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<東京怪談ノベル(シングル)>


全ては淹れたてのコーヒーのために


「私って、魅力ないのかな…」
 三島・玲奈は浮かない顔で呟いた。
「ど、どうしたの。急に」
 茂枝・萌は驚いて玲奈の顔を覗き込む。こんな仕事をしていても、玲奈は16歳の女の子。悩みが尽きないお年頃だ。特にこれは、もしかして…と萌は思う。
「もしかして、恋のお悩み!?」
 玲奈はふるふると首を横に振る。
「人間的な魅力についてなんだけど…」
 しばらく沈黙が続く。それから、玲奈はふうっとため息をついた。
「私、友達少ないから」
「そんなの」
 萌は玲奈の肩に手を置いた。
「玲奈ちゃんには私がいるじゃない!」
「うん。それはとてもありがたいんだけどね」
 そして玲奈は続けた。萌ばかりじゃあね…、と。
「わかった」
 萌は頷くと、玲奈の手を取った。
「え?」
「行こ!」
 状況が飲みこめない玲奈は、萌に言われるままに芦屋に向かった。


 航空自衛隊芦屋基地内では、人々が慌ただしく動き回っていた。
「何かお祭りでもあるの?」
「うん。創立50周年祭があるの。私も模擬店出すんだよ」
 萌は辺りをきょろきょろした。
「誰を探してるの?」
「基地司令」
「萌、ここの司令と知り合いなの?」
「うん」
 萌は頷いた。
 基地司令は女性だ。士官学校の先生をしている彼女なら、優等生の玲奈と相性が良さそうだと思ったのだ。
 基地のお祭りもある事だし、一緒に盛り上がって、一気に仲良しさんになっちゃったりして。
「あ、いた」
 萌は玲奈の手を引いて駈け出した。
「司令、お疲れ様です。お祭りの準備、順調そうですね」
 すると司令は、
「それどころじゃないのよ」
「え?」
「何かね…海岸で、海の上を人が歩いているっていう話が…」
「人が…人は海の上を歩けないと思いますが」
 萌が言うと、
「つまりは、人外のもの、なのでは」
 玲奈と萌は顔を見合わせた。
「行ってみよう!」


 芦屋町の海岸で1人の女が海の上を歩いていた。その黒髪は水に浮かぶほど長い。
「あれは…妖怪海女!」
「困ったわね。お祭りどころじゃないじゃない」
 玲奈が腕組みをした。
「とりあえず地元の神様に退魔をお願いしましょう」
 2人は白浜神社へと向かった。
 祭られた神様はお稲荷様。鳥居をくぐると、お社が2つ並んでいる。
 事情を説明して退魔を願ってみたが、何となく頼りない感じだった。聞けばまだ新しい神様だそうで、退魔能力がおぼつかないらしい。
 パワー不足を補うためにお社が2つ並べられているのだ。
 玲奈と萌が海岸へ戻ってみると、海女は悠然と海の上を歩いていた。
「ああー、駄目か」
 萌ががっくりと肩を落としている。
 その時、海女は2人の方に顔を向けた。そして、ゆるゆると近づいて来る。
 2人は身構えた。
「水を」
 海女が言う。
「水を所望する」
 機嫌を損ねないようにした方が良いだろう。玲奈は頷いた。
「水?水ね。わかったわ」
 しかし萌は毅然とした態度で前に出る。
「そんな条件飲むこと無いわ!」
 萌が大きな声を出したので、海女は少し驚いたようだった。びくりとする。萌はそんな海女を睨みつけると、
「さっさとここから立ち去りなさい!」
 海女は恨みがましい顔をして、姿を消した。
「とりあえず、いなくなってくれたみたいだね」
 玲奈が言う。
「うん。このまま何事もなく平和ならいいんだけどね。ひとまず基地に戻ろう」
 萌が玲奈の手を取った。


 ―しかし、その報いは訪れた。
 翌日の基地内でのお祭りで、食中毒が発生する騒ぎが起きたのだ。
「何とかしてあの海女にいなくなってもらわないと、また大変なことが起きてしまうかも」
 玲奈が考え込む。
「どうしたらいいのかな…」
 萌も首を傾げた。
「水って言ってたよね」
「うん。でも、何で水?」
「水かあ…この辺の名物ってなんだっけ」
「烏賊じゃない?」
「烏賊?烏賊が良く取れるのかあ」
「うん。アシヤンイカ」
「ねえ。ちょっと確認してほしい事があるんだけど」
 玲奈は萌に向かって、にっこりと微笑んだ。


 深く潜れば潜るほど、海は暗く、光から遠ざかっていく。
 萌の目の前を烏賊の群れが行ったり来たり。
(あれは…)
 萌は海底に大きな船が沈んでいるのを見付けた。萌は船に近づく。
(座礁して、そのまま沈んでしまったのね…)
 藻がはりついて、海の底になじんでしまっているその船は、沈没からかなり年月が経ったものと思われる。
 船の中に入ってみると、陶磁器が積み込まれていた。交易船だったのだろう。
 萌は船外に出て、辺りを探索した。
 暗礁の中に、鳥居を見つけた。鳥居はななめに倒れるような形で、一部は海底の砂の中に埋まってしまっている。
(海難防止の鳥居だったのね…一体いつからこんな状態なのかしら)
 鳥居が機能していれば、この船は座礁しなかっただろう。
 萌は海底の地面をけると、水面に向かって泳ぎ出した。徐々に光が見えてくる。
 ざぶんっ、と海面に顔を出した。


「座礁船が漁礁を作り上げて、そこに烏賊が集まっているという訳」
 タオルで濡れた髪を抜きながら、萌が言う。
「そこに海女が誘われて来たのね」
 玲奈は頬づえをついて、海の向こうを見ていた。
 海女が烏賊をとっている。どうやらこの海女、烏賊の塩辛が好物らしく、アシヤンイカの漁場でせっせと烏賊を取っているのだ。
 玲奈は立ち上がり、海に向かって指をさす。
「これ以上、あなたの好きにはさせないわ!」
「おー。玲奈ちゃんかっこいい!」
 萌は座り込んだまま、ぱちぱちと拍手をした。
「というわけで萌、行くわよ!」
「おー…?」


 芦屋沖に沈む座礁船。その近くの暗礁にはもともと、海難防止の鳥居があった。玲奈は、暗礁の中、サンゴと同化してしまいそうなその鳥居を掴むと、海底から引っこ抜いた。
「っとう!」
 そして元あった場所にぶち込んだ。
 同時刻。白浜神社では神社の神様が持てる力の限り精一杯で祈っていた。2つのお社が光り、その光が海に向かって飛んで行く。
 神社からの光を受け、海底の鳥居も激しく輝いた。
 玲奈は手の平を顔の前に出す。まばゆい光で視界が真っ白になる。耐えられなくなり、玲奈は眼をつむった。
「……っ」
 玲奈が目を開けると、そこに難船の姿は無かった。
 成仏したのね、と玲奈が呟く。海の安全を祈る鳥居だけが静寂の中にたたずんでいる。
 ここで烏賊を取る事を諦めたのだろう。海女もひっそりと姿を消した。


 基地の50周年祭は無事再開された。
「わあい♪わっふるわっふる♪」
 萌の模擬店では、玲奈が喜々としてワッフルをほおばっている。基地司令の淹れてくれたコーヒーに口を付けると、
(コーヒーうめぇ!)
「玲奈ちゃん、オムピラフどう?」
 萌が両手で持った皿の上には、生クリームのかかったオムピラフが乗っている。おお、と玲奈が歓声をあげた。スプーンで一口すくい、ほおばる。
「美味しい〜♪」
 
 良かったね。怜奈ちゃん♪
 幸せそうな玲奈の横顔を、萌は満足げに眺めていた。