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<東京怪談ノベル(シングル)>


ツンデレ乙女の呪い

『妙な呪いをかけられた。暫く会話は無しだ。何も聞くな、話しかけるな! いいな!?』
 大学ノートを所長・草間武彦に見せながら、黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は口をへの字に結んだ。
 所長の椅子に座っていた草間は少々呆然としながら、大学ノートをグイッと横に避けた。
「…いきなり興信所に来て、その態度はなんだ!?」
『だから聞くなといっているだろうが!』
 午後の草間興信所は草間と冥月以外に誰もおらず、いつもの閑古鳥が鳴いている。
 冥月は「う〜」と低く唸ると、ソファに腰掛けた。
「風邪で喉をやられたのか? 安静にしてた方がいいんじゃないのか?」
 心配げに草間がそう聞くと、冥月は困った顔をした。
「出ない」
「出てんじゃねーか」
 草間の鋭い突っ込みに、冥月は困った。
 伝えられない…この口からは。
 そして、大学ノートにすらすらと何かを書き始めた。

『とある依頼で、超ツンデレ女の怨霊退治の仕事受けた。
 最終的に怨霊は退治したが最後になぜか私に呪いを掛けていった』

「…ふむ。ということは、おまえが今喋りたくないのはその呪いのせいというわけか」
 草間が納得したようにノートを眺めた。
「で、その呪いとやらは一体なんなんだ?」
「それは…!」
 冥月の体が瞬間、硬直した。
「おい、どうした!?」
 所長イスから立ち上がった草間は、苦痛に歪む冥月の顔を覗き込む。
 2、3秒もすると、冥月はハァハァと大きく胸を揺らして、息をついた。
 そして急いで大学ノートにまたすらすらと何かを書き始める。
『すまない。よくわからないが呪いについて話をしようとすると、痺れて体が動かなくなる』
「うぅ」っと涙目で大学ノートを見せた冥月に、草間は冥月の隣にドカッと座った。
「なるほど。それで喋りたくない…か。で? 何でここに来たんだ? 俺に解決しろとでもいうのか?」
「武彦じゃできないだろ! 怪奇探偵なんてただのダテなんだから!!」
 草間が顔をしかめるのと同時に、慌てた顔して冥月が口を押さえる。
「…おまえ、そこまで俺を信用してないのか?」
「してるわけないだろ!!」
 言ってしまってまた口を押さえる冥月。
 じーっと草間は真摯な眼差しで冥月を見つめていたが、1つため息をついた。
「わかった。その呪いは真逆の行動をするわけだな? 違うか?」
「違う!」
「うむ。今ので確信した。俺の考えが間違ってなければ何か解呪方法があるはずだが…厄介だな」
 考え込んだ草間に、冥月は大学ノートにペンを走らせる。
『ごめん。厄介事持ち込んで』
 心底悪いと思っていた。
 草間はそれを見て微笑んだ。
「気にするな。俺が助けなくて誰がおまえを助けてやれるっていうんだ?」
「おまえ以外の誰かだ!」
「…わかってても結構くるものがあるな…」
 渇いた笑いをする草間に冥月はまたノートに言葉を書いた。
『ごめん、本当にゴメン!!』
 ただただ、ノートが謝罪の言葉で埋め尽くされていくのだった…。

「とりあえず、手がかりを探す為に色々質問させてもらおうか」
 草間は冥月と向かい合う様に座り直した。
 冥月はそれに従った。
「まずは…そうだな。おまえ俺の妹は好きか?」
「嫌いだ」
 きっぱりと言い切った顔はムッとしていた。
「じゃあ、俺はどうだ? 嫌いか?」
「大っ嫌いだ!!」
 思わず立ち上がってしまうほど、冥月は感情むき出しに主張した。
「わかったわかった。おまえの気持ちと真逆の対応…しかも感情の強弱まで左右される…と」
 草間は頭を少し掻いたあと、サングラスを正して考えながら口を開いた。
「呪いのことをノートに書き込むことはできるのか? ちょっとやってみてくれ」
「嫌だ。誰がそんなことするか」
 プイッとそっぽを向いた後、冥月はペンを持ってノートに向かい合った。
 しかし、ペンを進めることができない。
「う…っう」
 ブルブルと震える手と硬直した冥月を見て、草間は「わかった。もういい」と言った。
「呪いの事は喋るのも書くのもダメ…となると…」
 おもむろに草間は立ち上がり、冥月の前に屈みこんだ。
 そして、何を思ったか唐突に冥月を抱きしめた。
「!? や、もっとして…」
「…ってことは、嫌がってんのか」
「どうしてこんなこと…もっとしてって言ってるでしょ…」
「…何の変化もないな。読み違えたか?」
 肯定の言葉が弱々しいということは冥月はそれほど嫌がっていないということになる。
 かみ合っているような、かみ合っていないような会話である。
「…女心は複雑ってヤツか」
 草間はなにやら1人で納得している。
 不安に駆られた冥月は思わず声を出した。
「この呪いっ…うっ!!」
 呪いという言葉を口に出した途端、冥月は崩れ落ちるように倒れそうになった。
 また痙攣を起こしたかのように、体が痺れて動かない。
 草間が冥月の体を支え、おもむろに胸に触った。
「!?」
「胸がでかい…なんて言っても、これは凹んだりしないのな」
 冥月の頭の中が真っ白になった。
 セクハラ事件ですよ! 冥月さん!!
「…っ! 何するの! もっと触ってよ!」
 痺れから開放された冥月がそう叫ぶと、草間は「はいはい」と素直に手を引っ込めた。
「体が変化することはない…となると精神支配だけの呪いというわけか…」
 この男、どこまでが真面目でどこからが不真面目なのか全くわからない。
 冥月はノートを引っ張てきてなにやら書き込んだ。
『武彦、本気で呪い解いてくれるのよね?』
 泣きそうな瞳で冥月は草間を見ている。
 草間は再びギュッと冥月を抱きしめた。
「当たり前じゃないか。俺はいつもの冥月がいいんだよ」
「ひどい! 今の私じゃダメなの!?」
 突然立ち上がり、冥月が怒り出した。
 多分冥月はこう言いたかったのだろう。
『ありがとう! やっぱりいつもの私がいいよね』
 しかし、呪いは確実に冥月の体を支配している。
 一体どうしたらこの呪いは解けるというのか?
「こういう呪いっていうのはな、大体王子様の愛で消えるもんなんだよ」
 草間さん、意味不明ですよ。
 っと。ガバッと冥月をソファに押し倒して草間は唐突にキスをした。
「むーーー!!!」
 覆いかぶさった草間の首に手を回して、冥月は草間をしっかりと抱きしめる。
 長い口づけのあとに、草間はポツリと言う。
「やっぱキスでもダメか…」
「なにやってるの! キスでいいでしょ!?」
 グイッと草間の首を引き寄せて、冥月はにっこりと笑った。
 心にもない言葉を口に出して、冥月は泣き出したいほどの衝動に駆られていた。
 しかし、それすら自分の体は受け付けてくれない。
 草間に申し訳ない気持ちばかりが募っていく…。

「…まぁ、こういうのも悪くないな。据え膳食わぬは男の恥ってな。俺としちゃ大歓迎だ」

 ピキッと冥月の中で何かが壊れた音がした。
 草間はそうとも知らず、もう一度冥月の唇に触れようとした。
「だーれーがー据え膳だって?! なにを歓迎だって!?」
 草間の首から手を離した冥月の手が全力で草間の顔を押しのけようとしていた。
 そしてその顔は、憤怒の形相を呈していた。
「…ぐぐぐ。言い方間違えたか? 俺は歓迎してないぞ?」
「もう呪いは終わった! 私の上からどけ!!」
 草間は目をぱちくりとさせ、数秒考え込んだ。
「これは…アレだ、俺の愛がおまえを救ったわけだな。よかったよかった!」
 ガバッと草間は冥月を抱きしめた。
「はーなーせー!!!」

 かくして、冥月の呪いは解けた。
 しかし、冥月には草間への報復という新たなる呪いが掛けられたのであった…。