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<東京怪談ノベル(シングル)>


●かぐやの姫(弐)

 月の世界には、美しい姫が住んでいると言う。
 それは、貴族から平民、そして最後に帝まで虜にすると、月へと帰り給う。
 夜のように黒いぬばたまの髪、そして黒い真珠の瞳。
 月のように白い膚、艶やかな四肢……ならば、此処に存在するのは、かぐやの姫なのだろうか?



 場所は『誘拐実行部隊』地下詰め所。
 響き渡るのは銃撃の音と、ヒールが床を叩く音、そして現れたのは黒髪を靡かせ、黒曜石の瞳を持ち、しなやかな美しい四肢と豊満な胸。
 くびれた腰の帯には、艶消しを施したクナイ。
 微笑みを湛えた、水嶋・琴美(8036)と言う女。

「隊長、弾が当たりません!」
「ならば、グレネードを持ってこい。焼きはらえ!」

 カッ、音がして隊員の首に食い込むクナイ、そのまま紐が抜かれて複雑な軌道を描くと、天上から飛来した琴美の足が半円を描き、蹴り飛ばす。
 それを所有している銃で受けとめた隊長格の男は、バックステップで後退すると銃剣で琴美に斬りかかった。 

「お嬢ちゃん、女の子がお転婆なのはぁ、頂けないなぁ」
「あら、弱い男も頂けませんわよね」

 弱い者いじめは嫌いなのだけれど、と小首を傾げて琴美は身体を捻る事で攻撃をかわす。
 豊満な胸のふくらみが大きく揺れ、その揺れに釘付けになる男達の瞳に宿る情欲に、ため息とも呆れとも付かない薄ら笑いを浮かべる。
 流れるような動作でレッグホルスターからクナイを取り出し、3本投擲……恐怖を宿して乱射される銃弾。

「(無粋ですわね)」

 鉛の弾など、見切ってしまえば殺傷力を為さないただの弾。
 身体を捻り、一瞬で近づくとその銃にクナイを向ける、刺さるクナイ、暴発する銃――恐怖を宿す兵士達。
 だが、彼等も傭兵上がりの死線をくぐって来た者達、ただでは済まさず仲間への誤射も構わずに、銃口を琴美へと向ける。
 大量の兵士に囲まれ、銃口が向けられ硝煙の臭いが鼻を付く……だが、琴美は憐れみにも似た優しげな微笑を浮かべたまま。

「グレネード、到着しました」
「よし、焼きはらえ!」

 人間を相手にするには、あまりに過剰な火力と威力を持った武器が向けられる。
 焼き払ってしまえば、問題ない――最早、子供か暴君か、理性を失くしたその攻撃方法にふっ、と彼女は長い髪をかき揚げ、挑発的に笑う。
 カツン、カツン、床を叩くヒールの音、それを伴って彼女はグレネードに足をかけた。

「攻撃してみなさいな。当たるのなら、ですが」

 黒いプリーツスカート、そしてスパッツから覗く白い腿――普段は見る事の無い部分に、吸い寄せられる兵士。
 指が離れようとした、その刹那、横から手を伸ばしグレネードを発射させる男。

 ボゥ――

 凶悪な熱量が、壁を舐めて人々を焦がす。
 広くはあるが、空の下で使うような兵器の使用に耐えることのできない室内は、悲鳴と怒号に包まれた。
 圧倒的な力を支配出来ない者は、その圧倒的な力に喰われ、その身を滅ぼす。
 コツン、狂乱の室内で鈍い光が鋭い軌道を描き、ピン、と張った糸がグレネードの胴体を切り裂き、使用者の首へと喰らい付いた。
 天井へと放ったクナイで身体を支え、壁を蹴ると琴美はクナイを投擲する。
 銃口をくぐりぬけ、味方への誤射を促し、駆けながら次の壁へと足をかけた。

「ごめんなさいね?」
「来るな、来るな、来るな――ぁっ!」

 排莢の音が途切れ、カチ、カチと弾切れの虚しい音が響いた。
 無用の長物となった銃器を、捨てられず目の前の女に釘付けになる男。
 銃器を捨て、屍となった仲間の銃器を奪い、突きつけるのが最善だろう――尤も、琴美の前で『戦場』の最善が通用するかは『否』である。
 圧倒的な力を持つ、琴美と言う女は群れる必要も無い。
 その女が、笑みの形に唇を作る、それは叢雲から零れ落ちた三日月のような優しさと神秘性を持ち合せていた。

「ごきげんよう」

 琴美が仕留めるのと同時に、目の前の男の頭蓋が弾けた。
 返り血を浴びるのは、自分のポリシーに反する……咄嗟に上に飛んで返り血を避けた琴美。
 味方の頭蓋を吹き飛ばした男の下卑た視線、先程指示を出していた、隊長と思われる男――二つの視線が交差し、嘲笑った男は銃口を向けた。

「おじょうちゃん、訂正しよう。女にしてはなかなかやる」
「力量を見抜けない、お馬鹿さんに褒められても、嬉しくなどありませんわ」
「ふ、戦場で何が必要かわかるか?この時を待ってたんだよ」
「――お喋りな男は好きません。お粗末な頭が分かるので、黙った方がよろしくてよ?」

「あんたが飛び回って、疲れるその時をなァ、待ってたんだよ!」

 男が吠えた……確かに琴美は『疲れて』はいるだろう、動きまわった身体には、負荷が生じて当たり前だ。
 だが、準備を行った身体は動く事に慣れ、動きやすくする。
 その証拠に、琴美の感覚は何時もより鋭く研ぎ澄まされ、愚鈍な男の追従を許さない。
 銃弾の雨をかわし、壁を蹴るとトン、と男の構える銃の上に立って見せる。

「自分の力量が見抜けないなんて、可哀相ですわね」

 あまりに近すぎる距離、戦場で此処までの接近を許す事の無かった男――今までは、腕利きの傭兵としてのプライドが打ち砕かれる。
 琴美の足が、男の頬を蹴り付ける――吹き飛ぶ男、男が手放した銃器を遠くへ蹴り飛ばす。

「見下した女に、負ける気分は如何?」
「な……あ――っ!ゆ、許してくれ」

 手を使い、戦慄く足で這うと、醜く逃げだそうとする男。
 涙を流し、鼻水を流し、引きつった笑いを浮かべるその姿を見下し、琴美はぷっくりとした可愛らしい唇を結ぶ。
 迷う事無く、味方の頭蓋を吹き飛ばした男は、自身の死を前に、人間の尊厳すら捨てて命乞いをする。
 頭を擦りつけて、懇願する男――琴美の靴まで舐めそうなその姿を見て、琴美はそうね、と微笑んだ。
 男の表情が明るくなり、命への渇望を見いだす。

「言ったでしょう?悪行の報いだと」

 微笑みを称えたまま、一瞬で首を掻き切られた男が、自らの作った血だまりに沈む。
 欲と言う果てない泉に溺れた者の、末路だった。



 男から奪ったカードキーで、武器庫へと歩を進める。
 グレネードが短時間で調達された事を考えると、近くに備えてあるのだろう。
 琴美の計算通り、隣の部屋には様々な武器が存在していた――やや乱雑に置かれた武器達に、柳眉を顰める。
 じんわりと汗を掻いた胸元を、ハンカチで拭い、帯から小さな爆弾を取り出す。
 破壊用に、と支給されたものだ――中央へ設置し、周辺を火薬で固める。
 これで、跡形も残らず吹き飛ぶだろう。

「業が深いのも、哀れなものですわ」


 去っていく女、彼女の後ろで爆音が響き、熱風が全てを灰塵へと還していく。
 堅牢だったはずの組織は、一人の女の手で、脆く儚く崩壊したのだった。



(弐〜終了〜)