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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


ある嫉妬





 スタジオのソファに腰掛けた、若干何かもー、アンドロイドみたいなその人の姿を見つけるなり、相方の遥風・ハルカは、明るい声を、上げた。
「おーユキノさーん、うーす」
 だいたい、わりと凄い先輩のアーティストに対して、「うーす」って挨拶が既にどうかと思うのだけれど、それより何より、この、何か凄い底が知れない、というか、得体が知れない、というか、カテゴライズし難い、梅若・雪之丞に対して、そういう口が叩ける相方は、凄い。
 朱月・ヒカルは、どちらかといえば、梅若が苦手だった。

 凄い人だ、というのは、知っている。
 彼は、とにかくどんな頼みでもわりとさくっとこなしてしまう、ミュージックシーンにおけるなんでも屋、あるいは便利屋、あるいは、駆け込み寺みたいな人で、つまりは広く浅く、あらゆる分野で、ハイレベルな能力を発揮出来る人だ。
 けれど、だからこそ苦手というか、一線を引いてしまう所があって、単細胞ハルカのように、無防備に懐いては、いけない。
 もちろん、奇抜過ぎる外見のせいもある。
 まず、どういう理屈でそういうことをしようと思うのか、ヒカルには全く理解できないが、顔にわりと濃いめのメイクをしている。
 顔の造形とかバランスが既に良いので、メイクをしていても特に不自然であるとか、そういうことはないのだけれど、美形だとか、美男子だとかいうよりも、もー何かあんまりにも奇抜過ぎて、外人とか何人すらも飛び越えて、同じ地球人とは思えないような、むしろ作り物の人形、みたいな雰囲気があり、素顔が、あんまり良く分からない。
 表情の変化も読みとり難い。
 そこが何となく嫌だ、というか、納得できない。
 というか、怖い。
 良い人だ、ということは、これまでの付き合いで何となく分かっていたし、外見の奇抜さからは考えられないくらい無害な人だ、というのも分かっているけれど、それでもやっぱり何となく、底の見えない人だ、という印象がある。
 けれど、別に、親しくなったり、立ち入った話をしたりせず、仕事上の付き合いをしていれば困る事もないわけで、適度な距離を守り、付かず離れずいればいいかと。
 思っている自分に対し、ハルカは本当に、単細胞だ。
 びっくりするくらい、めちゃくちゃ懐いている。
 今でも、全然何考えてるのか分からない「無」の表情で、ぼーっと「この見た事もない生物は何だろう」とか、地球人を初めて見た宇宙人みたいに振り返った梅若に対し、「んー今日もメイクばっちり。相変わらず、奇抜ってますねー」とか何か、あわわわ、な事を言って、そのままソファの隣に、若干強引な感じで腰掛けている。
 一体どうやったらそんな無謀なくらいに、こんな得体の知れない人に懐けるのか問い質したいし、梅若さんにもむしろ、迷惑じゃないんですか、と聞きたいくらいだ。
 けれど思えば最初から、コイツはこのように、全く警戒心などない子犬、みたいに梅若さんに、懐いていた。


 初対面で、その姿を見るなり、え。と思わず固まったヒカルに対し、同じように固まりつつも、すぐに立ち直ったハルカは、すぐさま、「えーマジすか! 梅若雪之丞ってガンガン和風な名前でマジすか……!」
 とか何か、言われた方は絶対反応に困るような、そして決して愉快な思いはさせなさそうな、得体の知れない感想を漏らした。
 そして、思考と表情が直結している単純仕様の相方は、完全に珍獣を見る目つき、で、メイクでハットで、奇抜な色合いのスーツ、という姿の梅若をじろじろ観察し、「いつもそういう格好なんすか」とか何か、もー言った。
 梅若は、暫くぼーっと、何考えてるか全然読めない表情で、ハルカを眺めていた。
 まずい、と思った。
 いや絶対怒ってるじゃん! と。
 けれど意外にも暫くして「うん」とか何か従容と頷いた梅若は、「これはね」と、ゆったりとした口調で続けた。
「あのー今日は二人に初めて会うから、ちょっと正装してきたんだよね」
 その言葉の意味もあんまり良く分からなかったけれど、それより何より、「おー!」とか何か、ちょっと嬉しげな歓声を上げた相方の反応が、もっと分からなかった。
「マジすか。それはどうもありがとうございます!」
 とか何か、もー何に対するお礼かも良く分からない、意味不明な言葉を口走った相方を、梅若は、またぼーとかちょっと、眺めた。
 不思議がっているのかも知れないし、何だコイツ、と思われているのかも知れない。
 ヒカルは、何だか身内が不始末を犯したような、穴があったら入りたいような気分になった。
「うん」
 とまた暫くして梅若が、頷いた。唇の端をそっと持ちあげる。「よろしくね」
 もしかしたらあれは、嘲笑というやつでは、とヒカルは内心思ったのだけれど、どうやら、不思議がっても、怒っても、見下してもいないらしい、とじわじわ思い始めたのは、その後も矢継ぎ早に、「え、え、それって何すか、何でメイクしてんすか」であるとか、「つか、実際、何処の国の人なんですか、日本人すか」であるとか、もう本当にぶん殴りたくなるような質問ばかりを繰り拡げるハルカに対し、
「んー、メイクはね。素顔ってほら、何か、恥ずかしいじゃない」であるとか「国籍はね……内緒なんだよね」であるとか、めっちゃ普通に、びっくりするくらいマイルドに答えているのを見た時で、ああ、やっぱりこの人も業界の人だけあって、いろんな変人を見て来て慣れているんだな、とか、こんなに失礼な事を言っている相方を流せるなんて、心の広い人なんだな、とか何か、凄い、感心して尊敬した。
 後にその人脈の広さについても知る事になるが、ヒカルはその時、それはやっぱりそうだろうな、と妙に納得したものだった。



「でね、でね、ユキノさん! 俺、作曲してきたんすよ! 今度のCDには無理でしょうけど、今度のには入れて欲しいなって!」
 とか何か、はしゃいだ声で言った相方が、音源を録音したらしいmp3プレイヤーを梅若に差し出していた。
 今回、二人はCDのプロデュースを、梅若に頼んでいて、作詞、作曲、演奏、パッケージデザインまで全て、彼がこなすことになっている。
 その多彩ぶりには驚くばかりだけれど、とにかく、そんな言ってみればプロ中のプロに、自分のびっくりするくらい拙い所を見せて恥ずかしくないのかコイツ……。
 と、その曲の酷さを知っているヒカルとしては思わずには居られないのだけれど、梅若は嫌な表情も見せず、むしろ無の表情でそれを受け取り、すぐに聞いた。
「うん」
 暫く聞いて、イヤホンを外す。「ハルカらしさが出てて、いいね」
 彼の凄いところは、こうして、決して頭ごなしに否定したりしない所だ。
 絶対的に、売れない曲だ! と、例え思っていたとしても彼は、そう口にしたりはしないんだろうと思う。
 それは、本当に凄いと思う。
「やった。マジすか。いいすか!」
 と、これまた単純な相方は、すぐに、喜ぶ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに、無邪気に、簡単に。
 ここで、このまま、うん、と言って終われば、ただの社交辞令のきつい人、だったのだけれど、彼のもっと凄い所は、そこで終わらないところだ。
「楽譜、あるかな?」
 とか何か言った。
「あ、はい、ありますよ!」
「ふーん、なるほどなるほど。良く出来てるよねえ。本当、ハルカらしいよね。あ、でも、ここさ」
 と、ポンポン、と楽譜を叩き、傍らに置いてあったギターを手に取る。
「ここの音をさ。ほら、こう変えてみるとか、どうかな」
「あー」
「あと、こことかも、こんな感じにしてみる、とか」
 と、手慣れた仕草で、コードを変え、鳴らす。
「ホントだ、すげえ。俺、こっちの方が好きす!」
「そう? じゃあ、もうちょっと考えてみたら?」
「ありがとうございます! じゃあ、そうします!」
 そして簡単に相方は丸めこまれる。
 ヒカルだって、この曲に関してはいろいろ言った気はするけれど、こんなに素直に聞いて貰ったことはない。
 なんでそっちは素直に聞くわけ。
 と、何かちょっと苛っとして思い。
 まあ、仕方ないか、と諦めた。


 × ×


「何か、相方がすいませんす」
 ハルカが、近くのコンビニに買い出しに行き、何となく二人きりで居心地が悪かったので、ヒカルはそう、切り出してみることにした。
「んー、なんで?」
「いや何か、いつもあれで」
「あれ、ねえ」
 楽譜に目を落としていた梅若が、小さく唇に、笑みを浮かべる。
「実際、ムカついたり、してませんか。何だったら俺、注意しときますけど」
 体育会系のノリ、というのは余り得意ではなかったけれど、やはり、先輩に対する礼儀はきちんと守るべきだ、という思いもあったので、言った。
「んー」
 曖昧に小首を傾げた彼は「っていうか僕、あんまりムカつくこと、ないんだよね」とか何か、微妙な返事をする。
「それにほら、この業界さ、あんまり沸点上げてると、いろいろしんどいから」
 それはつまり、失礼だな、とか、面倒臭いなコイツ、と思っていても、流している、という事なのではないか、という予感がし、そう思うと、何だか少し、裏切られたような、あんなに懐いている相方は可哀想ではないか、と思うような、複雑さを感じた。
 不意に顔を上げた梅若が、じーとか、ヒカルを見つめてくる。
「ヒカルは、素朴だよね。歌を聞いてても、歌詞を見てても思うけど、実家は、青森だっけ」
「はー……そう、ですけど」
「やっぱり、都会で育った人って独特のリズムとか、素朴さとか、あるよね。土地柄、ってあるんだね」
 えー何これ、ちょっとバカにされてます? と、ヒカルは若干、不愉快になったけれど、もちろん、単純な相方とは違うので、顔には出さない。
 出ていないはずだった。
 けれど。
「いいことだよ。これはいいこと。だと、僕は、思う」
 まるで、こちらの内心を読みとったかのように、梅若が、言う。
「はー」
 注意深く、警戒するように、ヒカルは頷いた。
 こういう時彼は、まさしく、底が知れない、と思う。

「あとね」
 また、楽譜に視線を戻し、彼は、言った。
「僕はね。むしろ、分かりやすい子って、好きなんだよ。ハルカみたいな」
「はー……」
「可愛いよ、ハルカは」
「可愛い、って……」
 そんなバカな、とヒカルは笑いそうになったけれど、梅若の平然とした顔つきに、タイミングを外してしまった。
「僕にはさ。突出した何かはないんだよね」
「どういう、意味ですか」
「からっぽ、というのに近いかな。だからわりと何でも受け入れられるし、拒否反応とかも出にくい。ただ、どれにも、強い思い入れもない。どれもこれも器用にこなせるけれど、どれもこれも、それ以上には、ならない。でも、これはこれで成立してるし、この性格が今は役に立ってるし、悲観したり嫌悪したりはしてないけど。でも」
 そこで一瞬言葉を切った梅若は、楽譜のページを繰って、続けた。
「時々、揺るぎない物に憧れる。シンプルで、強いものに」

 揺るぎない、シンプルで、強いもの。
 確かにハルカには、そんな所はあるかも知れない。

「ハルカってさ、人にずっかずか入り込んできてさ、それでいてシンプルで、相手の迷惑だって気にしない。でも、自分が悪いな、と思えばすぐに謝って、そこもまたシンプルで、見てて気持ちいいんだよね。何か僕の中のさ。シーンと静まった場所が、ざわざわするような。楽しい気分に、なるよ」

 こちらの気持ちにだけ、波を立てておいて――。
 確かそう、ヒカルもそんな事をいつか、思った。
 ――楽しい気分になるよ。
 この人も、あるいは、そうなのか。

「だから意外に気が合ってると思ってるんだけど。めちゃくちゃ、仲が良さそうに、見えない?」
 そう言った彼の無表情が、ヒカルを振り返る。

 誰にでも入って行くハルカ。
 ヒカルだけにではなく、誰にでもそんな風に懐いて、相手の心を動かしていく。

 何だか、胸が、ざわ、とした。

「さあ。分からないですね」
 ヒカルは、顔を伏せ、曖昧に小首を傾げる。

「ふうん」
 暫くして、彼が頷くのが、聞こえた。
 そして。
「何かこの間さ。お悔やみ、と、お見舞いを言い間違えてる報道レポーターの人が居てさ。これって、やばくない? お悔やみというべき人にお見舞い言っても、もう死んでんじゃん! って、突っ込みたく、なったよ」
 とか何か、のんびりと、凄いどうでもいい事を、言った。