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<東京怪談ノベル(シングル)>


- Mad Eater -

 今宵は月明かりが街を闊歩する。
 街灯がなくともはっきりと道が見える程に。
 静寂の中を一つの影が舞う。
 薄黄色の光を受け、流れる長い黒髪が艶やかに光った。
 空を駆ける姿は蝶のようだったが、その服装は実に奇抜だった。
 膝まであるロングブーツは彼女の長い足を強調し、膝からはフィットするスパッツを穿き、ミニのプリーツスカートがひらひらと揺れる。
 手には剥き出しの長く白い指が覗く指ぬきのグローブ。首筋から上半身をぴったりと覆う黒のインナーが引き締まった体躯と細いウェストに、豊かな身体のラインをそのまま表現していた。
 インナーの上に半袖の着物を羽織っている。洗練された蝶の刺繍だ。
 かつて黒装束を基調とした忍者からは想像しがたい感じであるものの、屋根伝いを華麗に跳んでいく様は忍者の成せる技だった。
 夜を縫うように駆けるくノ一、水嶋琴美。
 とある大手の製薬企業の調査依頼を受けていた。
 近隣の病院でよく使用される薬の大半はここのメーカー製だ。
 知名度も信頼もある企業だが、裏では非人道的な人体実験を繰り返すとも。
 現にいくつも被害者の報告が挙がっている。
 琴美は依頼内容を思い出すたびに苦い表情で噛み締めていた。
 製薬企業の研究所に潜入し、人体実験用に雇われたという誘拐の実行部隊−噂では傭兵上がりの腕利き集団だという−その壊滅指令だった。
 自分が世話になったかもしれない薬の出来る課程に誘拐や人体実験があったかもしれない、とは思いたくなかった。
 立ち止まったビルの屋上から対象の入り口を見る。2人か、と呟いた声は風にかき消された。
「随分と手薄い警護ですわね」
 ふと背後より聞こえた女の声に振り返るが、その姿を見ることなく、警備員の身体は崩れ落ちた。
「さてと」
 片手でスカートの裾を少したくし上げ、腰に備えてあったクナイを抜き取る。
「これからが本番ですわ」
 足に力を込め姿勢を低くして踏み込む。次の瞬間、琴美の姿が消えた。
 常人には捉えられないほどに速く駆けだしていた。


 深夜の研究所内は騒然としていた。
 至る所で点滅する赤いランプに、非常時を告げるサイレンが鳴り響く。
 琴美はあえてレーダーにひっかかるように動いていた。
 自らは高速で移動することで、同時に何カ所から警報がなるように見せかける。いかにも複数の侵入者がいるように。
 研究所の中枢らしき大きな広間で、目を閉じて立ち止まった。
 四方よりドアが開き、次々に屈強な男達が現れ琴美を取り囲む。
 予想していたより少し遅いが、罠にかかってくれた。
 スピーカーからしゃがれた声が聞こえた。
「よくも研究所をかき回してくれたな。薄汚いネズミめ!誰の依頼だ」
 上の階がガラス窓になっており、そこに白衣を着た初老の男が見えた。
 おそらくあれが研究所の責任者だろう。その方向を斜めから見る。
 わざと挑発するように髪を片手で払いながら言った。
「あら、私がこの程度で喋ると思って?」
「どこのネズミか知らないが生きて帰すわけにはいかんな!引っ捕らえろ!!」
 男が号令をかけると数十といるむさい男達が一斉に襲いかかってきた。
 振り返りざまに左手、右手とクナイを飛ばす。銃を構えた男たちの急所に命中した。
 琴美の後ろからヒュンっと音がする。だが斧を振り下ろした男は一瞬自分の目を疑った。
 手応えがあってもいいはずなのに、目の前には何もなかった。
 男は頭上から激しい衝撃を受け、白目を剥いて頭から倒れる。一瞬の間に琴美は上空に跳び、男に踵を落としたのだった。
 その隙をつかれ、腕を取られ羽交い締めにされるが、地面を蹴って正面の敵を蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばした勢いのまま、羽交い締めにした男の首を足で掴み、その状態から男を地面に叩きつけた。
 琴美はクナイの他にも手榴弾、麻酔銃、ヌンチャク、日本刀、メリケンサック、十手。どこに隠し持ってたのか、次々と得物を変え華麗な技で圧倒していった。
 気付いたら取り囲んでいた男達全てなぎ倒していた。
「もう終わりかしら?早い男って嫌われますわよ」
「き、きさまぁあああ!!」
 顔を真っ赤にした男は銃を向けたが、その引き金が引かれることはなかった。
 琴美の投げたクナイが強化ガラスを突き破り、相手を捉えたからだ。
 部屋内の殲滅を確認した琴美は、さらに研究所の奥を目指す。
 研究所に似つかわしくない、いかにも豪勢な装飾をした扉を蹴り開ける。
「騒がしいな、この騒動はお前か?」
 気だるそうな目を向ける一際屈強な男がいた。
 誘拐犯の実働部隊、隊長といったところだろうか。頬の傷など聞いていた特徴と一致する。
 複数の靴音が聞こえ、あっという間に複数の男達に囲まれた。
 その様子にはぁ、と溜息をついた。
「芸がないわね……」
「何?」
 ぴくりと隊長の眉が動く。
 琴美は不敵な笑みを浮かべたまま言葉を投げかけた。
「これまでの悪行に指導者には死んで貰いますわ」
 それを聞いた隊長は豪快に吹き出した。
「がっははは!そいつはテメェの方だ!多少はやるようだがここで死んでもらうぜ」
 にやり、と琴美は唇の端をあげる。
 そして隊長の怒号が響いた。
「やっちまえ!」
 囲んでいた男達が動いた。
 洗練された動き、統制の取れた連携、それらは先ほどのチンピラとは比べものにならないものだった。幾多の戦場をこなしてきた歴戦の傭兵といったところか。
 だが、くノ一である琴美の敵ではなかった。
 肉弾戦は合気道を基本とした技で反撃し、銃弾はその軌道より早く動いて避ける。
 激しい蹴りや突きの動作も交えているのだが、見ているものには華麗な舞いを踊っているかのように見える。
 取り囲んだ精鋭を蹴散らし、隊長の後ろに素早く回り込み、回し蹴りで巨体を吹き飛ばした。
 ふぅ、と一息ついて琴美は最後の目標を確認する。
「攫われた方達は……この場所ですわね」


 誘拐された人々を連れ、脱出した研究所の背後から爆発音が響く。
 依頼には誘拐犯の殲滅と共に、研究所の処理も含まれていた。
 牢のような場所に囚われていたのは4人。予想していたよりもずっと少なかった。
 というより、人体実験を繰り返しもう言葉を話すことも琴美のことを知覚することも出来ない人が、ざっと20は越えていた。
 恐らく助けることはできないだろう。
 苦い思いをかみ殺しながらも、無事だった4人を引き連れて琴美は研究所を後にした。