念の槍が振り下ろされるその瞬間、勇太の頬を一筋の涙が伝う。



           ――「そこまでだ」



 ――何度も感じた事のある煙草の匂いが、勇太の身体の動きを止めた。勇太は念の槍を消す事もなく、その匂いを放った先を見つめる。

「勇太、そこまでにするんだ。でなけりゃ、俺がお前を殺すしかなくなる…」

 銃を構えた武彦が、勇太を見据える。




                        Episode.7 Fin