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<東京怪談・PCゲームノベル>


第3夜 舞踏会の夜に

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 午後1時30分。

「それでは、大学部の先輩と最後のリハーサルをお願いします。来賓の方々も来られますから、くれぐれも恥をかく事がないように」
「はい」

 教師の言葉に、生徒達の返事が響く。
 その返事の後の体育館地下のダンスフロアには、ワルツが流れている。
 今晩の舞踏会の最後の予行練習だ。
 バレエ科では、デビュタントの手本として、バレエ科の少女達に手本となるダンスを教えているのだ。
 夜神潤は、大学部からそこに、彼女達のエスコートとして参加していた。

「よろしくお願いしますっ」
「ああ、よろしく」

 中にはまだ中等部らしい少女達も何人か混ざっていた。
 現在一緒に踊っている少女も、まだ小柄で華奢なのを見ている限りは、まだ中等部の生徒のようである。
 どうもバレエ科でも実技の成績のいい生徒は、こうしてデビュタントのお手本として踊るようである。
 それにしても……。
 もう既に何度も踊ってすっかり慣れてしまったワルツのエスコートをしながら、潤の頭の中は今晩の事を考えていた。
 チェスの駒……ね。
 以前カフェテリアで話した、チェスの駒の事について考えていたのだ。
 どうもこの学園は全体的におかしい所があるが、何がおかしいのかと言うのは上手くは言えない。ただ、怪盗が盗みを繰り返すのは、何かしら思念を祓うための行動らしい事だけは、多分確定だ。
 そしてもう1つ。
 理事長は結界を張っているのは、多分思念と関連している。
 結界は禁忌の者を防ぐためとは推測できるが、何故思念を祓う以前にこの禁忌の者を祓わないんだろうか?
 そこまで考えていた時、一緒に踊っていた少女が蹴躓いた。

「あっ」

 潤は黙って少女の腕を引っ張り上げる。

「大丈夫か?」
「はっ、はいっ、ありがとうございますっ!」

 少女は大げさな位に頭を下げた。
 しかしこの子は人数合わせか何かか?
 一緒に踊ってみたものの、他の少女達と比べてみても、どうもこの目の前の少女はダンスが下手くそなのだ。

「どこが踊れない?」
「何と言うか……1人で踊っている分には問題ないんですけれど、2人で踊るとなった途端足踏まないようにって気になったら、踊り方忘れちゃって、踊りの方を気にしていたら、足を踏んじゃって……」
「なるほど」

 舞台で場数踏んでいるから、2人で踊る間は掴めそうなものなんだが……。
 まあ中等部の生徒なら、そうなってしまうかもしれないと思い直した。

「分かった。とりあえず、相手の目だけは見る用にして踊れ。そうすれば後は相手がエスコートしてくれるはずだから」
「はっ、はいっ! ありがとうございます!」

 少女はまたも大げさな位に頭を下げた後、再び曲に合わせて踊り始めた。

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 午後9時。
 潤は黒い燕尾服を難なく着こなして、煌びやかな会場の下にいた。
 目を細めてダンスフロアを見る。
 昼間に練習をつけた少女は上手く踊れたんだろうかと思いつつデビュタントのウィナーダンスを眺めていたが、人数が多過ぎて見つけ出す事ができなかった。
 しかし……。
 談笑している来客の邪魔にならないよう、テーブルに着いて紅茶を飲んでいたが、潤はどうも落ち着かず、眉間に皺が刻まれる。

『触って』
 『手を繋いで』
  『私だけを見て』
『愛してる』
 『愛してる』
  『愛してる』

 今回盗まれる予定のイースターエッグの思念だろうか。
 その明らかに肉声ではない声が、ダンスフロアいっぱいに広がっていたのだ。
 そう言えばジンクスがあったな。確かイースターエッグに見守られている中踊ったカップルは結ばれるとかは。この思念に当てられての結果と言う事か?
 眉間の皺を抑えつつ、デビュタントが引いて行くのを見る。
 次々とカップルがダンスフロアで踊り始めた。
 それにしても……。
「白鳥の湖」の第3幕も確か舞踏会だったか。
 オディールの名前が「白鳥の湖」の悪魔の娘から取られたものだからか、自然とその事が頭に浮かんだ。
 確か第3幕で、悪魔のロットバルトが連れてきたオデットそっくりな娘として登場し、王子ジークフリートを惑わすと言う役回りだったな。とすると、来客の中に紛れていそうなものだが……。
 そう思ってダンスフロアに入っていく来客を眺めていると、いきなり女子生徒達が騒がしくなったのに気が付いた。

「ん……?」

 一瞬だけすっとする匂いがかすめていくのに、違和感を持つ。
 目の前の青年が連れの女性を伴ってダンスフロアに入って行ったのだ。
 今の匂い……何だ?
 ただの匂いなら反応はしないが、この匂い……。潤は青年をじっと見た。この匂い、魔法の媒介だ。

「海棠先輩が、踊ってるわ!」
「あの人普段定期舞踏会にも参加しないのにね。珍しい」
「素敵ね……でも踊ってる方桜華先輩じゃないわね?」
「あの人誰? どこの科の人かしら?」

 女子生徒達のひそひそとした声が会場いっぱいに広がる。
 海棠? あの今通り過ぎた彼か。しかし彼女が誰かが分からない……?

「まさか……彼女がか?」

 潤は警戒して彼女を見た瞬間。
 いきなり照明が落とされた。
 これは魔法は関係ないか。誰かがブレーカーを落としたのか? だとしたら犯人は理事長か……。潤は騒がしくなった会場でドレスが宙を舞うのを見ていた。
 ドレスを脱いだ後には、扇子で顔を隠し、闇に紛れるチュチュでそのままイースターエッグの元へと跳ぶ怪盗の姿が見えた。

『愛して』
 『寂しい』
   『独りはいや』

 イースターエッグの寂しがる声がより一層強くなる中、イースターエッグを生徒会長の手から取る。
 会長ははっとしたのか、素早くフェンシングの剣を突き出すが、それを少女は、ひらり。とかわした。
 彼女の仕草は滑らかで、まるで舞台の上のプリマドンナそのものだった。
 怪盗はそのまま、ひらり。と高く跳ぶと天窓を割り、その場を後にした。
 後は、飛び散ったガラス片に驚く悲鳴が聞こえるばかりだった。
 ふむ。
 潤は天窓を見ていた。
 舞踏会に潜入できたと言う事は、あれはうちの学園の関係者か。変装と言うより変身か。あの魔法は。しかし理事長も何故あれを盗ませたんだ? あれを盗まれたら生徒達が騒ぎ立てるだろうに。
 ふと視線を天窓の下に戻すと、ガラス片を浴びたらしい女子生徒が少し泣いているのを見かけた。

「大丈夫か?」

 潤は声をかけると、女子生徒はこくりと頷く。
 浴びたとは言えども、本当に浴びただけでどこも切ったりはしていないようだ。

「私はいいんですけど……、イースターエッグが盗まれてしまいましたから……」

 彼女もジンクスの信奉者なんだろうか。
 女子の心は分からないが。
 潤は少し考えた後、彼女をきちんと立たせ直した。

「イースターエッグがなくなっても、踊りたい相手と踊ればいいだろう」
「……そうですけど、でも」
「?」

 彼女は騒然としている会場をまとめている生徒会長を見ていた。
 もしかして、生徒会長のファンか?

「……会長をまたも出し抜いた怪盗が許せないだけです」
「…………」

 まさか彼女……。
 目の前の女子生徒を見て、潤は思った。
 さっき盗まれた思念に当てられたのか?
 もし怪盗が思念を祓っているのが、思念に当てられた人間を減らすためと思ったら合点が行くが、本当にそれだけか?
 それに……。
 ちらりと海棠と呼ばれていた生徒が他の女子生徒といるのを見た。
 一緒にいたのは怪盗と知って踊っていたのか? それとも……。
 チェスの駒が、まだ足りない。

<第3夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第3夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は3つの駒を用意いたしました。

・出会ったバレエ科の少女を追いかける。
・怪盗と踊っていた海棠を探る。
・思念に当てられた少女のその後を探る。

次回参加時に選択して下さればそれらの続きを追いかける事ができますので、よろしければどうぞ。
第4夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。